023 プロローグ20
俺の中に何かが入り込んでくる。
「あが、何が……」
目の前の球体から俺の右目に何かが繋がっている。
『第一リンク完了。ねぇ、どんな気持ち? ほんと、ただの素体がさー』
右目から何かが広がる。
「何を、何をして……いる」
『お前を私の体として造り替えているんだよ』
今も右目に繋がった球体を通じて何かが入り込んできている。
「俺は、俺は……」
『お前の体を構成している小さな目に見えない機械に新しい命令を出してるとこ、わかる? 分かるように言ってあげているんだからさ、分かるよね』
体中の血管が太く浮き出る。コイツが言っているように体が造り替えられているのかもしれない。
しかし、コイツは、何故、こんなにも回りくどいことをしていた? 俺の体の能力テスト? それにしては回りくどすぎる。何か予想外のことがあったのか? それに、だ。俺以外の棺で眠っていたヤツらは何処に消えた? 一人はネズミに食べられたのだろう。いや、もしかするとコイツによるテストの過程で食べられたのかもしれないな。
だが、俺は……。
俺の記憶。
思い出せない。俺の記憶が……偽り?
思い出せないから偽り?
そんなことがあるものか!
俺の体を支配しようとしている何かが体の中を這い回っている。ボコボコと体が膨れ上がり、俺が俺で無くなろうとしている。
拘束されている腕に力を入れる。
意識があるうちに、何としても……ッ!
「あががああぁぁぁぁぁッ!」
『みっともない叫び声。アマルガムなんて複合遺伝子の実験体だもんね。構造ナノマシーンが螺旋構造を変えることくらいしか出来ないつまらない素体だし、ほんと他の素体の方が良かったのに』
腕を腕を動かせ!
ははは、あの棺で目覚めた時と同じだな。
小さな隙間から、小さな動きから、大きな力を呼び出す。
爆発力だ。
『しかもエラー個体だもん。はずれ、本当にはずれ!』
頭に声が響き続ける。コイツは何故か喋り続けている。
俺の心を折るため……か?
だがッ!
腕が砕けようがボロボロになろうが、構わないッ!
『ふふふん、私が新しく世界を支配する。マザーノルンに代わる新世界を創造する。言うなれば私は世界に新しい運命を告げる天の使い』
自分に酔っているかのような楽しそうな声が脳内に響く。頭が割れそうだ。
だが、だが、だが、だがッ!
ここでッ!
腕の拘束具を引きちぎるッ!
限界を超えた力を出した代償か腕の筋肉が弾け、血が噴き出す。だが、構わない。
無理矢理、腕の拘束具を引き剥がす。
『え?』
驚きの声。人工知能とは思えない感情の豊かさだ。だが、それが何だ。
右手を伸ばす。
目の前にある球体にボロボロの右腕を突っ込む。届く。
届いたッ!
まるで右腕が伸びたかのように目の前の球体を貫く。
そう――貫く。
『な……ん、で?』
球体から火花が飛び散る。
頭に響く声が小さくなっていく。
右腕を引き抜く。右腕の肉は裂け骨が見えている。手首から先は無くなっているのか、血に塗れ動かすことが出来ない。
真っ白な世界に色が戻っていく。周囲を覆っていた白い光が消え、その姿を現す。
無数の機械。剥き出しの基板や計測器。沢山の管。その中心にあるのは穴が開き、火花を飛ばしている球体だ。
球体が壊れたからか、首と胴体、腕と足を拘束していた金具が外れる。光で見えなかったが、普通に金属の金具で拘束されていたのか……。
自由になった左腕で少しでも出血を止めるよう右腕を押さえる。
右目は……普通に見えている。自分の目からあの端末で作られた水晶の瞳に変わったはずなのに違和感なく見えている。
いや、それよりも、だ。
右腕を押さえながら周囲を見回す。
あった。
部屋の隅の方に透明な扉のくっついた大きな球体が転がっていた。
これが脱出用のポッドなのだろう。
透明な扉から中が見える。狭いながら座席のようなものがあるようだ。
これに関しては嘘を言っていなかった訳だ。俺の体を乗っ取った後にこの島から脱出するつもりだったのだろうから、あって当然か。
右腕を押さえ、自分でも情けなくなるようなヨロヨロとした弱々しい歩みで脱出用のポッドに近寄る。
俺が近寄るとポッドの扉が自動的に開き始めた。
倒れ込むように座席に座る。俺が中に入ったからか、透明な扉が閉じていく。全て自動でやってくれるようだ。
ふぅ。
大きく息を吐き出す。
酷い目に遭った。
この施設で眠っていた人工知能、俺たち素体。何を目的としていたのか分からないが、ろくなものではないだろう。
だが、これで脱出だ。
ふと座席の横を見ると小さな箱が置かれていた。
中には白い病人服、それに包帯や錠剤、精製水などが入っていた。この脱出ポッドに備え付けられた医療キットだろうか。
よく分からない錠剤を精製水で飲み込み、右腕に包帯を巻く。
あれ?
手首から先が無くなるほどの――骨が見えるほどの怪我だったはずの右腕に肉がついている。不思議に思い見ていると、ゆっくりとだが、もこもこと肉が再生していた。まるでゆっくりと逆再生をしているかのように傷が治っている。時間はかかるだろうが、これなら元に戻りそうだ。
先ほど飲み込んだ錠剤の影響だろうか? それとも俺の体を造っているナノマシーンとやらが治しているのだろうか。
わからない。
分からないが、右腕は失わずに済みそうだ。
座席にもたれかかったまま目を閉じる。
疲れた。
本当に死ぬほど疲れた。
脱出用のポッドが激しく揺れ、体に荷重がかかる。ポッドが動き始めたようだ。
何処に飛び、何処に落ちるのだろうか。
出来れば俺の知っているところに落ちて欲しいな。俺は、そんなことを考えながら、ゆっくりと意識を手放す。
2021年12月18日誤字修正
マザーノルンに変わる → マザーノルンに代わる




