215 機械の腕50――「ああ、残念だ」
俺は端末を見る。
端末には落札者への指示が表示されている。
どうすれば良いのか。
オークション会場では全てのオークションが終わり、新しい料理や飲み物が並べられ締めくくりとなる宴のようなものが始まっている。俺は端末の指示に従い、オークション会場を後にする。料理の味は気になるところだが、俺には優先するべきことがある。
この円形の建物の中央部分には下に降りる階段と一人乗りの小さなエレベーターがあった。エレベーターは現在、使用中だ。
俺は大人しくその場で待つ。
エレベーターが上がってくる。一人乗りの小さなエレベーターの扉が開く。そこに人の姿は無い。誰も乗っていなかった。
俺が乗ろうとしたところで横から手が伸び、それを邪魔する。
「悪いな、こいつぁ、クロウズランクの上位者優先だ」
ニヤニヤ、ニタニタとした男が俺を押しのけエレベーターに乗る。
俺は無言で肩を竦める。
男を乗せたエレベーターの扉が閉まり、下へと降りていく。
しばらく待ち、エレベーターが戻って来る。当たり前のように誰も乗っていない。俺は一人乗りの小さなエレベーターに乗る。扉が自動的に閉まり、下へと降りていく。エレベーターの中にボタンの類はついていない。自動的に目的地へと運んでくれるようだ。
『ふふん』
セラフは何か言いたそうだ。
『このまま、この街のマスターに出会えると思うか?』
『ふふん。お前はそう思っているのかしら』
俺は肩を竦める。
俺はこの街のマスターと直接会うために、目玉商品を落札しようと頑張った。だが、それで出会えないというのなら、前提からおかしくなってくる。
『そうか、それだと俺の頑張りは無駄だったことになるな』
エレベーターはしばらく動き続け、そして止まる。
『降りたな』
『そうね、九階層分くらいかしら』
戦車などの大きなシロモノの引き渡しもあるからなのか、地下に大分大きな空間が作られているようだ。
エレベーターの扉が開く。
長い通路だ。誰も居ない。誰の姿も見えない。
先に乗った男はこの階で降りていないのだろうか。
俺は通路を歩く。通路の両端には様々な姿勢の人形が飾られている。まるで人形の博物館だ。
『この人形が動いたりは……』
『ふふん、ないでしょうね。これを並べているのは単純に、ここを支配している奴の趣味でしょ』
人形集めが趣味のマスターか。
『興味が湧かないな』
『ふふん、面白いことになりそうね』
セラフの言葉。セラフに言われるまでも無い。
俺の鼻がその匂いを捕らえている。
嗅ぎ慣れた戦場の香り。
血の匂い。
漂ってきているのは通路の奥からだ。
どうやら、オークションの主催者は落札者を祝って、なかなか楽しい趣向を凝らしてくれたようだ。
通路が終わり、目の前に大きな扉が見えてくる。血の匂いはそこから漏れている。
……。
今の俺の武装は、オークション会場を出る時に返して貰った、震動するナイフと狙撃銃――それだけだ。
扉が開く。俺は部屋の中に入る。
そこでは真っ赤な戦車が俺を待ち構えていた。主砲をこちらへと向けている。
「ここが商品の引き渡し場所か?」
俺は目の前の真っ赤な戦車に声を掛ける。
「はい、その通りです」
真っ赤な戦車から聞き覚えのある声が返ってくる。俺は肩を竦め、背後の壁を見る。そこには強い力で潰され、真っ赤に砕けた肉の塊がいくつも張り付いていた。
これが匂いの原因か。
壁の真っ赤な模様の中には見覚えのある顔もあった。先ほど、俺を押しのけてエレベーターに乗り込んだ男。このハルカナの街に入った時にスピードマスターの戦車に乗っていたターバンの胡散臭い男。いくつもの模様が輝いている。
「これはお前がやったのか?」
「はい」
俺は肩を竦める。
「その戦車はお前が落札したのか?」
「いいえ」
俺は大きくため息を吐く。
「お前の仲間は?」
「二人なら回収に向かって貰っています」
俺は何を、とは聞かない。
『セラフ』
『ふふん。私の領域を使っているカスミが後れを取ると思う?』
俺は肩を竦める。
カスミに任せた俺のドラゴンベインとグラスホッパー号は無事だろう。
さて。
「これはどういうことだ?」
「ご自身の胸に聞いてみてはどうでしょうか?」
俺は肩を竦めたまま首を横に振る。
「思い当たることがない」
「これはこの街のマスターから、僕への正式な依頼です。オークションで不正を働いたものへの処罰ですよ。ここはそのための場所です」
不正、ね。
「心当たりがない」
「はは、そうですか。僕と同じ時期にクロウズになったあなたが、どうやって僕でも用意することが出来なかった一千万コイルもの大金を持っているんです? どういう不正をしたんですか?」
自分では無理だから相手も無理だ、と?
