240 神のせんたく25――「話は分かった」
大きなドミノのような板の上を歩く、か。
ウズメが俺の方を見て、ゆっくりと頷く。覚悟は出来ているようだ。
ウズメは恐る恐るという感じで一歩踏み出し、大きな板の上に足を乗せる。それだけでその板が揺れる。ぐらぐらと揺れる。先ほどミセンが歩いた時にしっかりと立っていたのが嘘のように揺れている。これだけで崩れそうだ。
そして、ウズメは――覚悟を決めたように一気に駆け出した。
崩れていく板の上を走り抜けていく。俺も後を追うように倒れていく大きな板の上を駆ける。
ウズメは俺が思っていたよりもずっと機敏だった。これなら何事もなければ攻略出来るかもしれない――そう思えるほど機敏だった。
何事も無ければ。
ウズメが揺れる足場の上を走る。
と、その時だった。
ウズメが足を乗せようとしていた板が何もしていないのに、ウズメから逃げるように倒れる。ウズメが足を伸ばした先に何も無い。目測を誤ったウズメがバランスを崩す。
俺はウズメの後ろの板を蹴り飛ばし、ウズメが乗っている板に当てる。バランスを崩したウズメごと板が前へと倒れる。ウズメの足が逃げるように倒れていく板の上に乗る。足がつく。
そのままウズメが駆ける。
なかなか良い運動神経とバランス感覚だ。
ウズメが板の上を駆け抜け、ゴールする。俺も崩れ、倒れていく板の上を飛んで追いかけ、ゴールする。
「やったな。正直、ここまで動けるとは思わなかった」
俺が話しかけると、ウズメは少しだけ得意気に笑った。
「のやまをかけまわるのが好きだったからです」
俺がウズメと出会ったタイミングを思い出す。どのような形だったのか分からないが、ウズメは生け贄候補者たちの手によって建物に閉じ込められていたはずだ。そこから自力で脱出してくるくらいなのだから、それなりに動けるのも当然か。
「ここの関門も突破だ。次へ急ごう」
「はい」
俺は改めてウズメを抱え、走る。
薄暗い山道を走り、そして追いつく。
扇を持った少女と松明を持った翁面の女、無駄に俊敏な動きで駆けている老人の三人組だ。案内役の姿は見えない。もしかするとミセンには案内人がついていないのかもしれない。
「あしどめをおねがいします」
ミセンが翁面の女にお願いする。
松明を持った翁面の女が頷き、俺たちの前に立ち塞がる。
「おっと、直接やり合うのは禁止じゃないのか?」
俺は浮かんでいるカメラを指差す。ルールをしっかりと把握している訳ではないが、それは、あまりよろしくない行為だろう。
翁面の女が首を横に振る。
「ウズメ、何故、さんかしたの?」
翁面の女がこちらへと話しかけてくる。翁面から聞こえているとは思えない優しい女の声だ。
「まさか、そのこえ……」
抱えているウズメが驚きの声を上げる。
どういうことだ?
翁面の女がその仮面を外す。
現れた顔は……当たり前だが俺には見覚えがない。
「そんなククル……」
ウズメが思わずという感じで呟く。衝撃の事実だったのだろうか。
「誰だ?」
「……わたしの守人です」
ウズメの守人?
なるほど。
ウズメを裏切ってミセンについたということか。
「ククル、なぜですか」
「ウズメはまだおさない。いのちだいじに」
ククルのそんな言葉にウズメは首を横に振る。
「わたしは父さまも母さまもいません。かぞくのいない、ひとりぼっち。わたしが生け贄になるのがいちばんです」
翁面の女――ククルが俺を見る。
「そこの方、ここでおりてもらえませんか? じゅうぶんな謝礼はします」
松明に照らされたククルの顔は――ウズメを心配するものだった。
なるほどな。
「話は分かった」
ああ、分かった。
「ガムさん?」
ウズメが俺を見る。
話は分かった。
だが、それがどうした。
俺はウズメを抱えたまま一気に駆け出す。ククルの横を抜ける。俺に不意を突かれた格好になったククルがとっさにこちらへと手を伸ばす。だが、もう届かない。
もう遅い。
「ま、まて!」
ククルが叫んでいる。待つつもりはない。
俺は走る。
「ガムさん……」
抱えているウズメが不安そうな顔で俺を見ている。
「俺が依頼を受けたのはウズメからだ。最後までお供しないと駄目なんだろう? それとも、ここで依頼は終わりだろうか?」
ウズメが首を横に振る。
「よろしくおねがいします」
「ああ、任せてくれ」
俺は走る。
そして、次の関門に到着する。
ここでミセンたちを追い抜かすことは出来なかったようだ。
「止まりなさい。すでにかんもんに挑んでいる候補者がいます。あなたたちはそのあとです」
ここでも待ち構えていた烏帽子の女が俺たちを制止する。
「そうか。見学してもいいだろうか?」
「それはかまわない。こちらだ」
俺たちは烏帽子の女の後をついていく。
そこではミセンと老人が次の関門に挑んでいた。
次の関門は川渡りのようだった。川からは、いくつも飛び石が出ており、その上をミセンたちが走って渡っている。
『ただ、飛び石の上を走って川を渡るだけの関門なのか?』
『ふふん。よく見なさい。飛び石の中に、ただ浮いているだけのがあるでしょ』
見ればいくつかの飛び石はただ水面に浮いているだけだった。あの上に乗った瞬間、川に落ちてしまうだろう。
……。
だが、それがなんだというのだろうか。ここからでも見て分かるくらいの見え見えの罠に引っ掛かる奴がいるのだろうか。
『ふふん。昼間ならお前が言うように、そうなんでしょうね』
……なるほど。
俺はセラフの言葉に納得する。
「ウズメ、あの飛び石のどれが浮いているだけの偽物か分かるだろうか?」
ウズメが首を横に振る。
「よくみえません。ここからだと川があることぐらいしか、わたしにはわからないです」
ウズメの目では飛び石すら見えないようだ。
なるほど。
月明かり程度では、こんな単純な罠でも難しいか。
ミセンたちは答えを知っているかのように安全な飛び石の上だけを走り、進んでいく。そして、川を渡りきりゴールする。
次は俺たちの番だ。
やれやれ。
ささっと攻略してしまうか。
2021年12月19日修正
はは → かか
2022年10月9日修正
俺が話しかけると、ズメは → 俺が話しかけると、ウズメは




