241 神のせんたく26――『相変わらずゲームのようなアトラクションばかりだ』
「それでは開始」
烏帽子の女の合図とともにウズメを抱えた俺は飛び出す。
川の中にはいくつもの飛び石が並んでいる。俺はその上を駆け抜ける。そのいくつかは、ただ水面に浮かんでいるだけのようだが、そんな見え見えの罠に俺は引っ掛からない。月明かりしかないような夜の闇の中だが、俺にはしっかりと見えている。
壁登り、迷路、倒れる板渡りときて、これが四番目の関門。
ここを攻略すれば半分を終えたことになる。
『相変わらずゲームのようなアトラクションばかりだ』
『ふふん。見ている者を楽しませるにはそれが一番でしょ』
俺はこちらを追いかけるように浮遊しているカメラを見る。
『そうだろうな』
何事もなく川を渡る。渡りきる。
これで第四の関門は突破だ。
さっさとミセンたちに追いつき抜かしてしまおう。
……と、思っていたのだが、どうやら、今度はすぐに次の関門が待ち構えているようだ。
「次はこちらです」
待ち構えていた烏帽子の女が次のアトラクションへと俺たちを案内する。
「これも第四の関門なのか?」
あまりにもすぐに次の関門に移ったため、思わず聞いてしまう。
「いえ、第五のかんもんです」
すぐに次の関門となるようだが別扱いで間違いないようだ。
次の関門は――吊り橋を渡るものらしい。崖に作られた吊り橋は橋桁のみで掴むところがなく、風に吹かれてぐらぐらと揺れていた。
「また渡るのか」
ドミノに似た倒れそうな板の上を渡り、偽物が混じった飛び石を使って川を渡り、今度は吊り橋を渡る。渡ってばかりだ。
「いえ、それだけではありません。すこし違います」
烏帽子の女が見てくださいと吊り橋を指差す。そこではすでにミセンと老人が第五の関門に挑んでいた。
二人が吊り橋を渡っている。
その途中で足を止める。
何かを待っている?
そして、そこに光輝くバレーボールくらいの大きさの弾がふわりと飛んできた。ミセンを支えていた老人がそれを受け取る。
「あれは?」
「あのひかりのたまを受け取り、つりばしを渡るのが五番目のかんもんになります」
俺は抱えているウズメを見る。なるほど、揺れる吊り橋の上で球を受け取るのは少し難易度が高いかもしれない。だが、それも護衛が代行して問題が無いのなら、俺たちが苦労することはないだろう。
俺は抱えていたウズメを降ろし、吊り橋を渡っているミセンたちへと視線を戻す。
ミセンたちは吊り橋の半分を渡り終えたところだ。
そこで攻撃が始まった。
吊り橋を渡るのを邪魔するようにミセンたちへと球が飛んでくる。飛んできているのは、先ほど飛んできた光輝く球と同じバレーボールくらいの大きさだ。だが、そのボールは、発泡スチロールか何かで出来ているのか当たっても痛くはないようだ。ミセンたちが飛んできたボールに耐えながらゆっくりと吊り橋を渡っている。
「あれは当たっても問題ないのか」
「はい。減点にはなりません。つりばしから落ちた時だけ減点されます」
どうやらそういうことらしい。
「あっ!」
ウズメが驚きの声を上げる。
吊り橋を渡っていたミセンが飛んできたボールに当たり、バランスを崩す。光る球を抱えていた老人がミセンを支えようと慌てて手を伸ばすが、それよりも早くミセンが吊り橋から落ちる。
「落ちたぞ。いいのか?」
「だいじょうぶです。下にはねっとが張ってあります」
「そ、そうか」
崖下に落ちても命の心配は無いようだ。
『ふふん。お前が言いたいのは生け贄になるはずのアレが失敗したことについてでしょ』
『ああ。こいつら運営側はミセンを生け贄にすると決めているんだろう? 失敗しても良かったのか』
『ふふん。少しくらいは失敗した方が盛り上がるでしょ』
俺はセラフの言葉に納得する。なるほど。少しくらいは失敗した方がやらせを疑われることもない。
俺は肩を竦める。
「それで、俺たちの番でいいのか?」
「はい、そうです」
烏帽子の女が俺たちを吊り橋の前へと案内する。
改めて見ると吊り橋の橋桁の幅はかなり狭い。5、60センチくらいだろうか。人とすれ違うことも出来ないだろう。まぁ、こんな吊り橋で人とすれ違うこともないだろうが。
「ウズメ、大丈夫そうか?」
「あ、はい。このていどならだいじょうです」
ウズメは『大丈夫だと思う』ではなく『大丈夫だ』と言い切っている。これなら俺が抱えなくても良いだろう。ウズメを抱え、さらに飛んできた光輝く球を受け取り、それを持って攻撃を回避して……となるとさすがに俺でも難しかったかもしれない。
「飛んでくる光の球は俺が受け取る」
「はい、お願いします」
ウズメがゆっくりと吊り橋に足を乗せる。ぐらぐらと揺れている。手すりのない吊り橋を渡る、か。いくら下にネットが張られ落ちても大丈夫だとしても充分なスリルを味わえる代物だ。
『ふふん、心にもないことを』
『いや、充分、戦慄しているさ』
ゆっくりと吊り橋を渡る。
その吊り橋の途中に白線が引かれていた。
どうやらここで一旦、立ち止まれということらしい。
そこで待っていると、すぐに光輝く球が飛んで来た。俺はそのふわりと飛んできたバレーボールサイズの球を受け取り、抱える。
再び、ゆっくりと吊り橋を渡っていく。
そして、攻撃が始まる。
こちらを狙いボールが飛んでくる。ウズメは吊り橋を渡ることに一生懸命だ。ウズメは気付いていない。
ウズメに当たりそうなボールを、俺は、殴り、弾き飛ばす。重い。その衝撃に吊り橋が揺れる。先ほど、ミセンたちに飛んできていたボールと違い、かなりの重さがあった。当たり所が悪ければ骨折でもしそうなボールだ。
吊り橋が揺れている。
ウズメがバランスを崩す。倒れる。不味い。だが、ウズメはすぐに吊り橋にしがみついた。ウズメが耐える。揺れが収まるまで、その状態で耐えるようだ。
「大丈夫か」
「だいじょうぶです」
揺れが収まり、ウズメがゆっくりと立ち上がる。そして再び、吊り橋を渡り始める。
『俺も気を付けないとな』
ミセンたちの時のような軽い球が飛んでくると俺は思い込み、油断していた。
『ええ。そうしなさい』
俺は光の球を抱えたまま肩を竦める。




