236 神のせんたく21――「これがお前と俺の実力の差だろう?」
「だい、だいじょうぶかい」
カラスガの護衛の大男が、地面に大の字に張り付いた俺のところへと、慌てているがゆっくりとした足取りで駆けてくる。
「問題ない」
俺は逆手で地面に手をつけ、飛び起きる。地面に叩きつけられる前に左の機械の腕を支えとして衝撃を殺しながら着地している。俺は無傷だ。生身の腕だったならば、衝撃を殺す前に折れて終わっていただろうが、この機械の腕なら問題ない。
『あらあら、反則なんじゃないのぉ?』
『武器として使ってないだろう?』
俺は体についている砂埃を払う。
「それで? 何の用だ?」
「すまなかった。とめられなかったぁ」
二メートルを超える大男が頭を下げる。
俺は肩を竦める。
「終わったことだ」
そう、終わったことだ。俺たちは無事に第一の関門を突破した。それだけだ。それに、暴走したのは取り押さえられている日焼け男だ。この大男ではない。
『言っても仕方ないだろう?』
いくら仲間がやったことだろうと、俺は責任を取れと八つ当たりするつもりは無い。
『ふふん』
何故かセラフが得意気に笑っている。
「し、しかし、それでもだあ……」
大男がまだ何かを口にしようとしている。
「お仲間のことは放っておいてもいいのか?」
俺はそれを手で制し、まだ喚き続けている日焼け男を親指で指差す。
「あいつはだめだぁ」
大男がのんびりとした口調ながら大きなため息を吐き出している。
俺は改めて日焼け男を見る。
「むこうだ! 無効だ! そいつは濡れてから、なげ飛ばしている。むこうだ!」
烏帽子の女に取り押さえながらも日焼け男は叫び続けている。
なるほどな。言いたいことは分かった。確かにこいつは駄目だ。
こいつは、俺が失格になってからウズメを登頂させたから無効だと言いたいのか?
俺は日焼け男のところへと歩いて行く。
「な、なんだ、がき」
日焼け男は地面に押さえつけられた状態でも悪態を吐いている。
『不愉快だから猿轡でもつけて欲しかったな』
『ふふん。それならお前が黙らせたら?』
俺は大きくため息を吐く。
そして、額の鉢巻きを外し、日焼け男に見せる。
「な、なんだ。それがどうした」
「濡れているように見えるか? 紙が破れているように見えるか?」
俺の鉢巻きは――紙は破れていない。
「なんでだ! あれだけの水のかべを、あびて、なんで、どんな、いんちきをしたんだ!」
烏帽子の女に押さえつけられながらも元気一杯な日焼け男の言葉に、俺は肩を竦める。
「これがお前と俺の実力の差だろう?」
俺の言葉を聞いた日焼け男ががっくりとうなだれる。
「なんでだよ、あんなの無理だろうがよぉ、ちょっと休もうとしただけなのに、あんなのありえねえだろ、なんで、このがきは抜けられたんだよ……」
日焼け男はうなだれたままブツブツと呟いている。
やはり、俺たちを失敗させるために分かっていてトラップを発動させたのか。悪質だな。
「で、いつまでそいつをそのままにしているんだ?」
俺は烏帽子の女を見る。
「おうえんがくるまでですよ」
烏帽子の女は応援が来るまで、この日焼け男を押さえつけておかないと駄目なようだ。
「それで俺はどうすればいい?」
「おうえんがくるまで待ってください。そのものに引き継ぎしだい、つぎのかんもんへあんないします」
烏帽子の女は日焼けの男を押さえつけながら、のんきにそんなことを言っている。
なるほど。
のんびりと応援が来るのを待っていたら夜が明けてしまうことだろう。
『ふふん、さっさと次に向かうべきでしょ』
『ああ、そうだな』
セラフの言うとおりだ。
『セラフ、この案内人を待たなくても大丈夫なんだな?』
『ふふん、そう言っているつもりだけど? お馬鹿なお前には分からなかったかしら』
セラフは得意気に笑っている。俺も苦笑するしかない。
「俺たちに案内は不要だ」
向かうべき場所は分かっている。この案内人の手が空くのを待つ必要が無いというなら、急ぐべきだろう。
石垣に足を掛ける。
「それではお先。あんたらも頑張れよ」
俺は大男とカラスガに手を振る。
そのまま一気に石垣を駆け上がる。石垣に備え付けられた階段を上がる? 俺にそんな遠回りは必要ない。直線で進めばいい。
石垣を駆け抜け、頂上へと辿り着く。邪魔するものが無ければ一瞬だ。
そして、そこでは不安そうな顔のウズメが待っていた。
「待たせたな」
俺の言葉を聞いたウズメが何度も首を横に振る。
「そうか、分かった。急ごう」
俺はウズメを抱え上げ、再び走る。
『ふふん、急ぎなさい。七つ目の関門を一番最初に抜けた者にボーナス得点が付与されるのだから』
俺はセラフの言葉に吹き出しそうになる。
『そういう大事なことは最初に言え』
『あらあら、予想出来たことだと思うけど? 考えることを止めていたのかしら』
確かに予想出来たことだ。
だからといってなぁ……。
……。
『そうなると順番待ちの状況はキツいな』
先行している生け贄候補者がミスをしない限りは順位を上げることが出来ない。このまま順位が変わらないまま八つの関門をクリアしてしまうことだってあり得るだろう。
『だから、急げと言っているのが分からないの? 馬鹿なの?』
俺はセラフの言葉を聞き、走る。
どうやら、この途中途中の移動区間で追い抜くしかないようだ。




