247 神のせんたく32――「そろそろ、いいか?」
「おまちなさい。まだ終わっていませんわ」
ミセンが扇の先端をミメラスプレンデンスへと向ける。まだ諦めていないようだ。だが、これ以上はやぶ蛇だろう。ミメラスプレンデンスは茶番だと言った。終わらせるつもりなのだろう。この女なら、この場に居る者たちを皆殺しにすることだって出来るはずだ。ノルンの端末の配下である人造人間でも太刀打ちは出来ないだろう。
「そろそろ、いいか?」
俺は肩を竦める。
「あら? 私はいつだって大丈夫だけど?」
ミメラスプレンデンスは待ちきれないとばかりに微笑み、俺を見ている。
「おまちなさい。わたしの話は……」
俺は大きくため息を吐く。
「死にたくなかったら下がっていろ」
俺はミセンに忠告する。これ以上、駄々をこねて引き伸ばすようなら、ミメラスプレンデンスは容赦なくミセンを殺すだろう。
「あんた、そこの我が儘なお嬢さまを連れて行ってくれ」
俺は烏帽子の女にお願いする。烏帽子の女が頷き、まだ、わあわあと宣っているミセンを片手で担ぎ上げ、運んでいく。
さて、と。
『セラフ』
俺はセラフに呼びかける。
『ふふん』
セラフが笑う。
邪魔者は居なくなった。
これでやっと殺り合える。
「相手をしてやるよ」
俺は足を開き、腕を縦に交差するように構え、右の手首だけを動かし挑発する。
「ふーん。なかなか面白ことを言うじゃない。あなたが私に挑戦する側だと思うのだけど?」
俺の目の前の女が楽しそうに笑っている。狂気を孕んだ笑みだ。
正直なところ、この戦いは行う必要がない。せれくしょんのことだけを考えるなら、すぐに降参しても問題ないだろう。いや、むしろそれが正解なのだろう。ミメラスプレンデンスの所属しているサンコが勝ったとしても、ここで貰えるのは20点だけだ。持ち点の70と20で90点。二位が確定している俺たちは降参しても109点だ。ここで貰える20点は誤差でしかない。最後の目覚めの唄で勝負が決するのは変わらない。
賢いのは降参することだろう。
だが……。
「あんたは忘れたのか? クルマの勝負でも、ナイフの勝負でも俺が勝っているだろう?」
「随分と上からで、随分と余裕のある言葉ね」
その言葉と同時に女の足が消える。俺はその場を飛び退く。
見えない。見えなかった。
「いきなりだな」
だが、奴は確実に攻撃したはずだ。
奴との距離は十メートルほど。攻撃の間合いへと踏み込むには遠すぎる。完全に奴の距離だ。
「あら? 見えたのかしら」
ミメラスプレンデンスは瞳を狂気に歪ませ楽しそうに微笑んでいる。
見えなかった。
見えなかったさ。
俺は間合いを詰めるように走り、そのまま地面をこするように蹴りを放つ。
「その距離から何をするつもり……?」
俺はただ地面を蹴った訳ではない。
地面の砂と一緒に蹴りを放っている。
砂がミメラスプレンデンスの顔へと飛ぶ。目潰し。これで目を閉じるか、庇ってくれれば儲けものだ。避ける行動でもいいだろう。
その隙を突いて俺は懐に飛び込む、という訳だ。まずは俺の手足が届く範囲まで近寄らなければ戦いにすらならない。
だが、ミメラスプレンデンスの行動はそのどれでもなかった。
何もしない――それが奴の取った行動だった。
いや、何かをやっている。
ミメラスプレンデンスへと降り注がれた砂が一瞬にして消える。
隙を突いて間合いに飛び込もうとしていた俺は慌てて飛び退く。俺の目の前を何かが通り過ぎる。
見えない。だが、分かる。
見えない攻撃だが、何もしていない訳ではない。その証拠に砂は消えた。空気? 空間を消しているのだろう。見えないが、何かがなくなっているのが分かる。
「その左腕を使ってもいいのよ」
ミメラスプレンデンスは少しがっかりしたような顔で俺を見ている。俺の攻撃はお気に召さなかったようだ。
「武器を使うのは反則だろう?」
「あら? まだこのお遊びを続けるつもりなのかしら? それで私に勝てると思っているなんて愉快ね」
ミメラスプレンデンスが蹴りを放つような動作をする。その足が消える。俺はその行動と軌跡を読み、飛び退く。
見えない攻撃。
ミメラスプレンデンスが次々と見えない攻撃を繰り出す。回数制限や行動制限はないようだ。情け容赦ない攻撃。
攻撃のタイミングと軌道を予想し、大きく避けていくことしか俺には出来ない。今はなんとか避けているが、それもミメラスプレンデンスが俺を嬲るつもりだから可能なだけだ。前回対峙した時よりも早く、行動がコンパクトになっている。
「逃げてばかりなの?」
「最初の時にそうやって油断して負けたのはお前だろう?」
「ふふふ、そうだったかしら」
ミメラスプレンデンスがフェイントを織り交ぜてくる。見えない攻撃がワンテンポ遅れて飛んできたり、放つと見せかけて何も飛んでこなかったり――厄介なことこの上ない。
相変わらず、こちらを見下し、俺の力量を測るようなことをしている。
この女は何者だ?
何故、俺を……っと、考えている場合ではない、か。
飛んでくる見えない攻撃。俺には何をしているか分からない。
と、その時、俺の左腕が勝手に動いた。
『やっとか』
左手が何かを掴み、粉砕する。
『ふふん。待たせたかしら』
セラフが得意気に笑っている。
『いや、ちょうど良いタイミングさ』
『もう解析は終わったから。後は大丈夫でしょ』
どうやら、やっと反撃出来るようだ。




