224 神のせんたく09――『盛大な花火を上げればよいのか?』
『それで今から向かうべきなのか?』
『ふふん、当然でしょ』
俺は肩を竦め、眼鏡の巫女の方を見る。眼鏡の巫女は俺の存在なんて無いかのように自分の作業に没頭している。
俺は小さく一つため息を吐き、外に出る。
『こんなにも周囲が暗くなってから行動する必要があるのか?』
『あらあら、お祭りは夜に行うべきでしょ』
俺はもう一度肩を竦める。
『盛大な花火を上げればよいのか?』
『ふふん』
俺はセラフの笑い声にため息を返し、ドラゴンベインに乗り込む。ドラゴンベインのモニターには、まるで昼間のように明るい景色が映し出されている。これなら夜の運転でも困ることはないだろう。
俺は泊まる場所を見つけてゆっくり眠りたかったのだが、これはもう諦めるしかないのだろう。
セラフの示す赤い光点を目指し、舗装されていない砂利道をドラゴンベインで走る。道の横には、この集落の住人の住居らしき建物がいくつか並んでいる。だが、そのどれもが無人のようだ。ここの住人たちは、全員が、そのせれくしょんとやらに参加しているのだろう。
と、その時だった。建物の陰から、小さな影がドラゴンベインの前へ飛び込んでくる。小さな影が両手を広げ、自殺でもするかのようにドラゴンベインの前にその身を晒す。
俺はドラゴンベインを慌てて止める。
それは髪を左右で結った十歳くらいの幼い少女だった。
死にたいのか、と叫びたいところだが、それをグッと我慢する。
『セラフ、気付いていたんだろう? 何のつもりだ?』
『ふふん』
セラフはこちらを馬鹿にするように笑い、答えない。また何か悪巧みでもしているのだろう。
危うくひき殺してしまうところだったが、初の村人だ。何故、一人だけ残っていたのかも含め、何か情報を聞き出せないだろうか。
少女は唇をきゅっと引き締め、こちらを見ている。何も喋らない。
俺は一つ大きなため息を吐き出し、マイクを手に取る。
「何の用だ?」
俺の声に少女が驚き、キョロキョロと周囲を見回し、そして改めてドラゴンベインを見る。
「わ、わたしをせれくしょんに連れて行ってほしいです」
少女が喋る。この少女は、一人だけ、村人たちに置いて行かれたのだろうか。それでドラゴンベインを足として使おうとしているのか。
この分だと聞き出せそうな情報は殆ど無いかもしれない。
「報酬は? このクルマは高いぞ」
どのみちせれくしょんとやらには向かうつもりだ。別に少女一人を乗せても構わないといえば構わない。だが、俺は自分とドラゴンベインを安売りするつもりはない。
「わかっています。報酬は……すべてがおわったあと、わたしの命と、このかんざしをさしあげます」
少女が頷き、頭から金属製のかんざしを外す。
命にかんざし? かんざしは何の変哲も無い、ただの金属製のものにしか見えないが、この時代にどれだけの価値があるのだろうか。
『ふふん、ゴミでしょ』
『やはり、そうか』
『ええ、容れ物に価値はないから。でも中の情報はどうかしら。もしかすると旧時代のデータが手に入るかもしれないから。貰っても損は無いでしょ』
情報?
あのかんざしの中に何らかの情報データが眠っているということか。
……。
報酬は命に情報、か。
「分からないな。そのせれくしょんとやらに行きたいなら、普通に行けばいいだろう?」
せれくしょんとやらの会場までの道は、夜の闇に包まれ足元も見えないような道だ。舗装されていない砂利道は歩くのも一苦労だろう。だが地元の人間なら、迷うことなく、少し困る程度で辿り着けるはずだ。命を賭ける理由が分からない。
「それでは間にあわないからです。それに、向かっているとちゅうでもののけにおそわれたら、わたしでは助からないからです」
もののけ?
ビーストのことだろうか。
どうやらせれくしょんとやらの会場までの道はあまり安全ではないようだ。それともこの集落自体がそうなのだろうか。だから、安全のために全員で固まって移動したのだろうか。
『ふふん、雑魚だからでしょ』
『そうか』
よく分からないが、そういうことらしい。
「分かった。後、二つだけ聞かせてくれ。何故、一人だけここに残っていた? 命を賭ける理由はなんだ?」
「残っていたのは、巫女のねえさまたちにとじ込められていたからです。命をさしだすのは、せれくしょんが終わってしまえば、どちらにしても死んでしまうからです」
……。
『どうやら、この少女は生け贄候補者の一人のようだな』
『ふふん、そうね』
候補者の一人が閉じ込められていた、か。ライバルを減らすための工作ともとれるが、せれくしょんの内容を知ってしまうと、この少女の命を助けるために閉じ込めたとしか思えなくなってしまう。
どうする?
……。
「分かった。乗れ」
「は、はいです」
慌てて返事を返した少女が、うんしょうんしょとドラゴンベインに取り付き、よじ登る。
「適当に掴まってくれ」
少女がハッチ横の握りに掴まる。中に入れるつもりはない。まだ、そこまでこの少女を信じることが出来ないからだ。ドラゴンベインなら悪路でも殆ど揺れないから外でも大丈夫だろう。それに何かの襲撃があったとしてもシールドがあれば問題無い。それでも問題があるようなら、仕方ない。その時は中に入れよう。
「つ、掴まりました」
「揺れないだろうから安心してくれ。急いでせれくしょんとやらの会場に向かう」
「はい。ありがとうございます。あの、わたしはウズメです。よろしくおねがいします」
少女が抱きつくように握りに掴まり、自己紹介をする。
「そうか。俺はガムだ。短い間になるだろうが、よろしく頼む」
俺はドラゴンベインを動かす。




