251 神のせんたく36――『御山には神が眠る、か』
ウズメとミセン、二人の少女が舞台に上がり、歌い、踊る。
俺はその姿を静かに見守る。
『最初はどうなるかと思ったが……』
『ふふん、思ったけど何かしら?』
『なんでもないさ』
ウズメは楽しそうに微笑み、歌い、踊っている。見る者を楽しい気持ちにさせてくれる舞いだ。
才能――そう、ここでウズメの才能が花開いた。ウズメがこのセレクションに挑んだ理由は分からない。だが、何としても選ばれようという強い想いが、覚悟が、ウズメの才能を開花させたようだ。
技巧ではミセンが上だ。ウズメは確実に練習が足りていない。だが、その舞いは見る者を魅了する。このまま見続けていたいと思わせる力があった。
ミセンの手が止まり、歌が途切れる。ミセンには分かったのだろう。
「ウズメさん、あなたの勝ちね」
ミセンが負けを認める。
そして、次の言葉を紡ごうとしたその口を閉ざす。
ウズメは歌い、踊っていた。ミセンの負けを認めた言葉は届いていないようだった。それだけウズメは集中しているのだろう。ミセンは複雑な顔でため息を吐く。
ウズメが舞う。
ミセンが何処か吹っ切れた顔でウズメを見ている。見守っている。
ウズメは歌い、踊る。山林を覆っていた霧が晴れ、朝日を受け舞うその姿は何処か神々しいものだった。
『御山には神が眠る、か』
確かにここに神は居たのかもしれない。神の神秘はあったのかもしれない。
『はいはい、何をまとめているの? 馬鹿なの? まだ終わってないでしょ』
俺は肩を竦める。風情のない奴だ。
舞いが終わり、ウズメがにこやかな顔のまま、大きくお辞儀をする。
俺は手を叩く。
ウズメを見守っていたミセンも手を叩いている。
「え? あれあれ?」
状況が良く分からないのかウズメは困った顔でキョロキョロと周囲を見回し、縋るような顔で俺を見る。一種のトランス状態だったのだろう。それだけ集中していたのだろう。
「ウズメ、お前が選ばれたんだよ」
俺の言葉にウズメが大きく喜ぶ。誰が見ても勝者は決まっていた。
ウズメの覚悟と目覚めた才能が呼び寄せた勝利だ。
これだけの才能を眠らせていたのだ。才能を見抜いた者からすれば脅威だったのだろう。セレクションに参加が出来ないよう閉じ込めもするか。
さて。
これでセレクションは終わりだ。
選ばれた者は栄光を手にするが、それは生け贄という死への――殺されるための栄光だ。
とてもではないが喜ばしいものではない。
「今回の生け贄の巫女はウズメに決定です」
眼鏡の巫女がウズメに告げる。それは死の宣告だ。
ウズメがうやうやしく頭を下げる。
「巫女の守人よ、巫女を神輿に乗せるのです」
四人の烏帽子の女たちが、少女が一人乗ればいっぱいいっぱいになりそうな小さな神輿を担いで現れる。
「あれを俺が一人で運ぶのか? それは無理だろう」
小さな神輿だが、引き摺らなければ一人で運べるような代物ではない。
「巫女を運ぶのは我々が」
四人の烏帽子の女が神輿を降ろし、その横で膝を付く。
俺は肩を竦め、ウズメのところへ向かう。
「ガムさん」
ウズメが俺を見て、手を伸ばす。
「巫女様、最後の仕上げだな」
俺はウズメの手を取り、神輿へ――俺の手を借りてウズメが神輿の上に正座する。烏帽子の女が神輿を担ぎ上げる。
「それでは巫女をヤマタ様の眠る岩戸へと導くのです」
眼鏡の巫女の言葉で神輿が動き出す。どうやら、このまま最終目的地まで向かうようだ。ウズメは激しい運動を終えた後だ。着替えさせてやれよと俺は思うのだが、もしかするとそういった時間が取れないくらい、この後の予定が押しているのかもしれない。
