218 神のせんたく03――『そんなことが可能だったのか』
『それで、このクルマはここに放置するしかないのだろうか?』
『ふふん。最悪、バラして部品取りになら使えるけど?』
セラフが質問に質問で返してくる。『けど』なんだというのだろうか。
『スピードマスターの残したクルマを分解するのはさすがに、な』
『ふふん。そう』
『ああ、そうだろう?』
『ふふん、分かったわ。ここにクルマを放置するのは維持費の関係でも、セキュリティ面でも問題があるから、カスミにレイクタウンまで牽引させておくから』
レイクタウン?
ああ、ゲンじいさんのところか。確かにあそこなら安全だろう。それに場所代がかからないのも良い。
『頼む』
『ふふん。任せなさい』
ここはセラフとカスミに任せよう。
『それで、どうするつもり?』
セラフが聞いてくる。次の行動を俺の判断に委ねるようだ。
『とりあえず、ユメジロウじいさんのところに挨拶に行くさ』
『……分かったわ』
セラフが聞きたいのは今後の方針だろう。それは分かっている。だが、まずはユメジロウじいさんだ。
『それで、ここから出るにはどうしたら良い? 戻ってエレベーターに乗れば良いのか?』
『ふふん。この格納庫の奥に搬出口があるから。そこから外に出れるでしょ』
搬出口、か。ウルフが逃げたのもそこからだろう。
俺は肩を竦め、自分の姿を見る。人狼化した影響とウルフの攻撃で全裸に近い姿になっている。お情けで残った腰蓑のような布の残滓だけが文明人の矜持だろうか。
この姿でオフィスに戻れば、また何を言われるか分かったものではない。
『分かった。そちらにドラゴンベインを回しておいてくれ』
『回す? ええ、ドラゴンベインでお出迎えすればいいのね』
『ああ、お出迎えを頼む』
俺は動くようになった足で歩き、人狼化した時に転がった狙撃銃を拾い、左肩に掛ける。
……。
『ふふん、どうしたのかしら?』
『いや、人狼化しても機械の腕はそのままだったな、と思っただけだ』
『当然でしょ』
そう、当然だ。別に俺も無くなった左腕が再生すると思っていた訳ではない。人狼化する過程で機械の腕が外れて、落ちてしまうのではないだろうかと、それを心配していたのだ。だが、この九頭竜は人狼化してもそのままだった。俺の左腕としか――最初からそうだったとしか思えないほど融合している。
……これで良いのだろう。
俺が外に出ると、そこにはすでにグラスホッパー号に座ったカスミとドラゴンベインの姿があった。クルマの修理は問題なく終わっているようだ。ちゃっかりドラゴンベインの主砲の換装も終わっている。
「ガムさん、後は任せてください」
「ああ、助かる」
俺はカスミに頷き返し、ドラゴンベインのハッチから中へと急いで滑り込む。そのまま買っておいた予備の服に着替える。
『な? 買っておいて良かっただろう?』
『はいはい』
俺はドラゴンベインを走らせる。
ユメジロウじいさんの隠れ家と職場、どちらに向かうべきか迷ったが、とりあえず洗車場へと向かうことにした。
そして洗車場に辿り着く。
『ここか』
『ここでしょ』
戦車がすっぽりと入る大きな四角い洗車機械の横に、今では見慣れた杖をついた眼帯の老人が立っていた。俺が来るのが分かっていたかのような姿だ。
「じいさん、いつ休んでいるんだ?」
俺はドラゴンベインのハッチを開け、そこから飛び降り、眼帯の老人に話しかけた。
「百コイルだぁ!」
眼帯の老人が俺の挨拶を無視して、手に持った杖を振り回す。
「借金の返済が百コイルでいいのか?」
「ひっひっひ、ふざけたことを言うでねぇ」
眼帯の老人がニタリと笑う。
「じいさん、冗談だ」
「物乞いにコイルをたかる奴はお前が初めてだぁよ」
俺は肩を竦める。
「ユメジロウさん、じいさんのお金、助かった」
「ええで、ええで。それくらい、ええ。代わりにちょこちょこと仕事して貰えばええで」
眼帯の老人が目を細めながら笑っている。これは……口では良いと言いながら良いとは思っていない目だ。このじいさんは、この街の影の支配者だ。外見や言動で油断してはいけない。
「それで借りたお金だが……」
『待ちなさい』
俺が返済が難しくなったため、待って欲しいと頼もうとしたところでセラフから待ったがかかる。
『どうした?』
『ふふん。感謝しなさい。なんとかしたから』
なんとかした?
『どういうことだ?』
『オークションで落札された商品。そのコイルの受取手が消えたから、浮いたコイルが出来る――分かるでしょ。その受け取り先を私たちに偽装したから』
ん?
待て待て、それはどういうことだ。
『つまり?』
『クルマの落札額六百五十万コイルとマシンアームの右腕一千万コイル、それの手数料の一割を引いた額を受け取るようにしたから』
六百五十万コイルと一千万コイル? 一割を引いたとしても一千五百万に近い金額が手に入ったのか?
『そんなことが可能だったのか』
『あらあら。私になんとかして貰うつもりだったんでしょ』
セラフの得意気な声が頭の中に響く。
はは、こいつめ。
やってくれる。
「じいさん、利子をつけて一千万コイルを返すよ。確認してくれ」
「ひょ、それは面白い話だで」
じいさんに一千万コイルを返す。それでも、まだ五百万コイルが手元に残る。
ユメジロウじいさんの鋭かった目が柔らかいものに変わる。ここでもお金は正義だったようだ。
『セラフ、カスミ経由でゲンじいさんに百万コイルを返しておいてくれ』
『あらあら、ホント、贅沢な使い方。武装を強化しようとか思わないの? 馬鹿なの?』
『それでも四百万コイル近い金額が残るだろう?』
要は、今回手に入ったお金はあぶく銭のようなものだ。ぱぁっと使う――借金を返すのが良いだろう。
これから大きな借金生活になるだろうと思っていたがセラフのおかげでコックローチの賞金が手に入ったのと同じところまで戻すことが出来た。
このハルカナの街を支配しただけはある。
俺にとっても大きな恩恵となった。
……。
……支配、か。
これで四つ。レイクタウン、ウォーミ、マップヘッド、そしてハルカナ。九つあるオフィスを運営している端末の内、四つが手中となった。
残りは五つ、か。
……まだ五つも残っている。




