225 神のせんたく10――『もちろんこのまま進むさ。戦車を舐めるなよ』
「それで、せれくしょんとやらを目指している理由は名誉のためか?」
俺はドラゴンベインを走らせながら少女に話しかける。
「たしかにえらばれると名誉、それに残されたかぞくの生活がほしょうされます。でも、ちがいます。わたしがめざ……」
「おっと、こちらから話を振ってすぐで悪いがお出ましのようだ」
ドラゴンベインに搭載されたレーダーが、こちらへと迫る存在を捉え、モニターに映し出す。
それは背中にパラボラアンテナを生やしたダチョウだった。衝突する勢いでこちらに駆けてきたパラボラアンテナダチョウが飛び上がり、その勢いのまま鋭い蹴りを放つ。
「きゃ」
少女が小さく悲鳴を上げる。
「振り落とされないようにしっかり掴まっていろ」
ドラゴンベインのシールドがダチョウの飛び蹴りを跳ね返す。
『またビーストか。Hi-FREEZERで……』
俺は反撃を加えようとして、その手を止める。ここでHi-FREEZERを使うのは不味い。いくらシールド内だとしても放たれた冷気が外にいるウズメを殺してしまうかもしれない。
俺はドラゴンベインを全力で後退させ、備え付けられたミサイルポッドを動かす。ポッドから次々と放たれるミサイルたち。だが、その一撃一撃をダチョウがくるくるとパラボラアンテナを回し、飛び跳ねるように回避していく。
飛び交うミサイルの着弾により爆風が巻き起こる。だが、どのミサイルも命中していないだろう。
「耳を押さえて衝撃に備えろ」
俺は砲塔を動かす。
視界を隠す爆風の中を狙う。
爆音とともにマズルブレーキが前後し、砲塔から煙をたなびかせる。そして、その一撃は爆風を貫け、散らし、こちらに襲いかかろうとしていたダチョウを撃ち砕く。
『はぁ? どうやって狙ったの?』
『勘だ』
こう動くであろうという勘。あのダチョウは、ミサイルをどう避けるのか。その後、どう動くのか。それを予想し、それがたまたま当たったに過ぎない。
『はぁ? 避けた先を予測? あれの避け方なんて三十六パターンはあるのに? その中で確率の高いものは――だとしても、その通りになるとは限らないでしょ。実際、あれの動きは予想出来る中で三番目に高い確率のものだったけど、いえ、でも、私なら一番確率の高いパターンを選択する。そのための予測と確率計算でしょ。確率は裏切らない……はずなのに、なんなの』
セラフはブツブツと呟いている。
勘だって経験からくる予測だろう。ただ単純にセラフの経験が足りず、予測が間違っていただけだろう。
「みみが、みみがいたいです」
耳を押さえ、目を回している少女を落とさないように気を付け、ドラゴンベインを走らせる。
急がないとせれくしょんとやらには間に合わない……はずだ。
『それにしても俺がこの山に向かって、その日にちょうどせれくしょんなんていうイベントが起こる? あまりにもタイミングが良すぎるだろう。セラフ、まさか狙っていたのか?』
『ふふん、私を疑うとか』
あまりのタイミングの良さにセラフを疑いたくなるが、この山に向かうと決めたのは俺自身だ。言っておいて何だが、セラフは関与していないだろう。
では、本当に偶然か?
……俺は誰の話で山に向かうことを決めた?
ユメジロウじいさんか。可能性はある。
もしかするとユメジロウじいさんにまんまと乗せられたのかもしれない。
だが、ユメジロウじいさんにどんな思惑があったのか分からないが、この地を支配していたノルンの娘の領域を手に入れ、これからパンドラも手に入る――と考えれば悪くは無いだろう。
そして、明かりを灯した灯籠と階段が見えてくる。
どうやら、この階段の先にあるのがせれくしょんとやらの会場のようだ。先に拝殿があるのは分かるが、その奥に階段? この先に本殿でもあるのだろうか。
『しかし階段か』
『ふふん、どうするつもり?』
『もちろんこのまま進むさ。戦車を舐めるなよ』
ドラゴンベインを走らせる。
「あの、あの、だんさです。階段があります」
「口を閉じて舌を噛まないように気を付けろ」
履帯が階段に乗り上げる。
そのまま段差を乗り越えるように階段を上っていく。
「ひ、ふ、ほ、おち、おちそうで、ひ、いだ」
少女は舌を噛んだようだ。口を閉じて舌を噛まないようにという俺の忠告は無駄になってしまった。
階段を上りきると、そこには集落の入り口にあったものよりは小ぶりな鳥居と、そして、そこに並ぶ村人たちの姿があった。村人たちは松明を手に持ち、驚いた顔でこちらを見ている。
大分注目を集めてしまっているようだ。
道の端に松明を持って並んでいる村人たち。その驚いている村人たちを無視して俺はドラゴンベインを走らせる。
この道の奥にあるのが本殿だろう。
本殿の前まで進み、ドラゴンベインを止める。
本殿の前には四人の巫女服の少女と、その少女たちを守るように立つ狩衣姿の男女があった。
「間に合ったのか?」
俺は少女に問いかける。
「はい、まにあいました。ありがとうございます」
少女がハッチ横の握りを掴んでいた手を離し、よいしょよいしょとドラゴンベインから降りる。
巫女服の四人の少女たちは突然現れた戦車に驚き、間抜けな顔を晒している。
そして、ハッと気付き少女へと駆け寄る。
「ウズメ、どうしてここに……」
「どうやって、あそこから」
巫女服の少女たちが少女に話しかけている。
「ねえさま、わたしもせれくしょんにいどみます」
少女――ウズメはそれだけ言うと、決意を秘めた輝く瞳で巫女服の少女たちを見ていた。




