210 機械の腕45――『そうか。それならその言葉の前に「良い意味で」って付け足しておく』
冊子をパラパラとめくり、出品される一覧を軽く確認する。
これが出品されるもの、か。
『よく分からないな』
一応、クロウズ向けのものが中心のようだが、用途が分からないシロモノが混ざっている。
そんなよく分からない珍妙なものの一例を挙げると……、
木の枝に刺さった焼き芋にしか見えないシロモノ、
何処かのお土産にしか見えない七重の塔の置物、
パラボラアンテナのような形の光線銃、
などなど、どれもふざけたような見た目のシロモノだ。
他にも冷蔵庫や掃除機などオークションでやり取りする必要があるのかどうかすら分からないシロモノも記載されている。
どれにもスタート金額や出品の順番は記載されていない。本当に、ただ、こういうものが出品されるという情報を載せただけの冊子のようだ。
そして、そんなよく分からないものが並んでいるリストの中で異彩を放つのが、スピードマスターのクルマと右腕の機械の腕だ。
どちらもこのオークションの目玉になっている。
俺が狙うべきなのはスピードマスターの右腕、か。今更、機械の腕を手に入れる必要はないが、このハルカナの街のマスターに会うためには仕方ないだろう。
他に俺が気になる物としては、伸縮自在のヒーローが纏っているような体に密着するスーツだろうか。これがあれば人狼化しても服をボロボロにしなくて済むだろう。だが、体にぴったりと張り付くようなスーツは、それはそれで変な誤解を生みそうだ。
……。
まぁ、今回は目玉商品の落札がメインだ。他の出品物を気にする余裕は無いだろう。
とりあえずは、こんなところか。
俺は周囲を見回す。まだオークションは始まらないようだ。
高そうな服を着た連中が円形のテーブルの上の料理をつまみ、会話を楽しんでいる。この街で活躍しているクロウズ同士なのかもしれない。
俺は並んでいる料理には手をつけない。じっとオークションが始まるのを待つ。
『あらあら? 毒が入っているか疑っているの?』
『いいや、このマスクが邪魔で食事が出来ないだけだ』
俺はガスマスクをつけたまま食事が出来るほど器用ではない。そして、ガスマスクを外すつもりは無い。ここでの食事を楽しむよりもウルフたちとの遭遇を回避する方が俺の中で優先度が高い。
ステージ上での歌は未だ続いている。
マイクを持った女が銀色のスカートを翻しながら、にゃーにゃーと頭の悪そうな歌を歌っている。
『頭の悪さではお前も同じじゃない』
『そうか。それならその言葉の前に「良い意味で」って付け足しておく』
俺はセラフのどうでも良い絡みに適当な返事を返しておく。
『はぁ?』
『セラフ、おま……』
俺はそこで言葉を止める。
……ん?
俺の目の前でテーブルの料理を食べていた男が、突然、喉を抑えて苦しみだし、そのまま倒れる。
そして、死んだ。
……死んでいる。
俺はすぐにステージの女を見る。マイクを片手に、にゃーにゃーと良い意味で頭の悪そうな歌を歌っていた女が俺の視線に気付き、こちらを見る。そして、軽く片目を閉じ、微笑む。
お前、か。
女は、そのまま何事も無かったように歌を歌い続けている。
『セラフ』
『ふふん、分かってる』
セラフも気付いているようだ。
どうやったのかは分からないが、あのステージの女が、この俺の目の前の男を殺したようだ。
俺はそこで肩を竦める。
俺は名探偵でも無ければ正義の味方でもない。犯人捜しをするつもりも犯人を追い詰めるつもりも無い。
死んだ男が現れた黒いボディアーマーの男によって運ばれていく。周囲の連中も人死に慣れているのか迷惑そうな顔をしているだけで騒ぎもしない。それどころかライバルが減ったと喜んでいるくらいだ。
歌が終わり、女は笑顔のままお辞儀をする。そして、手を振りながらステージから消えていく。
銀のスカートの女と入れ替わるようにマイクを持ったオフィス職員の女が現れる。
「皆様、お待たせしました。これよりオークションを開催します」
どうやら、やっとオークションが始まるようだ。
……ウルフたちは間に合わなかったか。良いことだ。
「今から皆様のお手元に端末をお配りします。入札はそちらからお願いします」
黒いボディアーマーの男たちが現れ、順番に丸い円盤のような端末を配っていく。
「どうぞ」
「ああ」
俺も黒いボディアーマーの男から端末を受け取る。端末は円盤状になった中央部分が液晶になっており、そこに数字が表示されていた。どうやら、ここを操作して入札するようだ。
なるほど、これなら誰が入札したか分からないだろう。争いごとを避けるための工夫なのかもしれない。
だが、入り口で配らなかったのは何故だ? わざわざ先に会場に入れて、それから配る理由?
なんのために?
分からないな。
「おい、私の分が配られてないぞ!」
「俺もだ!」
「ここにも配られてないわ。早く持ってきて!」
と、そこで一部の者たちが騒ぎ出す。どうやら端末が配布されなかったようだ。
「それでは、まずはこちらからです」
ステージに真っ赤な戦車の映像が表示される。
「クロウズの皆さんはご存じだと思います。あの最速のスピードマスターのクルマになります。こちらは百万コイルからのスタートになります!」
ステージの女がクルマの性能の説明を続けている。
「おい、私はそのクルマを手に入れるつもりだ。早く端末を持ってこい! どうなっているんだ」
「俺もそのつもりだぞ」
端末を配られなかった者たちが騒いでいる。
「はい、百一万コイルの入札がありました。次々、入札されています。二百、三百……、一気に飛びます。現在、四百万コイルが最高額になっています。他に有りませんか?」
ステージの女は騒いでいる者たちを無視して司会を続けている。
入り口ではなく、オークションが始まってから端末を配った理由、配られなかった者たちが居ること、全て何か意味があるのだろう。だが、俺には関係ない。他の参加者たちも騒いでいる者たちを気にすること無く、無視して入札を行っている。
もしかすると良くあることなのかもしれない。
にしても、最初の一品が、いきなり一番の目玉となるスピードマスターのクルマからか。しかも、もう四百万コイルとはさすがだな。
……俺の手持ちではどうやっても足りない。だが、これは予想していたことだ。スピードマスターのクルマは諦めよう。




