230 神のせんたく15――『全部で226票のはずだろう?』
観客席と舞台を仕切っていた緞帳が上がり始める。どうやら始まるようだ。
『ん?』
視線を感じ、そちらを見てみれば、扇を持った生け贄候補の少女が俺の方を睨むような目で見ていた。
『恨まれるようなことをした……覚えしかないな』
『ふふん』
幕が上がる。
篝火に照らされた観客席には、この集落の住民がぎゅうぎゅうに密となって集まっていた。期待に満ちた目でこちらを見ている。
そして静かに演奏が始まる。楽譜もなければ指揮者もいない。だが、そんな状況にも関わらず、統一された――まるでそれ自体が一つの生き物であるかのような演奏が行われている。
『まさに一糸乱れず、だな。さすがは人造人間、こういうことは得意か』
『あらあら、機械だから出来て当然と言いたそうね』
『違うのか』
『ふふん、確かに決められた命令通りに動くのは得意ね。でもね、エラーを出さない、多くの人形を同時に動かす、その他色々と領域を使う作業は負荷がかかって大変だから。限られた領域でいかに効率よく行うか、それが重要になってくるんだから』
セラフが珍しくここの端末のことを擁護している。何か思うところがあるのかもしれない。
『そうか』
『そうよ。ふふん、あまり分かっていないようね。お前のようなお馬鹿にも分かるように説明するから』
『そ、そうか』
『お前にも分かるように例えると……大きな机では簡単な作業も小さな作業机では効率よく行わないと大変でしょ?』
分かったような、分からないような、そんな例えだ。
『そういうものか』
『そういうものだから』
まぁ、なんとなく、人工知能だから、人形だから――機械だから出来て当然というものでもない、ということは分かった。
と、そこで、曲を区切るように鈴がしゃらんと鳴る。
生け贄候補たちの舞いが始まる。護衛の連中も手に持った楽器で演奏を始める。護衛の演奏は決して上手いとは言えないが、その場の和を乱さない程度にはしっかりとしたものだった。護衛の連中は護衛の連中でかなり練習をしたのだろう。
『これは何も知らないぽっと出が混じるのは無理か』
『あらあら、田舎から都会に出てきた若者の気分なの?』
『そうだな』
俺は静かにカスタネットのようなものを叩く。
たんたんたたたーん。
俺は、和を乱さず、陰で支えることに徹した音を響かせる。
ウズメも俺の音に合わせ静かに舞い始める。教えたことは出来ている。
だが、所詮付け焼き刃だ。この時、このために練習をしてきた他の生け贄候補よりも優れたものではない。どれだけ才能があろうが、どれだけ素質があろうが、積み重ねてきたものが無ければ優ることは出来ない。
ウズメが舞う。その度に大きな羽衣が揺れ、動き、ウズメを隠す。それは舞いにメリハリとキレを与えてくれる。練習不足を誤魔化すための策の一つだ。
ウズメが舞いの途中でミスをしそうになったところでは、俺があえて大きな音を出し、こちらに注目させて誤魔化す。
満点の動きは出来なくても平均以上に押し上げることは出来る。余程、突出した才能を持った候補者が居るようなことがなければ、これで大丈夫だろう。生け贄は、この奉納の舞いだけで決まらない。他に突き放されない程度の、そこそこの点が取れていればいい。
他の生け贄候補者たちを見る。若干の優劣はあるが、どの候補者も練習通りという感じの、お手本のような舞いだった。
本番で練習通りのことが出来ているのは、それだけ積み重ねがあるからだろう。
『……ん?』
『ふふん』
『セラフ、ここでは武器の持ち込みが禁止だったよな?』
『ふふん、そうね』
俺は護衛の一人、胡弓を演奏している手の長い男を見る。弓を持った方の手に、隠すように鋭く尖った棒が握られていた。棒手裏剣だろう。
『暗器か』
手長の男が狙っているのは誰だ。いや、誰が狙いだろうと邪魔はさせない。
俺はカスタネットのようなものを大げさな身振りで叩き、その動作の途中で懐からボタン電池を取り出す。そのボタン電池を親指で弾き、飛ばす。
「ぎゃっ!」
長い手の男の悲鳴。命中だ。長い手の男が棒手裏剣を落とし、ボタン電池の当たった手を押さえる。
ぽんぽぽぽん。
鼓の音が響く。
翁の面の女が手に持った鼓を力強く叩いている。その鼓の力強い音によって長い手の男の悲鳴がかき消されている。
何事もなかったように奉納の舞いが続く。
そして、舞いが終わり、生け贄候補たちが頭を下げる中、緞帳が下りていく。
「それではとうひょうをお願いします」
観客席側では司会のそんな声が聞こえていた。
そして、緞帳の裏――こちら側では、棒手裏剣を持っていた長い手の男が烏帽子をかぶった女たちに取り押さえられていた。
「ぶきの持ち込みはきんしされている」
「ごかいだ」
「つれていけ」
「おれを攻撃したやつがいる。ほら、このてを見てくれ。そいつも……」
烏帽子の女が舞台に落ちていたボタン電池に気付き、拾う。
「おひねりでも飛んできたのだろう。やまたさまは全て見ておられるということだ」
「そんな……」
力なく崩れ落ちた手の長い男を烏帽子の女たちが連行していく。
これであの男は、もう護衛として立つことは出来ないだろう。これでまた一人、護衛が減った。
そんなやり取りの後、再び幕が上がる。
舞台には生け贄候補の巫女たちが並んでいる。
投票結果が出たのだろう。
「ミセン、40点」
扇を持った少女が優雅にお辞儀する。
「サンコ、33点」
扇を持った女の横に並んだ少女がお辞儀する。
「カラスガ、25点」
発表が続く。
『ん?』
と、そこで俺は気付く。票数が少ない? 今の段階で98票だ。
『全部で226票のはずだろう?』
『ふふん。そうね』
セラフはどうでも良いという感じに笑っている。誰かが票を大きく集めているのか?
「ヤハスガ、22点」
これで120票。残りは106票――まさか。
残ったのはウズメだけだ。
……。
そして発表される。
「ウズメ、19点」
ウズメが大きな笑顔でお辞儀をする。
……。
だよな。
まぁ、妥当な点数だろう。悪くない。何も知らない状況から二十分ほどの練習だけで、これだけの点を取り、喰らいついたのだから、出だしとしてはまずまずだ。
だが、これでも139票にしかならない。どういうことだ?
「無効票、87」
最後の発表に俺は思わず転けそうになる。
はは、そうか、そういうこともあるか。




