250 神のせんたく35――「ウズメ、目指していることがあるんだろう」
歌が終わり静寂に包まれる。
ここに居るのは五人の少女と俺だけだ。観客は俺しか居ない。なんだかんだで護衛は俺だけになっていた。
『拍手でもした方がいいのか?』
『したければすれば?』
セラフの投げやりな言葉を聞いて拍手は止めておく。
無言のまましばらく待っていると眼鏡の巫女が現れた。ここのオフィスのマスターだ。眼鏡の巫女が舞台に上がる。
「それでは最終結果を発表します」
どうやら集計が終わったようだ。
この集落にある226戸。それに2を掛けた452点をこの五人で取り合うことになる。合唱になったからなのか、少女たちの歌声はほどよく調和し、五人の内の誰か一人が極端に下手だということは無かった。俺には得点がどうなるか分からない。
「ヤハスガ、20点。最終結果は45点」
ヤハスガに投票した人が10人も居たようだ。同情票なのか家族票なのか。だが、どちらにせよ、これでヤハスガが最下位だ。
「サンコ、52点。最終結果は132点」
意外にも次に呼ばれたのは三位につけていたサンコだった。26人しか票を集めることが出来なかったようだ。
「カラスガ、96点。最終結果は137点」
カラスガが48票も集めている。八つの関門の結果が悪くなければ大逆転もあり得たのかもしれない。これで84票。残りの142票がどうなるかで結果が決まる。
ウズメが生け贄に選ばれるのか、運営側が決めていたミセンがそのまま生け贄になるのか。さあ、どうなる?
眼鏡の巫女も空気を読んでいるのか、盛り上げるためになのか、すぐには結果を発表しない。
ウズメとミセンの二人ともが目を閉じ、祈るように拳を握り合わせている。ウズメのここまでの得点は119点。奇数だ。同点になることはあり得ない。必ず決着がつく。
そして結果が発表される。
「ウズメ、42点。最終結果は161点」
ウズメが発表される。21人がウズメに投票してくれたようだ。最初の踊りでは19人だった。ファンが二人増えたようだ。
「ミセン、65てん。さいしゅうけっかは163てんです」
ミセンの勝利が決まる。八つの関門で満点を取り、かなり追い上げたがそれでも地力勝負になる歌と踊りの得点が響き、負けてしまった。生け贄となるために普段から練習していた相手には勝てなかったか。
「無効ひょうは90になります。今回のいけにえはミセンに……」
ここの支配者である眼鏡の巫女がミセンの勝利を告げようとする。と、そこに新しく現れた烏帽子の女が慌てて駆け寄り、眼鏡の巫女に何か耳打ちする。ネットワークで情報を伝達しているだろうに耳打ちをする必要があるのだろうか。
「しゅうけい結果にあやまりがあったようです」
眼鏡の巫女が慌てたようにそんなことを言い出す。それを聞いて俺は苦笑する。わざとらしい盛り上げ方だ。
無効票が90、今回の目覚めの唄の合計点が275点。どう考えてもおかしい。まずミセンの獲得した得点が奇数になっている時点でおかしいだろう。ミセンの一点を一票として計算すると138票になる。138と90を足すと228票になる。この集落にあるのは226戸だったよな? ミセンの一点を無い物として考えても227票だ。計算が合わない。
「ミセンが62点。最終結果は160点になります」
眼鏡の巫女が改めて告げる。
ミセンが160点。ウズメが161点。
一点差だが、これでウズメの勝利が決まった。
もし八つの関門で満点が取れていなければ危うかっただろう。だが、これで終わりだ。
「納得がいきません!」
ウズメの逆転勝利が決まったところで、そこにミセンが待ったをかける。
「全ての試練が終わりましたのです」
だが、眼鏡の巫女は終わりを告げる。どこをどう評価したのか分からないが、運営側はミセンではなくウズメを生け贄にしても良いと判断したのだろう。その結果がウズメの勝利だ。
「誤りがあったとしても一度は私に決まったはずです。それを覆すのは納得出来ません」
ミセンがウズメを見る。ウズメがミセンの視線から逃げるように下を向く。
「確かにそれも一理ありますね」
眼鏡の巫女は顎に手を置き、ウズメとミセンを見る。運営側は当初の予定通り、生け贄がミセンでも構わないのだろう。
「ウズメさん、あなたもそれでよろしいの? あなた自身は何もしていないのに栄光だけは手にするつもり?」
ミセンがウズメを見てそんな挑発するようなことを言う。ウズメは逃げるように下を向いたままだ。
「ウズメ、目指していることがあるんだろう」
俺はウズメに声をかける。ミセンの言葉に耳を傾ける必要はない。このままウズメの勝利で問題ない。護衛の力も、それを選んだ候補者の力だ。そういう趣旨の試練のはずだ。
「部外者は黙っていてください」
ミセンがキッとした顔で俺を睨む。
「俺はウズメの守人だろう? 充分、関係者だ」
俺は肩を竦める。
ウズメが顔を上げる。そこには強い意志の光が宿っていた。
そしてウズメが口を開く。
「もういちど、しょうぶをします」
ウズメがミセンを見る。
「勝負?」
「はい。八つのかんもんの得点はガムさんにたよったものです。うたとおどりでしょうぶをします」
「そんなことを言ってよろしいのかしら?」
ミセンがウズメを見る。
「わたしは勝ちます」
ウズメは強く輝く瞳でミセンを見返している。
「分かりました。それではミセンとウズメで対決をしてもらいます。この結果によって生け贄を決めます」
眼鏡の巫女が告げる。
「ウズメ、それで良かったのか?」
俺の言葉にウズメが頷く。
……仕方ない。
ウズメが主役だ。主役のウズメが決めたことなら仕方ない。
「ウズメ、決めたからには勝てよ」
ウズメ自身、納得が出来ていなかったのだろう。
「はい。見ていてください」
ウズメが吹っ切れた顔で微笑んでいる。
「分かった」
これで、この茶番も全て終わるのだろう。




