234 神のせんたく19――「随分とゲーム的な内容だな」
『そろそろでしょ』
『そのようだな』
俺はこちらに近寄ってくる気配を感じ、寄りかかっていた壁から離れる。
門のところに立っていた烏帽子の女だ。
「じゅんばんがきました。どうぞ」
俺は烏帽子の女の言葉を聞き、肩を竦めて返事代わりにする。表情のない能面のような顔で踵を返す烏帽子の女の後を、俺たちはついていく。
『それで何をさせられる?』
『ふふん、すぐに説明があるから待ちなさい』
烏帽子の女が関所のような城門を開け、そのまま門の向こうを指差す。俺たちだけで先に進めということらしい。
俺は肩を竦め、門を抜ける。ウズメも俺の服の裾を持ちながら、恐る恐るという感じでついてくる。
『第一の関門か』
『ふふん、それはもう少し先だから。黙って進みなさい』
セラフの勿体ぶった言葉に肩を竦め、歩く。
篝火の灯された道を歩く。
やがて石垣のようなものが見えてくる。
「ウズメ、こちらです」
そして、そこには新しい烏帽子の女が待っていた。
「んだよ、こいつらかよ」
だが、そこで待っていたのは烏帽子の女だけではなかった。悪態をつき、こちらを睨んでいる日焼けした彫りの深い男、何を考えているか分からないぬぼーっと佇んでいる背の高い男、何処かホッとしたような顔でこちらを見ている生け贄候補の少女――カラスガの姿があった。
「こいつらは?」
俺は烏帽子の女を見ながら、カラスガたちの方へと顎をしゃくる。
「じゅんばん待ちです」
「順番待ち? どういうことだ?」
俺は烏帽子の女に向けて、わざとらしく首を傾げる。
「このものたちはお前たちの後になります。ヤハスガがまにあえば、さらにその後になる」
「そういうことだから、あくしろよ」
日に焼けた肌の男が、こちらへと絡むように悪態をついてくるが、あえて無視する。
サンコではなくカラスガか。なるほど。どうやらサンコたちは無事に第一の関門を突破したようだ。こいつらは突破出来なかった為、再挑戦待ちというところなのだろう。
「それで? どうすれいい? 説明してくれ」
俺は烏帽子の女に説明を求める。
「どうせ、すぐに失敗するんだからせつめいなんていらないだろ」
日に焼けた肌の男が分かりやすく喚いているが無視する。
「これをあたまにまきなさい」
烏帽子の女から鉢巻きのようなものを受け取る。烏帽子の女も日焼け男のことは無視するようだ。
「これは?」
鉢巻きの、額に当てる部分には障子紙のようなものがくっついていた。見ようによっては幽霊がつける天冠にも見える。
「せつめいします。それを身につけ、この石垣をのぼってもらいます。それがだいいちのかんもんです」
「登り切ればクリアなのか?」
俺の言葉に烏帽子の女が首を横に振る。
「こうほしゃが登り切れば、です」
ウズメが登れば、か。
「せつめいを続けます。その額の紙がやぶれたらおわりです。とちゅう、妨害があります。守人の紙がやぶられた場合は、その回のごえいからは、はずれてもらいます。こうほしゃの紙がやぶれたときは失敗になります。このだいいちのかんもんの持ち点は10です。失敗するたびに持ち点は1減ります。0になると失格です」
烏帽子の女がそんな説明をする。
……。
ここの点数配分は10点ということか。そして、失敗すると持ち点が一つ減り、順番待ちになる、と。クリア条件は生け贄候補者が石垣を登り切ること。護衛が登り切ってもクリアにはならない。額の紙が破れると失敗。護衛の場合は、その回は護衛から外れることになる……という感じか。
俺たちの場合は、護衛が俺しか居ないから、俺が失格になると、ウズメ一人で石垣を登らないといけなくなる。
俺は大きくため息を吐き、烏帽子の女を見る。
「随分とゲーム的な内容だな」
「ごらくはひつようでしょう?」
烏帽子の女が能面のような顔に笑みを浮かべる。
『なるほどな』
『ふふん』
俺は、こちらを監視するようにふわふわと浮かんでいるカメラを見る。このカメラを通じて見ている者たちが居る。
まさしく娯楽、まさしくゲーム、か。
「それなら見せ物として楽しんで貰えるように頑張らないといけないな」
俺は肩を竦める。
「ガムさん」
鉢巻きを巻き終えたウズメが俺を見る。俺は、ウズメの額にある、簡単に破れてしまいそうな紙がくっついた鉢巻きを見る。
「ウズメ、自分の力であの石垣は登れそうか?」
ウズメが石垣を見、そして俺を見る。
「が、がんばりますすす」
舌を噛みそうな勢いで喋るウズメを見て、俺は大きくため息を吐く。
「正直に言ってくれ」
「……むずかしいです」
俺は改めて石垣を見る。ほぼ垂直に近い形状の、石が積み重なった壁だ。これを登るのは苦労するだろう。だが、石垣の横には、遠回りになるようだが頂上へと続く階段が備え付けられていた。通常はそちらを進むのだろう。
『石垣、か』
石垣の途中途中に木枠がはめられ、穴が開いていた。親切にもそこから攻撃しますと教えてくれている。
『ふふん、お前の予想通り、あそこから攻撃が飛んでくるから。内容は水鉄砲での攻撃よ。命のやり取りのない平和的な攻撃でしょ?』
俺たちの行動はカメラを通して常に村人たちが見ている。村人たちのためにも、あまりグロい映像はよろしくないのだろう。
だが、水、か。
額の障子紙のような紙は少し濡れただけでも簡単に破れるだろう。
『それでどうするの?』
『決まっている』
俺は鉢巻きを巻く。
「開始は?」
「いつでもどうぞ」
俺の言葉を聞いた烏帽子の女が微笑む。
「分かった」
俺はウズメを抱きかかえる。
「ガムさん?」
「しっかり掴まっていてくれ」
「は、はい」
背負っていては駄目だ。これがベストだ。
そして、俺は石垣に足を駆け、そのまま駆け上がる。