なかなか面白いことを言う。
こいつは、ここのオフィスのマスターから、俺が一千万コイルでスピードマスターの機械の腕を落札したという情報も教えて貰っているようだ。
『まったくなんのために誰が落札したか分からないようにしていたのやら。個人情報だろう?』
『ふふん、分かっていたことでしょ』
俺はセラフの言葉に苦笑する。
ここのマスターから依頼を受け、こいつが、ノリノリで準備をして待ち構えていた姿を想像すると笑いしか出てこない。
それほど時間的猶予もなかっただろうし、な。
「お前は元から、この仕事をやっていたのか?」
「いいえ、オフィスのマスターからの指名依頼でたまたまです」
俺はその言葉を聞き、自身の口角が上がっていくのを感じた。
「それは貧乏くじを引いたな、ウルフ!」
俺はウルフに笑いかける。
「同じ時期にクロウズになり、一緒に戦った……これからも競い合える、好敵手としてお互いを高めていけると思っていただけに残念です」
真っ赤な戦車の砲身が火を噴く。マズルブレーキが動き、煙をたなびかせる。地下の室内を震わせる轟音と共に砲弾が俺へと迫る。
『セラフ』
『ふふん』
俺は左腕を伸ばす。左腕が俺の意識とは別に動き、別れ、砲弾を包み込むように広がる。左腕が後ろへと弾かれる。砲弾の衝撃を殺す。
俺は受け止めた左腕を開く。
「その腕は……」
「俺の機械の腕だ」
触手のように別れていた左腕が元の姿に戻る。
『ふふん。私が出来なかったらどうするつもりだったのかしら? 馬鹿なの?』
どうやって戦車の主砲を受け止めるか? 出来たから問題ないだろう?
『そこは信じていた。ま、出来なかった時は出来なかった時でなんとかなったはずだろう?』
『ふふん』
俺の頭の中にセラフの得意気な笑い声が響く。
「そうですか。では僕の機械の腕の力も見せますよ。この二つのマシンアームをキーとして発動する最終兵装。その力をね」
真っ赤な戦車の砲身が二つに割れる。そして、その中心に光輝くエネルギーが集まっていく。
スピードマスターはなんとも中二心をくすぐるギミックを用意してくれていたようだ。
「ウルフ、一つだけ言っておく。一千万コイルはちゃんと用意していた」
「ここに来て命乞いのつもりですか。これはマスターからの依頼なんですよ」
お前は獲物を狩る狼のつもりなのだろう。
一千万コイルは本当に用意していた。と、言っても借りたお金だが。外で待機して貰っていたカスミに走って貰い、ユメジロウのじいさんから借りたお金だ。もし断られたら、その時はセラフに不正をして貰おうと思っていたのは確かだが、な。
だが、こうなると、な。
俺が用意したことは全て無駄になってしまった。
賞金首を倒してお金を手に入れたことも、その伝手でお金を借りたことも、全て無駄になってしまった。
まったくなんのために苦労したのか分からない。
結局、最後は力押しとは……。
「命乞いじゃないさ。事実を教えておこうと思っただけだ」
オフィスのマスターに利用されただけの自分を狼だと思っている憐れな子羊に、な。
「そうですか。それは、残念です」
ウルフの声には愉悦が含まれている。事実なんてどうでも良いのだろう。
「ああ、残念だ」
そして、真っ赤な戦車から光るエネルギーが放たれた。




