231 神のせんたく16――『鬼ごっこの開始だな』
『結構な数が無効票になっているようだが、以前もそうだったのか?』
俺は分かっていることをあえてセラフに聞いてみる。
『ふふん』
セラフは笑っているだけで答えない。
『セラフ、お前が関与しているのか?』
だから、もう一歩、踏み込んで聞く。
『……一部だけだから』
なるほど。
実際にどの程度セラフが関与しているのか、セラフ自身が言わないので分からないが、例えば、普段は通しているような汚い字の投票などを、厳しく無効票としていたとしたら?
他の四人の生け贄候補たちの分だけを厳しく選別し、ウズメだけ易しくしていたら? それだけでも俺たちは有利になるだろう。
大きな差ではないが、小さな差でもない。
俺たちが運営の側だから出来ることだろう。
一生懸命頑張っている人が居るのに、卑怯だ、ずるだ、頑張っている人を馬鹿にしている――とは言わない。
確かに、俺たちが有利になるだろう。だが、あくまで有利になるだけだ。圧倒的な差を覆すほどではない。積み重ねてきた相手に、積み重ねがない者が、喰らいつくことが出来るようになる程度だ。
これはスポーツではない。公平さ? 不要だ。
生け贄を選ぶようなふざけたイベントだろう?
これでいい。
俺は改めて護衛の連中を見る。
『あの翁の面の女……』
油断が出来ない相手のようだ。奉納の舞いが中断しないように動いたこともそうだが、俺がボタン電池を使って攻撃したことにも気付いていたようだ。
『まさか気付かれるとはな』
だが、分からないのは、それを烏帽子の人造人間たちに伝えなかったことだ。あの翁の面の女は扇を持った生け贄候補の護衛だろう? 自分たちの陣営が有利になるはずなのに、何故、言わなかった?
余裕のつもりか?
それとも何か思惑があるのか?
『分からないな』
『ふふん、どちらでもいいでしょ』
セラフは気にならないようだ。相手にしていないのかもしれない。
「つぎは八つのかんもんになります。いどうしてください」
烏帽子の女たちに急き立てられる。
すぐに次の会場に向かわないと駄目なようだ。もしかすると色々と予定外なことがあって時間が押しているのかもしれない。
新しい生け贄候補。
護衛同士の喧嘩。
武器の持ち込み。
今回のイベントは予定外のことばかりだろう。
『ふふん。その殆ど、お前が原因でしょ』
『俺は巻き込まれただけさ』
烏帽子の女が四角い箱を取り出し、俺たちに手渡す。
「これは?」
「ちゅうけい用のかめらになります」
「中継?」
「はい、観戦用です」
「俺がカメラマンをやるのか?」
烏帽子の女が首を横に振る。
「みてください」
受け取った四角い箱からプロペラが現れ、ふわふわと浮かぶ。どうやら俺たちを撮影しているようだ。カメラを持って移動しないと駄目なのかと思ったが、どうやら自動でやってくれるようだ。
「候補者がかめらの撮影範囲より外にでることは禁止されています。長時間、候補者の姿がうつっていないばあい、失格になることもあります」
「分かった」
俺は頷きを返す。
「後はあんないにんから話をきいてください」
烏帽子の女と入れ替わりでほっかむりの男が現れる。
「あっしが、八つのかんもんまでのあんないをいたします」
「そうか」
現れたほっかむりの男は頭を掻きながらへらへらと笑っている。
『案内人?』
『ふふん、そうね。ここから先は禁足地として立ち入りを禁止してたから、案内する人が必要なんでしょ』
『人造人間じゃないのか』
『そんなことに貴重な領域を割けないでしょ』
なるほどな。
しかし、人か。
「へぇへぇ、あっしはツチダといいまして……」
案内人はのんきに自己紹介を行っている。
『こいつは必要なのか?』
『いらないでしょ。なんで要ると思ったの? 馬鹿なの?』
どうやら案内人と一緒に行動する必要はないようだ。
「それとこちらが次の八つのかんもんまでの地図になりやして、これを見て、あっしがあんないしゃーす。つぎは山の奥ですから、ちーっと大変ですが、あっしにたーんっとまかせてください」
ほっかむりの男がひらひらと地図を振っている。ここから先は禁足地らしい。ほっかむりの男も、この禁足地を実際に知っている訳では無いのだろう。
地図任せ、か。
「つぎの八つのかんもんは、はやい者がちで挑めます。まかせてください。あっしがしっかりとあんないしますから。これまで……」
ほっかむりの男は得意気な様子でべらべらと喋り続けている。
次の八つの関門とやらは、山の奥の方で行われるようだ。
『ふふん。これでどうかしら』
右目にこの周辺の地図が現れる。
『目的地はそこか』
ここから結構な距離がある。早い者勝ちで挑むというのなら、急いで移動した方が良いだろう。
『クルマの使用は?』
『ふふん、馬鹿なの? あれは武器でしょ』
『武器の持ち込みは禁止か』
『ええ。持ち込みは禁止ね』
『俺が持ち込むのは駄目か』
クルマを移動に使うのは難しいようだ。
仕方ない。
「ウズメ、大丈夫か。急ぐぞ」
「のやまを駆け回るのはとくいでした。だいじょうぶです。あの、でも、おはなしがまだ続いているようです」
ウズメは俺とほっかむりの男の間で視線を彷徨わせている。
俺はウズメの格好を見る。奉納の舞いで舞った時の格好のままだ。山歩きに向いた格好ではない。
『この格好のまま移動、か』
他の生け贄候補者たちも同じ条件だろうが、ウズメの年齢的な体力の差もあるだろう。少し気を付けた方がいいかもしれない。
「きゃ」
俺はウズメを抱きかかえる。
「このまま行くぞ」
「あの、あの、これではガムさんが疲れてしまいます」
俺は首を横に振る。
「気にするな」
『気にするでしょ』
『これくらいの重さ、ハンデにもならないだろう』
『はいはい』
セラフは呆れているようだが、これくらいは余裕だ。
「あっしの話を、なにをして、まだ説明のとちゅうで、あっしの話はまだ、これから……」
「不要だ」
俺は駆け出す。
「待ってくだせえ」
ほっかむりの男が慌てて俺を追いかける。
俺はそれを無視してウズメを抱えたまま走る。
俺の右目には目的地までのルートが赤い線として表示されている。わざわざ不確かな案内を受ける必要は無い。
すでにほっかむりの男の姿は見えなくなっている。随分と無駄な足止めを喰らってしまった。
「すごい。まるで道をしっているみたいです」
「また舌を噛むぞ」
俺は少しだけ後ろを振り返る。
『カメラは……問題無いようだ』
ふよふよと浮いていたカメラはしっかりとこちらを追いかけて来ている。カメラのこちらを追いかける速度はなかなか優れたもののようだ。これなら安心して移動が出来る。
俺は改めて薄暗い山道を見る。
他の候補者たちの姿は見えない。どうやら、ほっかむりの男に足止めを喰らっている間に随分と先行されてしまっているようだ。
……。
月明かりの中、走って追いかける、か。
まるで鬼ごっこだ。
『鬼ごっこの開始だな』
俺が鬼だ。
さあ、逃げ切れるかな。
土曜の更新はお休みになります。
次回の更新は2021年7月27日(火)の予定になります。




