232 神のせんたく17――『自業自得だ』
夜の闇の中、月明かりを頼りに山道を駆けていく。
『足元注意、前方注意、だな』
『ふふん、転けたら笑ってやるから』
右目に映し出された道筋は、木などの障害物を避けて表示されている。前方に関しては気にしなくても大丈夫なようだ。
しばらく走り続けると前方に赤い光が見えてきた。松明の明りだろう。
『追いついたか』
『あらあら、油断してるの?』
『分かっているさ』
その松明の明りは何かを追い払うように激しく揺れている。
「ガムさん……」
抱えたウズメが不安そうな顔で俺を見る。俺は頷き、足を止め、警戒するようにゆっくりと松明の炎へ近寄る。
松明を振り回しているのは、護衛の眼鏡をかけた優男と髪が薄くなり始めている男だった。その二人に守られるように生け贄候補の少女が小さくうずくまっている。あれはウズメに仲良く話しかけていた少女――確かヤハスガ、か。
護衛と少女は囲まれている。
「だれかが囮になるしか」
「おまえが囮になれ」
「はやくなんとかしてください。わたしは家族のために、どうしても生け贄に……こんなところで」
取り囲んでいるのは、ここの本殿に来る途中でも遭遇した、背中にパラボラアンテナを生やしたダチョウ型のビーストたちだ。
炎が苦手なのか、護衛たちが振り回す松明を避けるように距離を取って囲んでいる。
『数は……』
右目に表示された地図に赤い光点が灯る。目の前の護衛たちのところに四つ。そして、少し離れた場所に、さらに八つ。ゆっくりしていると離れたところの八つにも合流されそうだ。
全部で十二、か。
武器は――何も無い。
ナイフと狙撃銃はドラゴンベインの中に置いたままだ。
『そもそも武器の持ち込みは禁止だったか』
『あらあら、お馬鹿なお前が忘れたのかと思っていたけど』
セラフは笑っている。
護衛の二人と少女には悪いが無視するべきだろう。ここで戦いに巻き込まれても俺たちにはデメリットしか無い。
「ガムさん、あれは」
抱えていたウズメも現状に気付いたようだ。
「生け贄候補の一人と護衛だろう。襲われているようだ」
ウズメがハッとした様子で俺を見る。
「ガムさん、たすけることはできませんか?」
俺は首を横に振る。
「その言葉の意味、分かっているのか?」
連中はウズメのライバルだ。ここで無視すればそれだけ俺たちは有利になる。
「わかっています」
ウズメが小さく頷く。
「あちらにも護衛はいる。そのための護衛だろう? 連中の仕事を奪うつもりか?」
「それもわかっています。むりですか?」
ウズメは意志の強さを感じさせる輝く瞳で俺を見る。見ている。
ここで俺が無理だと言えば、ウズメも諦めるだろう。出会ったばかりの短い付き合いだが、それくらいは分かる。
だが、
『無理、か』
『ふふん、馬鹿にしてるでしょ』
『そうだな。この程度が無理だとは思われたくないな』
俺は大きくため息を吐き、抱えていたウズメを降ろす。
「雇い主の判断だ。従おう。しばらく、ここで待っていろ」
「はい」
ウズメが力強く頷く。
俺は改めて連中を取り囲んでいる四体のダチョウを見る。
さあ、どうする。
こちらは素手だ。筋肉の塊のような足を狙うのは不味いだろう。となれば狙うのは細長く伸びた首か。
背中にパラボラアンテナを生やしたダチョウたちは俺たちに気付いていない。目の前の獲物にご執心だ。
俺は駆け、飛ぶ。ダチョウの背中に飛び乗り、その首に手を回す。そして、そのまま――折る。
パラボラアンテナを背負ったダチョウが、ぐぇっと情けない鳴き声を発して動かなくなる。
まずは一体。
不意を突けば、そこまで強くないようだ。
殺したダチョウを蹴り飛ばし、その背から飛び降りる。
「手助けする。注意を引いてくれ」
俺は護衛たちに呼びかける。こいつらが松明でダチョウの気を引き、その隙に俺が攻撃していけば、すぐに終わるだろう。大きな体と筋肉の塊のような足に威圧されるが、それだけだ。大した敵ではない。
「あなたは……」
うずくまっていた少女が顔を上げ、俺を見る。暗闇の中から突如、俺が現れたことに驚いているのかもしれない。
「雇い主の意向で仕方なく手助けする」
俺の言葉を聞いた少女が、ハッと何かに気付いたように周囲を見回す。そして足元の石ころを拾い、それを投げる。
何をしている? 何をした?
ダチョウたちが背中のパラボラアンテナをくるくると回し、石が転がった方を見る。
その方向には――ウズメが居る。
『まさか』
不味い。
ダチョウたちは、苦手な炎を持った連中よりもウズメの方が相手にしやすいと考えたようだ。
ダチョウたちが動く。
「ウズメ、ごめんね」
少女はそれだけ言うと逃げるように駆け出した。松明を持った護衛たちも慌てて少女を追いかける。
逃げた、だと。
俺は逃げだした連中を見て、一瞬だけ迷う。
追うか?
いや、違う。迷っていては間に合わなくなる。
俺はすぐにウズメの方へと走る。
そして、ウズメを蹴り飛ばそうとしていたダチョウの足を両手を交差して受け止める。重い。だが、耐える。そのまま振り払い、ウズメを抱えて転がるように逃げる。ダチョウたちが先ほどまで俺とウズメが居た場所に鋭い蹴りを放っている。ウズメが喰らったらひとたまりも無いだろう。
やるしかない。
残った三体は倒す。
『あらあら、良かったの?』
『自業自得だ』
『ふふん、それは誰に対して?』
『言い直そう。連中の自業自得だ』
俺が責任を持てるのは雇い主のウズメまでだ。
俺はウズメを助け起こし背負う。
「しっかり掴まっていろ」
「は、はい」




