229 神のせんたく14――『知らないのか。武は舞に通じる』
「じかんです。準備はおわっていますか?」
ここまで案内したのと同じ薄い顔の女が現れる。どうやら奉納の舞いの開始時間になったようだ。
……。
俺はウズメを見る。ウズメも俺のことを見ている。お互いに頷きあう。
やるだけのことはやった。一夜漬け未満の代物だが、ウズメは俺の期待以上に頑張ってくれた。後はウズメの才能を信じるだけだ。
控え室から舞台袖に案内される。そこには、すでに四人の生け贄候補と九人の護衛が待っていた。
「あら、ほうのうのまいを知らないあなたが逃げださずにくるなんて」
こちらに気付いた扇を持った生け贄候補の一人がさっそく絡んでくる。
「わたしはにげません」
ウズメの瞳は強い決意に輝いている。
護衛たちはこちらを馬鹿にするように、ぶろろとこもるような声で笑っていた。
俺は改めて護衛たちを見る。
腰を曲げ、それでも二メートル以上はありそうなひょろっとした男。
武芸の達人のような雰囲気を漂わす老人。
本気で護衛をするつもりがあるのか、元の顔が分からないほど白粉を塗りたくったポニーテールの化粧女。
翁の面をつけた女。
長い手を、それこそ足よりも長い手を持った男。
彫りの深い顔を持ち、日に焼けた肌の男。
眼鏡をかけた優男。
冴えない中年の男。
髪が薄くなり始めている、ねちゃっとした嫌な笑みを張り付かせた男。
わざと色物ばかり集めたとしか思えないような――随分と個性的な連中だ。生け贄候補の巫女たちよりも目立っているかもしれない。
「ウズメ、わたしたちのうしろに隠れて、まねをしていれば大丈夫だから」
「めだたなければ大丈夫だよ」
生け贄候補たちの話は弾んでいるようだ。
俺はもう一度個性的な護衛たちを見る。その手には、横笛、縦笛、鼓、琵琶に胡弓、手持ちサイズの琴など様々な楽器があった。
楽器?
「これをどうぞ」
ここまで案内した顔の薄い女から貝殻を重ね合わせたような代物を受け取る。
俺は手元のそれと護衛たちの楽器を見比べる。
楽器?
まさか、これはカスタネット的な代物なのだろうか。
『俺に、やれと』
『ふふん、叩くだけならお前でも出来るでしょ』
『有り難すぎる配慮だよ』
俺は小さくため息を吐く。
「……はじをかいてもよろしいの?」
「むりをせず、うしろに隠れて」
「それがいい」
「ううん、だいじょうぶです」
四人の生け贄候補たちの言葉にウズメは首を横に振っていた。あちらはあちらで上手くやっているようだ。
『なぁ、セラフ』
『あらあら、なにかしら』
俺はカスタネットをぽんぽんと叩いて音を確かめる。
『ここの住人は、少し言葉のイントネーションがおかしくないだろうか? よく言えば柔らかい感じだが、悪くいえば間延びしている感じだろう?』
『ふふん、ここは実験のために閉じられた場所だから、言葉が変質したんでしょ。つまり方言よ』
『そうか、方言か。規則性は――』
『無いから。ふふん、意味が通じたら良いとしか思ってないんでしょ。言葉を軽視するとか、ここの端末は何を考えているのかしら』
『その変化を含めて実験していた可能性は?』
俺の言葉にセラフは大きく笑う。
『無い無い。ふふん、ここの端末と人形が無能だっただけ。端末の領域が足りず、反応が遅れていたことを、片言や間延びした言葉になっていたのを、住人が真似しただけだから』
セラフは笑っている。
……。
ここのマスターの処理能力が足りず、おかしな言葉になっていた? 規則性がないのも、ここのマスターの処理能力の関係で、負荷がかかった時に言語がおかしくなっていたからなのだろう。常に同じ時に負荷がかかるとは限らないだろうからな。
……だが、それは、それが引き継がれ、住人に伝播するほどの年月が経っているということだろう? ここで、どれだけ多くの巫女が生け贄として捧げられてきたのか、という話だ。
『ふふん、知りたいの?』
『いや、いい。聞いても胸くそ悪くなるだけだろう?』
俺たちは緞帳の下りた舞台へと進み、並ぶ。
メインである生け贄候補たちが横一列に並ぶ。楽器を持った護衛の俺たちはその後ろだ。そのさらに後ろには、無駄に整った容姿の烏帽子をかぶった女たちが様々な楽器を持って並んでいる。
ここの端末の人形――人造人間たちだろう。
さすがに護衛たちだけで演奏する訳では無いようだ。
『楽譜でも欲しいところだな』
『ふふん、隠れて叩いた振りでもしていればいいのに、目立ちたいの? 目立ちたいの?』
俺は肩を竦める。
『護衛として少しは役に立とうと思ってだ』
『ふふん』
俺の右目に楽譜が表示される。
筋肉野郎相手に大立ち回りをした。俺がウズメの護衛だということは、ここの住人は理解しただろう。俺が上手くやれば、それだけウズメの助けになるはずだ。
『それでお前は楽器の演奏が出来るの? お話にならなかったらお馬鹿なお前を笑ってやるから』
『知らないのか。武は舞に通じる』
音楽は格闘の役に立つ。リズム感は大事だ。
これでも一通り楽器はやっている――はずだ。俺の中に眠っている記憶が囁いている。
俺なら出来る、と。




