025 プロローグ22
まったく頭が痛くなることばかりだ。
「あ、えーっと君は?」
少女に話しかけてみるが反応が返ってこない。それどころか、少し距離を取られているような気がする。
『避っけられてーるー』
本当にコイツは鬱陶しいな。コイツの独り言を見られていたから危ないヤツだと思われた可能性が高い。やれやれだ。
『コイツに私の名前をかぶせるな』
……。
いや、何、コイツ。本当にセラフって名前で良いのか。恥ずかしいと言いながら、それで良いのかよ。
って、何故、名前をかぶせて呼んでいたことが分かった? それに俺が考えていることも分かるようだし……くそ、変なことは考えられないな。
『はぁー? 分かって当然ですぅ。お前には分からないだろうけど、脳内に流れる電気信号を読み取って……あー、言っても分からないかぁ、分からないんだろうなぁ』
本当に鬱陶しい性格だ。
端末の時も無駄に偉そうで鬱陶しいと思ったが、糞餓鬼みたいな性格が合わさって最強に鬱陶しくなっている。完全体だな。深みのある芳醇な香りを醸し出す完全体な鬱陶しい糞餓鬼だ。人工知能なのに知的なところがないって奇跡的だ。
『ばーかー、ばーかー』
相手をするのが嫌になるレベルだ。俺は耳を塞ぐことの意味を知りたい。
「あ、おじいちゃん」
そんなやり取りをしている間に少女の祖父がやって来たようだ。祖父……であっているよな?
現れたのは山奥で猟師をやっていそうな――そんな、昔話から抜け出てきたような老人だ。それに対して、今、俺の目に前に立っている孫娘は……青い瞳に白い肌、金色に黒が混ざった焦げ茶のような髪を持った少女だ。祖父と血が繋がっているようには見えない。それとも混血だろうか?
「イリス、おじいちゃんはこの少年と話をするから、下がっていなさい」
「おじいちゃん?」
少女が老人を見る。見ている。その場から動こうとしない。
老人は大きなため息を吐き出し、そのままこちらへと歩いてくる。
「少年、あそこで何があった?」
まず聞いてくるのはそこか。こちらに同情する訳でも、体調を聞いてくる訳でも、俺の名前でもなく、そこ、か。つまり、そういう立場の人だと言うことか。
「気分を害したかね。怪我をしていた君を助けるために使った薬だってタダではない。欲しているのは情報だよ。街の近くで大きな戦いの跡があったんだ。こちらに被害が出ないかどうか、巻き込まれないかどうかは重要なんだよ。正直、イリスが言わなければ君を助けるつもりはなかった。私に少年を助けて良かったと思わせて欲しいんだがね」
「おじいちゃん!」
少女が老人の言葉を聞き驚きの声を上げる。微笑ましいやり取りだ。
――助けるつもりがなかった、か。それを言ってしまうのか。馬鹿正直というか、根は悪い人ではないのかもしれないな。だが、それが俺にとって良い人なのかどうかは別だ。
「それで何があったんだね?」
何があった、か。正直、俺は覚えていない。
だが――セラフ、お前なら把握しているんだろう?
『はぁ?』
お前は言ったよな、俺が薄情なヤツだって。知っていたから言っていたんだよな? それとも言ってみただけか?
『はぁ? お前がおねんねしていた時もしっかり見ていたってぇのぉ。悪い、わぁるいヤツらがお前を助けたヤツのクルマを奪って暴れる準備をしているだけじゃん』
……そうか。セラフ、そうやって教えてくれるとか、お前、意外とチョロいな。
『はぁ? チョロいとか言うな。馬鹿じゃないの』
本当に餓鬼っぽい性格の人工知能だ。本体から切り離された影響でこうなったのだろうか。あの球体の本体側に知性とか理性とか色々残っていたのかもしれないな。
「何も言うつもりは無いということか。これは使いたくなかったんだがね、君の首にあるものが分かるかい?」
老人の言葉を聞いてすぐに首元を見る。そこにはいつの間にか鉄の首輪のようなものが取り付けられていた。俺が意識を失っていた間に、か。
「それはボムネックレス、主に犯罪者に取り付けるものだが、効果は言葉通りだと言えば分かるかね」
爆弾、か。逆らうと爆発して殺すって感じか。やれやれだな。
『おい。おーい、それ起動してないから。これから動くこともないから』
セラフが無効化したのか?
『はぁ? 何で私が! 最初からに決まってるじゃん。こいつ、不良品をつかまされたんだよ』
セラフは脳内でケラケラと笑っている。性格の悪い人工知能だ。
……。
そうだろうか。元から起動しないと分かっていて、だから、取り付けたんじゃないかな。俺はそう思いたい。
「情報を出すつもりがないのか、それとも知らないのか……だが、それでも君にかかった治療代は返して貰うよ。百万コイルだ」
「おじいちゃん!」
少女が驚きの声を上げる。コイルというお金の単位は分からないが、この感じだとかなりの大金なのだろう。
はぁ。
大きなため息が出る。
「分かった。必ず返す。だが、手持ちがない。多少きつくても良いから稼ぐ方法はないか?」
老人が驚いた顔で俺を見る。何故、俺が驚かれるのか良く分からないな。
「ふん。それならクロウズになって賞金首でも狙うのが一番だろう」
「おじいちゃん!」
また少女が叫んでいる。クロウズというのは良く分からないが賞金稼ぎか何かなのだろう。つまり、ここは賞金首になるような犯罪者が多い世界になっているってことか。もう一度ため息が出そうだな。
「分かった」
「返事だけは大物だな。付いてくるといい。私の息子、イリスの両親が使っていた装備がある。それくらいは貸してやろう」
そうか、それは有り難いな。
素手で賞金首とやらとやり合うのは大変だと思ったからな。
だが。
だが、だ。
賞金首とやらの前にやることがある。出来てしまった。
まったくやれやれだな。
借りたものは返さないとな。
本当にやれやれだ。
まずはそれからだ。
2021年12月18日修正
金色の髪に黒が → 金色に黒が
餓鬼ぽい → 餓鬼っぽい
着いてくるといい → 付いてくるといい




