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かみ続けて味のしないガム  作者: 無為無策の雪ノ葉
湖に沈んだガム

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021 プロローグ18

 崩れた階段を飛び降りる。


 衝撃を殺すようにゆっくりと着地する。そのまま周辺を見回すが、やはりネズミの死骸は見えない。端末は清掃用の機械は動いていないと言っていた。動いていない、か。


 そもそも、だ。その清掃用の機械とやらがどんなものか分からないが、ここは綺麗すぎる。道具を使って綺麗にしたとは考えられない綺麗さだ。

 地面に広がっていた血の染みだって、まるで何かに吸収されたかのように綺麗に消えている。


 どういうことだ?


 分からない。


 ゆっくりと階段を降りていく。ネズミの死骸を引き摺っていた時の血の跡も綺麗に消えている。まるで最初からそんなものは無かったかのように綺麗なものだ。瓦礫などはそのままだ。ネズミの屍肉に関わるもの(・・)だけが綺麗に消えている。


 階段の行き止まりから防火戸をくぐり抜ける。ネズミの死骸を運んでいる時、ここが血と肉によって通り抜けたくなくなるくらい汚れていた。


 だが……ここも、か。綺麗になっている。


 至る所に配管やケーブルが這い回っている通路を歩く。


「この先に向かってどうする?」

「コンソールを使いキーを入力しなさい」

 アレか。


 少し触れたところで装置が起動したため、結局、何も入力していなかった。あれに入力、か。


「キーワードは?」

「その場で教えます」

「勿体ぶる必要はあるのか?」


 ……。


 また無言か。まるで子どもみたいな反応だ。都合が悪くなるとすぐに黙るのは感じが悪いな。


 薄暗い通路を歩く。


 ん?


 そういえば装置が動き出したことで明りが灯ったはずなのに、また暗くなっている。これはどういうことだ?


 同じように見えて違う場所……という可能性は無いな。それは無い。


 血の染みすら残さないようにネズミの死骸が消えている。灯っていたはずの明りが消えている。


 嫌な予感しかしない。


 そして巨大な砂時計のような装置が置かれた部屋に出る。


 嫌な予感は当たったようだ。


「おい、アレは何だ?」

 アレ(・・)を指差し端末に確認する。

「早くコンソールの前に立つのです」

 見えていないのか? それともあえて無視しているのか?


 それは異様な存在だった。紐状に伸びた肉が、内臓が、巨大な装置に絡まっている。ネズミの屍肉によって作られたオブジェクトだ。


 その紐状に絡み合った屍肉にくっついたネズミの目がぎょろりと動く。何かを探るように動いている。


 生きている。


 蠢いている。


 よく見れば肉の紐からいくつか砲身が伸びている。近寄れば銃撃されるかもしれない。


 さらに紐状に絡み合った肉の一部が、まるで鞭のようにしなり動き回っていた。


「おい! 見えていないのか? あんなものが……近寄れない!」

「何を言っているのです? 早くしなさい」

 端末には見えていないようだ。もしかすると、この端末、視覚情報として見える場所が限られているのかもしれない。地図上に光点でしか表示されていないなんて可能性もある。


「ネズミの死骸だったものが紐みたいに絡み合って、しかも銃が見える。とてもではないが近寄れない」

「ネズミの死骸? なるほど。群体の再生点にエラーが生じているのかもしれません。いえ、正しく起動しようとしている?」

 そこで少しだけ端末が沈黙する。

「お、おい」

「どの個体が素になっているのか、素体を食べたネズミの体を乗っ取り、元の体へと戻るように集まっているのでしょう」

 素体を食べた? まさか、あの棺の中に眠っていた人を食べたってことか? だから、ネズミが異常変異した?


「いや、それよりも、どうするんだ?」

「コンソールの前に立ちなさい」


 ……ちっ。


「分かった。何とか近寄ってみる。だが、先に打ち込むキーワードを教えてくれ」


 ……。


 端末からの返事は無い。何を隠す? どうせ入力するのは俺だ。今教えても、その場で教えても変わらないはずだ。なのに、何故だ? 何か早い段階で聞かせると不味い単語なのか?


 紐状に絡み合った肉が鞭のように振るわれている。まるで装置を守っているかのような行動だ。銃撃に、肉の鞭、か。


「その場で一単語ずつ聞きながらキーを入力する余裕は無い。教えろ」


 ……。


 端末の沈黙。


 それでも待ち続ける。


 ……。


「分かりました。キーワードはノルン。(エヌ)(オー)(アール)(エヌ)です」

 やっと端末から声が聞こえた。


 ノルン?


 確か神話に出てくる運命の女神の名前だっただろうか。


 ……。


 隠すような情報だろうか?


「それで、そのキーワードを入力した後はどうすれば良い?」

 すぐにキーボードからは離れる必要があるだろう。その場にとどまっていれば肉の鞭に捕まるか、銃で蜂の巣にされるか、どちらにしてもろくな結果にならない。

「入力すれば終わります。その肉片も意味を成さなくなるでしょう」

「本当だな?」

「ええ」

「分かった」


 端末の言葉を聞き、一気に駆け出す。もう武器は無い。身を守るものもない。この身一つだけだ。


 鞭のようにしなる肉が迫る。


 迫る!


 よく見ろ。


 師匠が言っていたはずだ。ものの動きには起点がある。そうだ、速いもの、無軌道なもの、それらでも突き詰めれば躱せるはずだ。


 走る。


 迫る肉の鞭の静と動の間を抜ける。


 銃撃。


 ネズミの時と同じ小粒な攻撃だ。右腕を犠牲にして急所を守り、走る。


 痛みに耐え、走る。


 銃撃よりも肉の鞭の方が危険だ。何としても避ける。


 走る。


 避ける。


 走る。


 そして、キーボードの前に立つ。


 急いでキーを入力だ。


 流れる血と痛みで腕が、指が震える。押し間違えるな。それでも素早くだ。時間は無い。止まっていればやられる。


 急いで入力しろ。


 エヌ、オー……アール、そしてエヌ。キーを入力する。


 これで……。


 肉に絡みついた銃がこちらを向いている。


 何も起こらない?


 不味い。


 このままだと……。


 そうだ!


 最後にエンターキーを押す。


 次の瞬間、目の前の装置に絡みついた肉がはじけ飛んだ。


 あ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不穏な要素ばっかりだ! [一言] 何もドロップしないどころか、キングラットになっていたでござる。 端末さん、相変わらずの機密主義ー。 といっても互いに信用してない感じだから、消去法の相棒…
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