237 神のせんたく22――『◆になった部屋、か』
月明かりを頼りに山道を走る。
最初に第一の関門を突破したであろうミセンを追い抜くのは難しいかもしれないが、第一の関門を突破したばかりのサンコには追いつけるかもしれない。
走る。
俺はウズメを抱え、無言で走り続ける。
……ウズメと会話して少しでも仲良くなっておくべきなのかもしれない。聞きたいこともある。
なぜ、分かっていて生け贄になりたがっているのか?
他の候補者との関係は?
ウズメ自身のこと。
何故、護衛がいないのか?
ウズメのかんざしは何処で手に入れたものなのか。
入っている情報はなんなのか。
色々と聞きたいことはある。
だが、不要だ。
俺はウズメから依頼を受けた。それを終えるだけだ。
会話は必要ない。
『あらあら、格好つけて』
セラフの俺を馬鹿にしたような声が頭の中に響く。
『そうだな。このせれくしょんとやらの攻略だけなら、お前に聞けばいいだろう? それで充分だ』
『ふふん』
セラフの何処か得意気な笑い声が頭の中に響く。
俺はため息を吐きながら無言で走る。
「あの、えっと、どうしました?」
そんな俺を心配したのかウズメが話しかけてくる。
「なんでもない……いや、そうだな。チョロい性格の神様に助言を聞いていたのさ」
「そうだったんですね、ありがとうございます」
抱えているウズメが小さく頭を下げる。
「何がだ?」
「ガムさんにあえなかったら、せれくしょんに参加することもできませんでした」
だから、ありがとうございます、か。助言を聞いてくれて、ありがとうございますでは無いようだ。ウズメは俺が言っている神様のことを冗談だと思っているのかもしれない。
「礼は全て終わってからにしてくれ」
ウズメが微笑み、頷く。
『あらあら、チョロいのは誰の方かしら』
『さあな』
山道を走り続け、そして、見えてくる。
サンコたちだ。
サンコと護衛の冴えない中年のおっさん、顔が分からなくなるほど白粉を塗りたくった女だ。案内人なのか怯えた様子で松明を持った女の姿も見える。
そのサンコたちがパラボラアンテナを背負ったダチョウと戦っている。
また、このビーストか。
『代わり映えがしないな』
もしかすると、このせれくしょんのために集めたビーストなのかもしれない。
「ガムさん」
抱えているウズメが俺を見る。ウズメの言いたいことは分かる。助太刀してあげて欲しいということだろう。
だが、俺は首を横に振る。
「ガムさん?」
ウズメが不安そうな顔で俺を見る。
「違う、もう終わるからだ」
俺の言葉よりも早く白粉の女が動く。白粉の女がダチョウの蹴り――その足を踏み台として飛び上がり、一瞬にしてダチョウの背へと回る。そして、そのままダチョウの細長い首へと腕を回し、へし折る。
一瞬だ。
白粉の女がダチョウの背中から、ふわりと飛び降りる。
「まるでガムさんみたいです」
ウズメが驚きの声を上げている。
まるで俺みたい、か。俺よりも早い動き、余裕のある適切な対処法――身体能力は確実に俺よりも上だろう。
白粉を塗りたくったふざけた格好で騙されたが、随分と厄介な護衛が居たものだ。
「はぁ、あんたが居れば、おれの策はひつようなさそうだ」
冴えない中年のおっさんが白粉の女に話しかけながら、ぼりぼりと頭を掻いていた。ポニーテールの白粉女はおっさんの言葉には応えず、顎をこちらへとしゃくる。
と、それでおっさんとサンコが俺たちに気付いたようだ。
「おっと、もうおいつてきたのか。お嬢、いきましょう」
おっさんの言葉に生け贄候補のサンコが頷き、駆け出す。
だが、遅い。
生け贄候補のサンコも冴えない中年のおっさんも足が遅い。動きも鈍い。おっさんは少し走っただけで息を切らし、情けない顔で舌を出して、ぜぇぜぇと荒い息をしていた。
俺とウズメはサンコたちを追い抜き、そのまま走る。
そして、すぐに篝火の明りと、それに照らされた城壁が見えてきた。あれが第二の関門なのだろう。
城門の前には烏帽子の女が立っている。
「止まりなさい」
烏帽子の女が俺たちに制止の声をかける。
「ここが二つ目の関門の会場でいいのか?」
「そうだ。かんもんのせつめいは必要か?」
「もう挑戦出来るのか?」
俺の言葉に烏帽子の女が頷く。
「俺たちは何番目だ?」
「おまえたちはにばんめだ」
情報が共有されているのか、今回の烏帽子の女はすぐに教えてくれる。
俺たちが二番目で、すぐに挑戦出来る?
もう、あの扇を持った少女たちは第二の関門を抜けたということか。これは……追いつくのは少し厳しいかもしれない。さらに急ぐ必要がありそうだ。
「説明は不要だ。挑戦する」
「わかった」
烏帽子の女が門を開ける。
門の先は……すぐに四角い部屋になっていた。
『セラフ、ルールを教えてくれ』
『はいはい。ここでも持ち点がプラス10されるから。この部屋にいくつか扉が見えるでしょ? 好きな扉を選んで進んでいくの。ゴールに到達したら終わり』
『四角になった部屋、か』
『ふふん、正確には六角形ね』
六角形の部屋が連なっているのか。選ぶ扉は五つということだな。
『それだけじゃないんだろう?』
ただ扉を選んでいくだけの関門ではないだろう。
『ふふん、その通り。開く扉、開かない扉、一度部屋に入ったら戻ることが出来ない、一方通行――そうやって迷わせようとしているのもそうだけど、入ったら持ち点がマイナス1される部屋もあるし、悪魔と呼ばれる触れられたらマイナス1点になる存在が徘徊もしているから』
『なるほどね』
なかなか厄介な関門のようだ。
だが……。
『ええ、そうね。ふふん、これで失敗したら本当にお馬鹿でしょ』
セラフは得意気に笑っている。
俺の右目には地図が映し出されている。そう、この迷路の地図だ。部屋を移動している悪魔らしき二つの赤い光点も見える。
『ずるだな』
『ふふん、まともに挑戦する必要、ある?』
『ないな』
俺は扉を選び、進む。




