216 神のせんたく01――『生身でクルマの相手をするなんて無茶だろう』
光の奔流が迫る。
俺は左腕をかざす。左腕が無数の触手へと分かれ光を受け止める。だが、受け止めきれない。
光の奔流が俺の左腕を飲み込んでいく。
「ガアアアァァァァァ!」
俺は咆哮する。
獣の咆哮。
体に、全身に――力を入れ、爆発させる。服が裂け、肉が盛り上がる。俺の体が黒い体毛に覆われていく。
狼の、人狼と化す力――俺の力。
左腕を、暴れ狂う暴力的な力と共に光の奔流ごと振り払う。
俺の中に強い衝動が、破壊衝動が生まれる。
目の前のものを――敵を壊せ。
喰らえ。
抑えろ。
破壊しろ。
落ち着け。
喰らい尽くせ。
「グ、ガアアアアアアァァァァァァ!!!」
嵐のように生まれ暴れる衝動を意思の力で抑えこむ。
倒す、倒せ。
衝動のままに戦って勝てる相手ではない。冷静になれ。破壊の力を自分のものとして、飲み込め。
俺は真っ赤な戦車へと跳ぶ。だが、見えない壁によって阻まれる。真っ赤な戦車が俺と距離を取るように後退する。そして、その後退する真っ赤な戦車の主砲には光輝くエネルギーが溜められていた。
次が来る。
俺は獣の反射神経で光の奔流を避ける。真っ赤な戦車の砲塔が旋回し、光の奔流が俺を追いかける。壁を蹴り、天井を蹴り、俺は跳弾する銃弾のように跳ね、光の奔流を避ける。
『生身でクルマの相手をするなんて無茶だろう』
せめてドラゴンベインがあれば……。
『ふふん、弱音とか』
セラフのこちらを馬鹿にしたような笑い声が頭の中に響く。
……そうだな。
『ただの愚痴だ』
『ふふん、それならいいけど』
俺は真っ赤な戦車へと飛びかかり、右腕の爪を振るう。だが、その一撃は見えない壁によって防がれ、弾かれる。すぐに左腕を伸ばし、鞭のように別れた触手を叩きつける。だが、それすら見えない壁に防がれる。
俺の攻撃を防いだ真っ赤な戦車が旋回し、砲塔を俺へと向ける。
次の一撃。
躱しきれない。
俺はとっさに左腕と右腕を交差し、光の奔流を防ぐ。光が俺の腕を焼き、溶かす。肉が溶け、中の骨が顔を覗かせる。俺はそのまま両腕を開き、光を弾き飛ばす。
俺は右腕を見る。溶けて骨が剥き出しになっている。この分だと光に飲まれた顔や体も、一部溶けてしまっているかもしれない。俺の足元にはどろりとした肉の塊が落ちている。当分、焼き肉を遠慮したくなるような匂いとグロさだ。溶けた俺の体――だが、その溶けた部分はジュウジュウと煙を上げ、ゆっくりとだが再生している。
人狼の再生力。だが、こんなゆっくりとした回復ではなんの助けにもならないだろう。
次に、攻撃をまともに喰らえばヤバいだろう。
俺は大きく後方へと跳び、距離を取る。
『セラフ、後、どれくらい残っていると思う?』
『さあ? 後一発程度でしょ』
後方へと跳んだ俺を狙い次の光の奔流が迫る。俺は走り、その光から逃げる。光は逃げるよりも速くこちらへと迫ってくる。負傷した俺では逃げ切ることが出来ないようだ。
光が俺の足を飲み込み、溶かしていく。走ることが出来なくなった俺の体が、その勢いのまま転がる。
そして、俺は――、
転がった先にあるナイフを左腕で掴み、真っ赤な戦車へと投げ放つ。俺がこの場へと持ち込んでいたナイフ。人狼化した時に床に転がったナイフ。
そのナイフが真っ赤な戦車を守る見えない壁に刺さり、そして、それを貫いた。
見えない壁が砕け散る。
俺は機械の腕九頭竜の別れた触手を地面に叩きつけ、その反動で真っ赤な戦車へと跳ぶ。
真っ赤な戦車は動けないはずだ。
――パンドラ切れ。
奴が好き放題に放っていた光の奔流は、本来、最後の一撃に使うような奥の手のはずだ。あれだけの力だ。何発も連発出来るようなシロモノではないだろう。
スピードマスターのクルマは、確かに高性能な代物だろう。だが、別に無限のエネルギーを持っているようなチート戦車ではない。攻撃を放てばパンドラを消費し、攻撃を防ぐためにシールドを張ればパンドラを消費する。どれだけ高出力のパンドラを搭載していようと無限ではない。いずれ、エネルギーは尽きる。
本来の持ち主であるスピードマスターなら、こんな馬鹿げた凡ミスは犯さなかっただろう。乗り慣れていないクルマを使い、その力に溺れたウルフだからこそのミスだ。
左腕の触手で真っ赤な戦車に刺さったナイフを引き抜く。後はハッチを開けて、ウルフを引きずり出し、トドメを刺すだけだ。
ハッチが開く。
そしてそこから二つの赤い機械の腕を身につけたウルフが現れる。その手にはアサルトライフルが握られている。
「その姿、驚きましたよ」
ウルフがアサルトライフルの銃口を俺へと向ける。
そこで俺の人狼化が解ける。元の少年の体へと戻る。時間切れのようだ。溶けた体は再生しきっていない。元の体に戻った衝撃で俺の口から咳と共に血が流れ、吹き出る。
俺は動けない。
ウルフを戦車から引きずり出せたが、俺の体の限界は近い。
ウルフが圧倒的に有利な状況。ウルフがこちらに向けたアサルトライフルの引き金に指を掛ける。
「俺は……スピードマスターを倒した、コックローチを……倒しているんだ、ぜ。勝てると思ったのか?」
ウルフがアサルトライフルの銃口を降ろす。
「ガムさん、今回は引き分けということにしておきます。このクルマ、あなたに一時的に預けておきますよ」
ウルフが俺に視線を向けたまま、ゆっくりと後退っていく。そして、機械の腕九頭竜の射程から外れたところで一気に駆け出し、逃げる。
ウルフは逃げだした。
『逃げられたか』
予想外だ。ウルフは生存本能に優れているのかもしれない。俺にトドメを刺すだけという圧倒的に有利な状況で逃げだすとは思わなかった。
『ふふん、お前は勝てると思っていたんでしょ』
『当然だろう?』
コックローチとの戦いでもあいつだけが生き延びたのは、生きるための勘が優れていたからなのかもしれない。
逃がしてしまったか。
俺はスピードマスターの真っ赤な戦車の砲塔に寄りかかり、大きく息を吐き出す。動けるようになるまで、少し休憩しよう。
まだ俺の戦いは終わっていない。
2021年12月19日修正
触手へと別れ → 触手へと分かれ




