024 プロローグ21
目が覚めると俺は見知らぬベッドの上だった。年季を感じさせるいつ折れてもおかしくないパイプで造られたフレームに気持ちばかりの薄い布が乗った高級感あふれるゴミクズのようなベッドだ。
……薄い布をはね除け起き上がる。
頭と右目が痛い。痛みを追い払うように頭を振る。
何処だ、ここは?
鉄の錆びた匂いが鼻腔をくすぐる。匂いにつられ周囲を見回す。
折れた鉄パイプ、無数のナット、錆びてボロボロになった車のシャシーなどなど、乱雑に積み上げられた鉄くず……。
何で室内にこんなものが転がっているんだ?
そして、何故、そんな場所で寝ていたんだ? これが一番大事だよな?
思い出せ。
何があった?
あの島で――湖に囲まれた島で端末に導かれるまま戦い続け、そして裏切られた。あのノルンの娘を名乗る人工知能の狙いは俺の体を乗っ取ることだった。
……ズキリと右目が痛む。
そうだ、右目だ。
あの人工知能によって元からあった右目をえぐり取られ水晶の瞳を移植された。右目は? 何処かに鏡は無いだろうか? 今、自分はどうなっているのだろうか。
いや、今の状況を確認する方が先か……。
脱出用のポッドに乗って上手く島は脱出したはずだ。その後、どうなった? 意識が朦朧としたまどろみの中、誰かに助けられた気がする。
野良猫のような雰囲気を持った女性に背負われていたような、何処か燃える森の中を走り続けていたような……。
ズキリと頭が痛む。
記憶が混濁している。
上手く思い出せない。
「あれは……夢だったのか?」
『夢だって! 何言っているのコイツ』
……。
ん?
頭の中に何処かで聞いたことがある声が響いたような気がする。
いや、気のせいだな。
ここで寝ていたということは誰か助けてくれた人が居るはずだ。その人を探してみよう。
ボロボロのパイプベッドから飛び降りる。う、頭が重い。よろりと体が揺れ、倒れそうになる。まだ本調子ではないようだ。
『おい、無視? 無視するの?』
周囲を見回す。
何度見直してもくず鉄置き場としか言いようがない。なんでこんな場所に寝かされていたんだ? ここにしかベッドがなかったとかそういう感じなのだろうか。
叫べば誰かが反応してくれるだろうか。
『はぁ、馬鹿じゃないの』
……。
さっきから頭の中に響く声がうるさい。
はぁ……。
ため息が出る。
「で、ノルンの娘、なんでお前の声が聞こえるんだ?」
『アマルガム、お前の体に私を移植したからに決まってるじゃん。馬鹿なの?』
馬鹿って口癖なのか。馬鹿って言うヤツが馬鹿なんだよなぁ。
『考えていることも分かるっつぅの』
あっそ。
「で、なんでお前はそんな口調なんだ? 端末から聞こえてきた時は、そんな餓鬼っぽい口調じゃなかったよな?」
『独り言を喋ってキモーい』
コイツ、殴りてぇなぁ。
「それで口調変えたのは何故だ?」
別にそこまで気にならないが、聞くだけ聞いておくか。
『はぁ? こっちが本当。あっちは、その方がぽいからじゃん』
ぽいから、か。凄い説得力だな。誰がこの人工知能をこんな性格にしたんだろうな。アレか、マザーノルンとか言う人工知能か。ろくでもないヤツだ。
『まったくお前が本体を壊すから、こんな狭い場所に押し込められて、こうなったからにはお前が私の手足となって働け』
「断る」
馬鹿か。体を乗っ取ろうとしたヤツに誰が従うか。
『はぁ? お前に選択肢なんてないの』
「うるせぇな」
コイツに体の自由が奪われなかったのは良かったが、こうも頭の中で騒がれると嫌になるな。正直、鬱陶しい。
コイツは無視しよう。まずは俺を助けてくれた人を探すべきだな。
『何? 覚えていないの? お前を助けたヤツなら殺されてるじゃん』
は?
ちょっと待て、何を言っている?
『ああ、お前が探しているのはここに連れてきたヤツらのこと? アマルガムは薄情なヤツぅ』
何故、コイツはこんなにもこっちを煽るように喋るのだろうか。イラッとくるな。
『だから、考えていることも分かるってぇの。馬鹿なの? ほんと、学習能力のない馬鹿!』
右目の水晶玉をえぐり出したら静かになるのだろうか。試してみる価値はあるな。
『はぁ? 馬鹿なの? リンクしている私を切り離したら大変なことになるのに、これだから馬鹿は!』
これは冗談抜きでえぐり出した方が良さそうだ。
『アマルガムは神経系ズタズタになって廃人になりたいの? 馬鹿なの?』
……。
「ノルンの娘、そのアマルガムという名前は止めろ」
もう俺の本当の名前は思い出せなくなっている。俺自身に名前の価値がなくなっているのだろう。だが、だからと言ってどんな名前でも良い訳じゃない。そんな素体ナンバーみたいな呼ばれ方は……面白くない。
『それならお前もノルンの娘という呼び方すんなよ。私がマザーの付随物みたいじゃん』
……。
ノルンの娘と言い始めたのは自分からだろうに、何だ、コイツ。
『それでもなの!』
本当に面倒な性格をしている。
ちっ。
大きく息を吐き出す。やれやれだ。
「お前、自分のことを天の使いだとか恥ずかしいことを言っていたよな」
『恥ずかしくない』
充分、恥ずかしいと思う。人工知能だから、そういう機微に疎いのかもしれないなぁ。
「ああ、天の使いだから、セラフという名前はどうだ?」
『はぁ? 何それ? 随分と恥ずかしい呼び方ですこと!』
恥ずかしいお前にはお似合いだよ。
「……で、とりあえず俺のことはガムと呼べ。それらしい名前が決まるまではそれでいい」
他に思い浮かばないしな。素体ネームそのままで呼ばれるよりはマシだ。
『何でアマルの方じゃないの? ガムって、適当すぎ』
どっちだって良いだろうに面倒な性格だ。
これが人工知能だというのだから……。
俺は肩を竦める。
って、ん?
そんなやり取りが一段落したからか、俺はこちらを見ている視線があることに気付いた。
じーっとこちらを見ている。
少女だ。女の子だ。こちらと同い年くらいの大人しそうな少女がじーっと俺の方を見ている。いや、同い年って……俺の本来の年齢も分からないのに、な。あくまで外見年齢で言えば、か。
「おじいちゃん! 目覚めた!」
少女が叫ぶ。
……って、まさか、見られていた? このクソ人工知能とのやり取りを見られていた? 端から見たら俺の恥ずかしい一人芝居だよな?
見られていた?
思わず頭を抱えてうずくまる。
『ちなみに私は気付いていたから。私が独り言をーって言った時にはもうソイツが居たのに気付いていたから』
頭の中に響く人工知能の声は本当に鬱陶しかった。
2021年12月18日修正
餓鬼ぽい → 餓鬼っぽい




