235 神のせんたく20――「思い知ったかなんて強い言葉を使うなよ、品格を疑うぜ」
「むだ、無駄、むだ、ムダァ」
こちらを動揺させようとしているのか、日に焼けた肌の男がガラ悪く叫んでいる。
俺はそれを無視して石垣を駆け上がる。
『ふふん』
俺の右目には石垣の情報が表示されている。足を乗せやすい場所、指で掴めそうな場所、休憩が出来そうな場所、それらには全て何かのスイッチが隠されているようだ。
『随分と意地が悪い』
右足を石の上に乗せ、その勢いのまま左足を前に――石を蹴って駆け上がる。
右目に赤い線が表示される。こちらへの攻撃、そのラインだろう。石垣に設置された木枠から、にゅるっと銃口が現れ、こちらへと水弾を飛ばす。表示されている赤い線をなぞる攻撃。
当たりはしない。
俺は助走をつけた勢いのまま垂直に近い石垣を駆け上がる。足を止めれば落ちる。だから、走る。
この石垣程度が俺の足を止めることは出来ない。俺には全て見えている。罠も、攻撃も、全てが見えている。
『まるでずるだな』
『あらあら、不要だったかしら。余計なことだったかしら。お馬鹿さんには必要だと思ったのに余計なことだったかしら』
俺は肩を竦めようとして、抱えているウズメの存在を思い出し、苦笑する。
『助かってるよ』
俺の目的は別に正々堂々と攻略することではない。やろうと思えば、何も知らない状態でも攻略は出来たかもしれない。だが、楽をして困ることはないだろう。
飛び交う水弾の雨を、水のレーザーを避け、石垣を駆け上がる。飛び散る水滴にだけは注意する。
「す、すごいです」
抱えているウズメが驚きの声を上げている。
「舌を噛むぞ」
「は、はい、あいた」
言っている側から舌を噛んだようだ。
『ウズメが凄いと言うだけの機械みたいになっているな』
『あらあら、称賛されて嬉しいでしょ。ただのお荷物なんだから、その程度でも役に立ってよかったじゃない』
『依頼として受けている。依頼者自身の能力はどうだっていい。俺は、ただ、依頼が達成出来るように動くだけだ』
『ふふん』
セラフは呆れたような声で笑っている。
俺は駆け上がる。
足を止めなければ、この程度、苦労することはない。
石垣の終わりが見えてくる。もうすぐゴールだ。
と、その時だった。
わあわあと叫んでいた日に焼けた肌の男が走り出す。そして、石垣に取り付き、そのまま俺たちを追いかけるように登ってくる。
「やめなさい」
慌てて烏帽子の女が駆け寄り、石垣を登ろうとしていた日に焼けた肌の男を掴む。
「はなせ!」
日に焼けた肌の男が手を伸ばす。その手が、指が、石垣に、石と石の隙間の指を入れやすい場所へと入る。そこは俺があえて避けていた場所だった。
それは、偶然なのか、狙っていたのか。
烏帽子の女が日に焼けた肌の男を石垣から引き剥がし、地面に押さえつける。
だが、もう遅い。
石垣の頂上部分、そこから、こちらの行く手を阻む壁のように水が噴き出す。水の壁を作っている。
先ほどの隙間にスイッチがあったのだろう。
「どうだ、思い知ったか!」
強い力で地面へと押さえつけられた日に焼けた肌の男が顔だけを上げ、得意気に叫んでいる。
「このものは失格にします」
この者は、か。これで、カラスガの護衛は一人減った訳だ。
俺は水の壁を見る。諦めるしか無いような勢いだ。飛び散る水滴だけでも額の紙切れが破れてしまいそうな恐ろしさがある。
諦めるか?
ここで失敗したとしても、たかだかマイナス1点だ。護衛一人を犠牲にして、たった1点。俺たちの持ち点が一つ減るだけでしかない。
諦めても問題ない。次のチャンスに期待した方が良いだろう。
……。
だが!
『ふふん』
セラフの笑い声が頭の中に響く。セラフは俺がどうするか分かっているのだろう。
「思い知ったかなんて強い言葉を使うなよ、品格を疑うぜ」
俺は足に力を込める。
このまま突破する!
迫る水の壁。
額の紙切れが濡れなければどうということはない。
俺は石を蹴り、飛び上がる。ウズメを守るように抱え、水から背を向け、飛び上がる。水の壁が俺の背中に当たり、俺を押し出す。石垣から飛ばされる。
石垣から離れていく。届かない。
「ウズメ!」
だが、問題ない。
この関門は生け贄候補者が頂上に到着すればクリアだ。
「はい!」
ウズメが元気よく俺の言葉に応える。
俺は石垣の頂上を目掛けて、ウズメを投げる。
ウズメが飛ぶ。
水の壁は越えた。
頂上はすぐそこだ。
だが……。
そこには水の飛沫が舞っていた。
なんだ、と。
もう頂上だ。後はウズメが着地するだけで終わりだ。だが、そこにいくつもの水が、飛沫が迫っている。ウズメは目を閉じている。気付いていない。いや、気付いたとしてもウズメの能力では、防ぐことも躱すことも出来ないだろう。
だが、その時だった。
ウズメの周囲をふよふよと漂い撮影を行っていたカメラが動く。たまたまカメラが動き、そのカメラが迫っていた水の飛沫を受け止める。
ウズメが頂上に着地する。転がるように落ちていたが、怪我はないだろう。
俺も落ちる。地面へと落ちる。
『セラフ』
『ふふん。たまたま良いアングルで撮影しようと思ったカメラが、たまたま水飛沫を防いだ、それだけでしょ』
俺は地面に叩きつけられながら、セラフの言葉に苦笑する。
そう、たまたまだ。
だが、これで第一の関門は持ち点の十を残したまま、突破だ。




