226 神のせんたく11――「遊びで言っているように見えるか?」
「ウズメ、とつぜん何をいいだすの?」
「そうです、あなたにはまだはやいことですよ」
四人の少女の内、二人がウズメを挟み、心配するような声で話しかけていた。
「わたしはきめました。きめたんです」
ウズメは巫女服の二人を振り払い前に出る。
『それで、せれくしょんとやらは何をするものなんだ?』
せれくしょんが生け贄を選び出すことだとは聞いたが、実際に何をするか聞いていなかった。この地の領域を手に入れて情報を入手したセラフなら答えられるはずだ。
『ふふん。そうね。様々な試練を乗り越えて、歌と踊りの点数を競うイベントってとこ』
『様々な試練、ね』
俺はドラゴンベインの中で一人肩を竦める。
「ウズメさん、守人もなしにどうするつもりかしら?」
「あなたの守人だったククルさんはいないんですよ」
残った方の二人が扇を口に当て、おほほと笑いながらそんなことを言っている。ウズメが小学生くらいだとしたら、この四人の少女たちは中学生くらいだろうか。それに対して、四人の少女を守るように立っている十人の護衛たちの年齢は様々だ。若い方で二十歳くらいだろうか。三、四十くらいの年齢の護衛や、まるで護衛のまとめ役のような貫禄ある老人も居る。
……四人の少女に対して十人の護衛。どうやら巫女一人に対して、付く護衛の数は決まっていないようだ。
『せれくしょんとやらは分かったが、夜に行っている理由は? お祭りだからなのか? 本当に花火を上げる訳でも無いだろう?』
『ふふん。夜明けまでがタイムリミットの儀式的なイベントだから……それもあるようね。他にも理由を挙げれば、夜の闇で人々の正常な思考能力を鈍らせるとか、まぁ、色々あるようよ』
『よく分かった。よく分からないことがよく分かったよ』
どうやらどうでもよい理由で夜に行われるようだ。
俺はもう一度肩を竦める。
「わたしは一人でもやりとげます」
ウズメの決意は変わらないようだ。
やれやれ仕方ない。
『セラフ、この四人の巫女の誰かに俺を護衛として入り込ませるつもりだったんだろう?』
『ふふん、そうね』
すでに護衛の居る場所より、居ないところの方が、自由に行動が出来て信頼もされるだろう。
俺はドラゴンベインのハッチを開け、外に出る。
「ウズメの、その守人とやらは俺がやる」
俺はそう告げると、ドラゴンベインから飛び降り、四人の巫女の前に――ウズメの横に立つ。
四人の巫女と護衛たちが驚いた顔で俺を見ている。いや、一番、驚いた顔をしているのは俺の横にいるウズメかもしれない。
「ここは子どもの遊び場ではない。たちされ」
驚き固まっていた護衛の一人が、ハッと立ち直り、そんなことを言い出す。
やれやれだ。
「あ、あなたがガムさん?」
ウズメは驚いた顔で俺を見ている。
「ああ、ここは任せてくれ」
俺はウズメに頷きを返し、四人の巫女と十人の護衛たちへと向き直る。
「遊びで言っているように見えるか?」
俺は挑発するように肩を竦める。
「その自信、あのおもちゃが理由か。だが、このせれくしょんに武器のもちこみは禁止だ」
先ほど俺を子ども呼ばわりした護衛の一人が俺の方を向き、目だけで人が殺せそうな眼力で睨んでいる。
年齢は二十歳くらいだろうか。盛り上がった筋肉が、緩やかで余裕のあるつくりの狩衣をパンパンに膨らませている。
『武器の持ち込み禁止……そうなのか?』
『ふふん、そうね。でも、それはお前の得意分野でしょ』
俺は唇の端を持ち上げ、笑う。
『ああ、得意だ』
『ふふん』
セラフは楽しそうに笑っている。
「ウズメには守人が一人もいないんだろう? 俺が立候補しても構わないだろう?」
俺の言葉を聞いたウズメが感動したような顔でこちらを見る。だが、すぐに首を横に振る。
「ガムさん、でも、きけんが……」
「まぁ、任せてくれ。さあ、どうなんだ?」
俺はもう一度、四人の巫女と十人の護衛たちを見る。せれくしょんの開催まで残された時間はあまりないはずだ。
俺のことに構っている暇は無いだろう? 許可してしまえ。
「守長、自分がこの子どもにわからせます」
先ほどから俺を睨んでいた二十歳くらいの筋肉がゆっくりと前に出る。
「そうか。どうやって分からせてくれるんだ?」
「叩きのめしてだ」
目の前の筋肉野郎がこれ見よがしにポキポキと関節を鳴らしている。
「そんな時間はあるのか?」
「あんしんしろ。すぐにおわる。守長、かまいませぬな?」
筋肉野郎の言葉に老人の護衛が頷く。
すぐ終わる、か。
「せれくしょんの前に護衛が一人減ることになるが、構わないのか?」
俺の言葉を聞いた筋肉野郎が大きく笑う。
「子ども、お前はみやこのクロウズとやらだろう。かっこうだけは一人前の守人だが、すがたを真似したところで、スモーを知らぬお前にできることはない。そのずいぶんとたっしゃな口を閉ざしてくれよう」
筋肉野郎が身を屈め、突進するようにこちらへと迫る。意外と機敏だ。
俺よりも大きな体格が上から掴みかかってくる。身を屈めていても俺よりも巨体、か。
俺は上から迫る筋肉野郎の手を弾き、その顔面に拳を叩き込む。
「きかぬ」
筋肉野郎は俺の拳をものともせず、そのまま上から覆い被さるように手を伸ばし、俺の服を掴む。
筋肉野郎の足が俺の足と足の間に入り込み、そのまま俺の体を持ち上げる。
俺の体が浮く。
投げられる。
筋肉野郎は俺を顔面から地面に叩きつけるつもりのようだ。
「そうか、打撃は効かないか」
俺は体が浮いた状態で背筋に力を入れ、身を逆に反らし、足で筋肉野郎の顔を挟む。ヤツが投げようとした力をそのまま足で挟み込んだ首へと伝え、締める。だが、筋肉野郎はお構いなしにそのまま俺を投げようとする。
迫る地面。
俺は両手を地面につけ、腕を曲げ、衝撃を殺す。そのまま身を捻り、筋肉野郎の体を倒し、寝技へと持ち込む。
打撃が効かないなら、締め上げてやろう。
筋肉野郎が俺を引き剥がそうと、こちらに手を伸ばす。俺はその迫る手を――その親指を掴み、折る。
簡単に折れたな。
指は鍛えてなかったようだ。
筋肉野郎が指を折られた痛みに思わず悲鳴を上げるように口を開く。俺はその力の抜けた一瞬で首を締め上げる。
筋肉野郎が白目を剥き、泡を吹いて痙攣する。
俺は締め上げていた足を外し、砂埃を払いながら立ち上がる。
「他にも文句がある奴は言え」
いくらでも相手をしてやるさ。
だが、俺の言葉に反応はなかった。
九人になった護衛たちは、ぽかんと間抜けに口を開き、転がっている筋肉野郎と俺を見ていた。
2021年12月19日修正
身を逆に逸らし → 身を逆に反らし
いくらでも相手をしやるさ → いくらでも相手をしてやるさ




