239 神のせんたく24――「ウズメ、とりあえず、ここの関門は攻略完了だ」
振り回された棍棒を、身を屈めて回避する。そのまま地面に手をつけ、俺は飛び出す。ウズメの俺を掴む手に力が入る。
俺の頭上を棍棒が通り過ぎていく。
そして、眼前に次の棍棒が迫る。
『もう一体かっ!』
俺は慌てて足を止め、無理矢理後方へと飛び退く。
それを追いかけるように棍棒が振り回される。俺は再び飛び退く。その躱したと思った棍棒が途中で軌道を変える。
『なんだ、と』
俺はウズメを抱えるように護りながら、転がり、その一撃をなんとか回避する。
次の一撃が来る前に飛び起きる。
……進むつもりが後退している。
思っていたよりも悪魔たちの動きが早い。そして、機械だからか、人の動きに囚われない、変則的な攻撃を持っているようだ。厄介だ。とても厄介だ。だが、機械らしくそれ自体の動きは単調だ。
俺はこちらへと迫る悪魔たちを見る。
悪魔たちは俺たちを後方にある扉に追い詰めようとしているようだ。その扉の先に待っているのは――得点がマイナスされる部屋だろう。
『ふふん、機械だから動きが単調なんて誰が決めたの? ねぇ、馬鹿なの?』
『ああ、そうだ。機械だから……と決めつけるのは良くないな。だが、こいつらの動きが単調なのは間違いないだろう?』
『ふふん』
セラフは愉快そうに笑っている。
さて。
俺は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。呼吸を整える。
奴らの動きは早い。そして、デタラメに振り回しているように見えて隙の無い、人ではあり得ない軌道の攻撃。
厄介だ。
非常に厄介だろう。
だが……。
俺はゆっくりと一歩、前に進む。
棍棒を持った悪魔たちが俺たちをこの部屋から追い出そうと迫る。見る。こちらの目線を動かし、軌道を誘導する。
振り回される棍棒。
俺はゆっくりと歩く。
ただ歩く。
悪魔たちが振り回す棍棒は俺に当たらない。まるで棍棒自体が俺を避けているかのように当たらない。
俺はただ歩き、悪魔たちを抜ける。
……抜けた。
そのまま一気に走り、ゴールへと辿り着く。
俺は額の汗を拭い、大きく息を吐き出す。
「ウズメ、とりあえず、ここの関門は攻略完了だ」
「え? おわりですか」
俺から離れたウズメが驚きの顔でこちらを見ている。あっさりと終わったように思ったのだろう。
『何をやったのかしら?』
セラフが訝しむような声を頭の中に響かせる。
『何も』
『あらあら、あらあらあら!』
セラフの声が嫌なほど頭の中に響いている。
俺は特に何もやっていない。しいて言えば歩いただけ、だろうか。
『歩いただけでどうしてそんなことが出来るのかしら? おかしいでしょ』
セラフはそれを疑問に思っているようだ。
『相手の持っている棍棒は一つ。持っている腕も一つ。それなら相手の動きを読むのはそれほど難しくないだろう? それが二体居ようと同じだ。後はタイミング良く、抜けるだけだ』
何かをした訳では無い。ただ、相手の動きを読み切って、攻撃の当たらないタイミングでくぐり抜けた――相手が単調な動きしかしなかったから出来たことだ。これが体当たりなども駆使するような相手だったら同じようには行かなかっただろう。それだけだ。
『それだけって! 異常でしょ』
『そうだろうか? この程度、優れた武術家なら普通に出来ることだろう。俺よりももっと上手く出来る奴だっているさ』
俺は自惚れるつもりはない。この程度、武を術としている者たちなら基本以下の代物だ。
『あらあら。自分が優れた武術家だってことは否定しないのね』
俺は肩を竦める。
俺の記憶――俺の中にある記憶の残滓。それがこの程度ではまだ届かないと言っている。
届く?
何にだ?
俺は頭を振る。
『急ぐんだろう? 先に進もう』
『はいはい』
俺は小さくため息を吐き、外に出る。
また山道だ。
先ほどまでと同じようにウズメを抱える。そして月明かりを頼りに山道を走る。走り抜ける。
すぐに次の関門が見えてくる。
第三の関門。次はどんな馬鹿げたことをさせられるのだろうか。
「止まれ」
そこでも烏帽子の女が待っていた。
「ここか。この関門に挑戦は……すぐに出来るのか?」
俺は抱えていたウズメを降ろす。
「今はこうほしゃのミセンが挑んでいる。しばらく待つといい」
どうやら追いつけたようだ。
「……けんがくはできますか?」
「かまわぬ」
ウズメの言葉に烏帽子の女が頷く。
「これがここのかんもんだ」
烏帽子の女が案内した場所にはドミノ倒しの板を大きくしたようなものが並んでいた。そのぐらぐらと揺れる足場の上を扇を持った少女――ミセンが恐る恐るという感じで渡っている。
なるほどな。
「落ちたら減点か」
「そうだ。ここではこうほしゃの力だけでわたってもらう。抱える、手をつないでひっぱるなどの守人によるてだすけは禁止されている」
俺は肩を竦める。今までのようにはいかないようだ。ウズメ自身の能力が重要になってくる。
「いけそうか?」
俺はウズメを見る。
「やります」
ウズメが力強く頷く。ウズメなら問題無さそうだ――何も無ければ、だが。
そう、何が仕込まれているか分からない。
「ちなみに俺が一緒に参加することは可能だろうか?」
聞いてみる。
「かまわない。だが、こうほしゃに触れれば失格とする。守人がごーるしてもかんもんを抜けたことにはならない。それでも参加するのか?」
俺は頷く。
それでも俺が一緒に行くことで手助け出来ることがあるだろう。
関門の方では、そろそろミセンが渡り終わるようだ。ミセンが渡っているドミノの板は少しだけ揺れているが倒れそうにない。
多分、そういうことなのだろう。
ミセンが大きなドミノのような板の上を渡り終え、ゴールする。
さて、やっと俺たちの番か。




