214 機械の腕49――『目立たないようにと考えたのが裏目に出ただけだ』
スピードマスターの左腕は三百二十万コイルで落札された。
『セラフ』
『分かってるから、もう少し待ちなさい』
俺は自分の左腕に触れる。機械の腕九頭竜がなければ、俺は必死になって入札していただろう。
その時は三百二十万では終わらなかったかもしれない。どうもこの左腕がどうしても欲しい奴がいるようだったからだ。このままだと右腕の落札も危ういかもしれない。
三百二十万コイル。
オフィスにどれだけの手数料が取られるのか分からないが、これだけの大金がウルフの懐に入るのか……。
ウルフがクルマのオークションに参加するほどの大金を何処で手に入れたか不思議だったが、そういうことなのだろう。
星十字軍だとかいう団体はコックローチに戦いを挑み敗れた。そして、その戦いで一番の恩恵を受けたのは勝ったコックローチではなく、生き延びたウルフというのは皮肉が効いている。
仲間の戦車、大金を掛けて強化したであろう武装、お金――それらをウルフは手に入れた。
皆の意思を引き継いだ?
死人がそれを望んでいるだろうと、ウルフは死んだ連中が自分の糧になることを正当化している。
まさに死人に口無しだ。
『ふふん、それがどうしたの』
『いや、あいつとは仲良くなれそうにないと再確認していただけだ』
俺だって必要なくなった武装は売れるなら売り払うだろう。目の前に死人と武装が落ちていれば、死人には必要ないものだから、と奪い取るかもしれない。そこは否定しない。否定は出来ない。俺にその資格なんてないだろう。
だが、奴はそれを正当化している。自分に酔って綺麗な話にしようとしている。
多分、俺はそこが気にくわないのだろう。
オークションは続く。
木の枝に刺さった焼き芋のようなシロモノは焼き芋だった。なんでも食べると必ずおならが出るというシロモノらしい。こんなものが八万コイルで落札されていた。あのドラゴンフライの賞金と同じ額だ。そう、同じ額だ。
飛び交っているコイルの額――雰囲気に飲まれ、感覚がおかしくなっている。
何処かのお土産にしか見えない七重の塔の置物は、重力を操る装置だった。効果範囲は半径三メートルほど。なかなか広い範囲だ。重力何倍という感じで訓練に使うのが本来の目的なのだろうが、使い方によっては色々なことが出来そうだった。こちらは二十四万コイルで落札されていた。
俺が気になっていた体に密着するスーツは一万二千コイルで落札された。これくらいの金額で終わるなら手に入れておいても良かったもしれない。
そして、今回のオークション、最後の品が表示される。
スピードマスターの右腕の機械の腕。
最初が戦車、途中で左腕、最後が右腕。今回のオークションは、まるでスピードマスターの遺品を奪い合うファンの集い――追悼オークションのようだ。
「それでは、この右腕、スタート価格は五十万コイルからになります!」
左腕よりもスタートの金額が大きいのは左腕の落札された額を考慮してなのか、それとも最後だからなのか。
俺は端末を操作する。
「おっと、二百万コイルです。一気に二百万コイルに跳ね上がりました。空気を読まない入札をした方がいるようです」
司会の女が俺を見る。オフィスの連中には俺が入札したと分かるのだろう。
「おおっと、二百五十万コイルです。同じような感覚の方がもう一人居られたようです」
二百五十万か。
多分、左腕を落札したのと同じ人物だろう。スピードマスターに思い入れがあるのか分からないが、右腕、左腕、セットで手に入れたいのだろう。
俺は端末を操作する。
「三百万。ここで三百万コイルが出ました。こちらとしては嬉しいお話ですが、勘違いしていませんか。これはクルマではありません、クルマではありませんよ。と、ここで三百五十万コイルに跳ね上がりました」
三百五十万コイル、だと。
不味いかもしれない。これが最後の一品。最後の目玉商品。
俺は――俺たちは必ずこれを落札する必要がある。
だが、三百五十万コイルだ。
すでに俺とカスミが手に入れたコックローチの賞金額と同じ額まで来てしまっている。
……。
はぁ。
俺は大きく息を吐き出す。
『覚悟を決めるべきなんだろう』
『お前が途中のを落札しないから、こうなる。馬鹿でしょ』
『目立たないようにと考えたのが裏目に出ただけだ』
それに間に合っていなかっただろう?
……。
しかし、こうなるか。完全にアテが外れた。
このオークションに参加するような連中は数百万コイルくらいはポンポンと出せる奴らばかりだったようだ。
俺の考えが甘かった。
……。
救いなのは誰が入札したか分からない、ということか。
俺が入札したとバレない、ということか。
俺は左腕で端末を操作する。
「四百万、四百万コイルが出ました」
司会の女の後ろに四百万コイルという数字が表示される。
「え? 五百万コイル? まだ増えます。まだまだ増えるようです」
表示された数字が五百五十万、六百万と増えていく。
『ふふん、分かっているでしょうね』
『ああ、分かっている』
六百万コイルを越えた辺りで、勢いは鈍り、一万コイルずつ増えるようになる。そろそろ相手も限界が近いのかもしれない。
何人参加しているか分からないが、そろそろ終わらせるべきだろう。
「一千万コイル? 私の目がおかしくなったのでしょうか。一千万コイルの入札がありました!」
ここで動きが完全に止まる。
スピードマスターの右腕は一千万コイルで落札された。




