248 神のせんたく33――「種が割れたってことさ」
『それで奴は何をやっていたんだ?』
俺はセラフに確認する。
ミメラスプレンデンスが行っていた見えない攻撃。その種明かしだ。
『ふふん。群体を散布していたようね』
『ナノマシーンを散布……?』
『あらあら、あらあらあら!』
セラフはこちらを馬鹿にしたようにあらあらとだけ言い続けている。
『それで?』
『ふふん。お馬鹿なお前にも分かるように説明すると、結合し物体を構成している小さな素の、その結合を分離させる指令が付与された群体によって引き起こされた現象だったということ。これなら分かるかしら?』
セラフの言っている内容の意味を考える。
……。
目に見えないほど小さな機械が分子の結合を分離? 化学変化か何かか? いまいち分かったような分からないような……。
『つまり、なんでも切り裂けるということか?』
そして、その命令を受けているナノマシーンは目に見えないほどの大きさ、と。
それは無茶苦茶な能力だろう。
『それをお前は……』
『ふふん。散布された群体の指令を書き換えて無効化したってことね。言っておくけど散布されたものだったから出来たことだから。直接、触れられたらアウトね』
セラフは得意気に語ってくれている。
なるほどな。多分、だが、ナノマシーンを飛ばしている場合は、それに単純な命令しか出来ないのではないだろうか。そして、その命令を変更することが出来ない。だから、セラフはなんとかすることが出来る、と。
ナノマシーンでなんでも切断、か。
単純な命令? それでも便利すぎるだろう。まるで魔法だ。
「あらら? 何をしたのかしら」
見えない攻撃を防がれたというのにミメラスプレンデンスは俺を見て楽しそうに笑っている。
「種が割れたってことさ」
俺は肩を竦める。
『にしても、これは武器の使用にならないのか?』
『自分の体を使っていることの延長でしょ。生身で戦っているのと同じだから』
セラフがそう言うのならそうなのだろう。となれば、烏帽子の女たちも同じ判断をするだろうな。
『セラフ。とりあえず、そちらは任せた』
『ふふん』
俺は間合いを詰めるために走る。
ミメラスプレンデンスが先ほどまでと同じように見えない蹴りを放つ。俺はそれを回避しない。セラフを信じて前に出る。左腕が勝手に動き、見えない何かを粉砕する。
そこで俺は理解する。ミメラスプレンデンスが攻撃する際、その部位が消えていた理由。見えなくなるほど早い蹴りを放っているのかとも思ったが、違っていたようだ。奴の腕や足を構成しているナノマシーンを散布して攻撃するために、か。自分の体の一部を飛ばして攻撃しているのだから、セラフが生身というのも頷ける。
俺はミメラスプレンデンスの懐に入る。ミメラスプレンデンスの方が背が高い。そのまま下から上に、顔面へと掌打を放つ。
「女の子の顔を狙うなんて」
ミメラスプレンデンスが顔を逸らして俺の掌打を躱す。
「こんな時代でもそんなことを言う奴がいるとは思わなかった。あまり俺をがっかりさせないでくれ」
「ふふ。特別扱いして欲しいからじゃない」
俺の腹を狙い拳が飛んでくる。俺はとっさに膝をあげ、それを防ぐ。
「それでお前たちの目的は?」
ミメラスプレンデンスへと掌打を放つ。
「答えると思う?」
ミメラスプレンデンスが俺の攻撃を弾き、そのまま殴り返してくる。
「悪党らしく悪巧みをしているんだろう?」
俺はその攻撃を弾き、掌打を返す。
「あら? 何を持って悪と断じるのかしら」
インファイト。クロスレンジで殴り合う。
「賞金首になるようなことをしていて今更だな」
「悲しい誤解ね」
分かっていたことだが、この女――やる。見えない攻撃に頼らなくても充分過ぎるほどの格闘センスとスキルの持ち主だ。俺と同等か、それ以上だろう。その上、相手には俺より長い腕と背の高さがある。こちらには不利な要素しかない。
人狼化すれば、その差を埋めることは出来る。だが、いくら八つの関門がうやむやになりそうな状況だとはいえ、今の段階でそれを切ることは出来ない。それに、この女がさらに何か奥の手を隠し持っている可能性だってある。戦車の砲弾すら跳ね返した、あの金色の甲殻を展開されるだけでも今の俺には手が出せなくなるだろう。
奴と俺。
こちらが勝っているのは経験値くらい、か。
「何を考えているのかしら」
「あんたを倒す方法だよ」
俺は殴りかかってきたミメラスプレンデンスの狩衣の袖を掴む。
「あら?」
そのまま引っ張り、体勢を崩させ、足を払う。殴り合いに目を慣れさせ、そのまま続くと錯覚させる。そこからの変化だ。不意を突かれた形になったミメラスプレンデンスは回避することが出来ない。ミメラスプレンデンスの体が倒れる。俺はそこに体重を乗せた拳を叩き落とす。
「そこまで!」
と、そこで烏帽子の女の一人から待ったがかかる。
俺の拳は――地面に叩きつけられていた。俺の拳の横でミメラスプレンデンスが顔を歪めて微笑んでいる。俺は顔面を叩き潰すつもりだった。だが、その拳は回避されてしまっていた。
「どういうことだ?」
俺は拳を持ち上げ、烏帽子の女へと向き直る。
「そのものはしっかくとします」
「あら、それは残念ね」
ミメラスプレンデンスが立ち上がり、服についた汚れを払っている。
「理由は?」
俺は烏帽子の女に聞く。
「このせれくしょんにさんかを許可していない。偽物だからです」
「偽物だと?」
俺が飛び入りで参加が出来たくらいだから、このせれくしょんは誰でも参加が出来るものだと思っていたが、そうでもなかったようだ。
「そうです。その女は守人ではありません」
「あら? 見つかってしまったのかしら」
烏帽子の女の言葉にミメラスプレンデンスは歪んだ笑みを張り付かせたまま肩を竦めている。
「大人しくしてください」
烏帽子の女たちが俺とミメラスプレンデンスを取り囲んでいく。
「ふふ。あなたとの勝負はまた後で。今度は本気でやりましょうね」
俺の隣にいたミメラスプレンデンスが大きく飛び退く。烏帽子の女たちがそれを追いかけようとして、そのままガクンと倒れた。まるで電池が切れたかのような倒れ方だ。
何をした?
そして、その間にミメラスプレンデンスの姿は見えなくなっていた。
……。
また後で、か。
厄介な相手に目をつけられたようだ。
2021年12月19日修正
充分過ぎるほど → 充分過ぎるほどの




