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かみ続けて味のしないガム  作者: 無為無策の雪ノ葉
湖に沈んだガム

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212 機械の腕47――「分かったな? 余所を当たれ」

 こいつ(ウルフ)にも事情があるのだろう。それは分かる。


 だが、相手にも事情があるとは思わないのだろうか。


 俺は肩を竦める。


「渡したくない気持ち、分かります。僕は星十字軍(スタークルセイダー)のウルフです」

 ウルフはこれで分かっただろうという顔をしている。いよいよもって本当に頭がおかしいのかもしれない。


 俺はウルフに背を向け、バレないように自分の喉を握る。そして、そのまま喉を握りつぶす。


『何をしているのかしら』

『いくら顔を隠していても声でバレるかもしれないからな』


 俺はウルフの方へと向き直る。

「渡すつもり……は、ない」

 喉が潰れ、しわがれた掠れるような声で答える。


「僕はいつか最前線に立ちます。その時、僕は今日のことを忘れません」

 ウルフが俺を見る。見ている。


 なるほど。


 大きな男になるから――将来、有名になるから先行投資をしろ、と。


 ……。


 そういうのは有名になってから、最前線に立つというなら、最前線に立ってから言うべきだろう。

 空手形なんてものは、それだけの信頼という積み重ねがあった場合でなければ通らないだろう。何も無い状態でなんとか出来るのは詐欺師くらいだろう?


 そして、こいつ(ウルフ)は詐欺師の類だったのだろうな。


「な、る、ほ、ど。さすがは、コックローチを、倒した、男だ。言うこと、が違う、な」

「いえ、あれは……仲間の力が有ってのものです。僕だけの力ではありません」

 仲間の力? 俺の皮肉に対して、ウルフは真面目な顔でそんな言葉を答えていた。


 こいつ(ウルフ)の脳内では、あの戦いはどうなっているのだろうか?


 自分の力で倒したと言わないだけ、謙虚……なのだろうか。


 ウォーミのターなんちゃらといい、こいつ(ウルフ)といい、各街に一人は頭のおかしいクロウズが居ないと駄目なのだろうか。


 ……ああ、ウルフはレイクタウンの出身だったか。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。


「わか、った」

「分かってくれて助かります」

 ウルフがこちらに手を伸ばす。


「話は、わかっ、た。だが、何故、俺だ」

 ウルフが少し焦ったような顔で俺とステージ上の数字を見比べている。落札されないか、間に合わないか、気が気ではないのだろう。

「あなたが、一番()が分かってくれそうだったからです」

 焦っているからなのか、ウルフの言葉に、少しだけ、こちらを威圧するような圧が込められていた。

 なるほどなるほど。


 俺は舐められていたのか。


 姿形で判断してしまうのは仕方ない。強い奴は舐められないように、それなりの格好をしているはずだろう。


 この会場内で、一番みすぼらしい格好の俺が舐められるのは、ある意味、仕方ないことなのだろう。


 だが、ウルフ。お前は駄目だろう。


 ここに居るのはクロウズのランクが30以上の者たちばかりのはずだ。ウルフ、お前よりもランクが上の奴ばかりだ。それを分かっているのか?


「話は、わかっ、た。だが、この端末を、渡すつもり、は……ない」

「何故ですか。僕は、あのクルマを手に入れないと駄目なんです。僕の命を救ってくれたスピードマスターに恩を返すためにも! 彼の意思を継いだ僕があのクルマを持つべきなんです」

 誰にだって理由はある。


 ウルフ、お前だけじゃない。


「お前に、理由が、ある、ように、俺に、も、理由が、ある。他を、当たれ」

「それはどんな理由ですか!」

 ウルフは必死だ。スピードマスターへの恩返し――後継者になるという使命に燃えているのかもしれない。そこは……分からないでもない。


 だが、だ。


 余所から見れば、つまらない、小さなことだったとしても、そいつにとっては大きなことなのかもしれないだろう?


 ウルフ、お前は独善的(ひとりよがり)過ぎる。


「お前に、教え、る、気は、ない」

 教える必要もない。


 お前の都合を押しつけるなら、俺は自分の都合で押し通る。


「六百万コイルが出ました。他にはありませんか? なければ、この金額で落札になります」

 ステージの上では六百万という数字が輝いていた。そこで動きが止まっている。この辺りで落札されそうだ。


 ウルフがステージの数字と俺を焦ったように見比べている。

「言えないようなことですか。それなら……」

 ウルフが掴みかかってくる。


 俺はその手を払いのけ、ウルフの足を払う。ウルフが綺麗に倒れる。倒れたウルフが焦ったように腰に手をやる。だが、そこには何も無い。ここでは武装が解除されている。

 俺は握った拳をウルフの顔面へと叩き落とし――その途中で止めた。


 ……仕方ない。


 俺はガスマスクを外す。これからもウルフに会わないよう避けて動くというのは馬鹿らしい。こちらが気を使う必要はないだろう。

「あ、あなたは」

「分かったな? 余所を当たれ」

 ウルフがゆっくりと起き上がり、埃を払う。

「……分かりました」

 ウルフが俺から離れる。俺と交渉することを諦め、他のクロウズと交渉するつもりになったのだろう。その途中で一度、俺の方を振り返る。その顔は少しだけ悲しげで、そして恨みがましいものだった。


『ふふん、殺せば良かったのに』

『ここで殺したら迷惑になるだろう』

 外で襲ってくるなら容赦はしないつもりだ。ウルフがそこまで馬鹿じゃないことを祈っておこう。


 結局、スピードマスターの真っ赤な戦車(クルマ)は六百五十万コイルで落札された。


 誰が落札したかは分からない。運良く交渉に成功したウルフが落札している可能性もある。


 入札も分からないようになっていれば、落札者も分からないとは、な。これも揉め事を避けるためなのだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] ウルフの頭がお花畑過ぎて呆れる ある意味良い設定のキャラだね 邪魔した挙句に寄生して報酬を得ただけじゃ飽き足らずさも自分が倒した風を装うとか、頭がイカれすぎてて笑うわ これがテンプレ勇者脳、…
[良い点] やっと厄介事が片付いた! [一言] と、思いたい。 ていうかガム君の関わりたくなさ度がすごいw そんな……声まで変わって! まあ雑魚は放っといて目玉商品を狙わなきゃですね!
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