俺は朝日の眩しさにため息を吐きながら神輿の後を追う。
俺たちの後を追いかけていた浮遊するカメラがこちらを見送るように集まり、動かなくなっていた。どうやら、撮影はここまでのようだ。岩戸とやらがある場所を集落の住人に教えたくないのかもしれない。
しばらく歩き、そして岩戸に辿り着く。山頂にある、その洞窟は不自然な大岩によって入り口が閉ざされていた。大岩は高さが五メートルほど、横幅はその倍くらいだろうか。かなり大きい。その奥に続いている洞窟もかなりの大きさがあるのだろう。
その岩戸の前で神輿が降ろされる。
「巫女はここで祈り続けなさい」
神輿を担いでいた烏帽子の女たちがウズメに命令する。そして、烏帽子の女たちが俺の方を見る。
「守人はここまでだ」
どうやら、ここで終わりのようだ。
「そうか」
「ガムさん」
神輿に乗ったウズメが俺を見る。
「俺はここまでらしい」
「ガムさん、ありがとうございました。これを」
ウズメが自身の髪に刺さった金属製のかんざしを外し、俺の方へと差し出してくる。俺はそのかんざしを受け取る。
ウズメが最初に言い出した俺への報酬。その一つだ。
「報酬は全てが終わった後じゃなかったか?」
ウズメの中ではもう全てが終わっているのかもしれない。
『セラフ、動いても大丈夫か?』
『ふふん。ええ、任せなさい』
俺は四人の烏帽子の女を見る。四人? 四体、か。
「そうでしたね。ガムさん、わたしは死にません。十年後、ここに来てください。のこりの報酬をおわたしします」
ウズメがその強く輝く瞳で俺を見ている。
『十年後?』
ウズメはセレクションが終われば、どちらにしても死んでしまうと言っていた。どちら?
『ふふん、これはここでこれから何があるのか、何が行われているのか知っているみたいね』
セラフの勿体ぶった言い方にため息が出そうになる。
『何が行われている?』
『あらあら、知りたがりね。ここまで来たなら実際に見た方が早いと思うのだけど』
セラフの勿体ぶった言い方にため息が出る。
『そうだな』
そして、俺は動く。
『顔を狙いなさい』
『分かった』
俺は烏帽子の女の顔面を機械の腕九頭竜で殴りつける。俺に殴られた人造人間がビクビクと痙攣し崩れ落ちる。俺の行動に気付いた残りの烏帽子の人造人間たちが身構える。だが、遅い。無数の触手へと別れた左腕がその場を制圧していた。
『ふふん。何も問題無いと偽装した状態で停止コードを打ち込んだから。これで邪魔者は居なくなったでしょ。後はゆっくり片付ければおしまいね』
セラフの攻撃を受け、四体の人造人間が動かなくなっている。ここのマスターをすでに支配下においているからこそ出来る力技だ。
「え? ガムさん?」
ウズメが驚いた顔で俺を見ている。
「俺は俺の目的があって、ここに来た……っと、ウズメ、下がっていろ」
ウズメは俺の言葉に驚きながらも、すぐにその場を離れる。
そして、強い力によって岩戸が吹き飛ぶ。
『暴走しているようだな』
『ええ。でも予想通りでしょ』
現れたのは八つの頭と八つの尾を持った重機のような機械だった。大きい。本体部分だけで先ほどの岩戸と同じくらいの大きさはある。それが洞窟から這い出るように現れる。
『これがヤマタウォーカーか』
油圧によって動くショベルのような頭、先端が掘削ドリルのようになった尻尾、黄色く塗られた体――まるで建設機械のようだ。いや、これは建設機械そのものなのだろう。
暴走しているヤマタウォーカーは、その首を振り回しながらこちらへと襲いかかってくる。




