209 機械の腕44――『間一髪だった。もう少しで鉢合わせするところだった』
俺はオフィスに入り、オークションが開催される三階へと向かうため、中央にある階段に急ぐ。
と、そこで黒いボディアーマーの男が俺の前に立ち塞がる。表情を見せるためなのか、急所となる顔が剥き出しになったヘルメットをかぶってはいるが、異常なほど物々しい姿だ。
「俺に何か用か?」
俺の言葉を聞いた黒いボディアーマーの男が腕を後ろに組む。敵意は無いということだろうか。
「タグの提示をお願いしています」
黒いボディアーマーの男が良く響く声で俺にそんなことを言ってきた。この黒いボディアーマーの男はオフィスの職員なのだろう。
「何かあったのか?」
「まずはタグの提示をお願いします」
「その理由は?」
「提示をお願いします!」
黒いボディアーマーの男の頑な態度に俺は肩を竦め、クロウズのタグを提示する。
「クロウズランクは31……問題無し! 裸族の首輪付き様、どうぞお通りください!」
黒いボディアーマーの男が大きな声でそんなことを宣ってくれる。
「いつ、俺が、裸族の首輪付きになったんだ?」
「前回、賞金を貰われた時だと思います!」
俺が聞きたいのはそういうことではない。
「裸族は勘弁して欲しい。その呼び方は広まっているのか?」
「クロウズの方々は二つ名で呼ばれることを誇りに思っていると聞きました!」
黒いボディアーマーの男は真顔でそんなことを言っている。俺が聞きたいことを答えるつもりはないようだ。話が壮絶に噛み合っていない。
この黒いボディアーマーの男、オフィスの職員で間違いないようだ。
背後に居るのはハルカナの街のマスター、か。裸族の首輪付きというふざけた二つ名が作られたのも、すぐに広まったのも、全てハルカナの街のマスターによる嫌がらせのようなお遊びで、だろう。
また一つ、ここの領域を支配する理由が増えたようだ。
「それで、何故、こんなチェックが行われている? 大オークションの時はいつもこうなのか?」
「今回はクルマが出品されるため、クロウズのランクを30以上に限定させて貰っています」
……。
入場制限、か。なるほど。
にしても、ギリギリだったのか。
クロウズのランクが上がっていて良かった。これもアクシード四天王のコックローチという高額の賞金首を倒した成果だろうか。
『ふふん、感謝しなさい』
セラフが調整してくれたおかげでもあるのだろう。
『ああ、感謝しているさ』
確か、クロウズのランクが三十を超えれば、クロウズとしては中堅だったはずだ。俺もそれくらいにはなったということか。
俺は黒いボディアーマーの男に手で挨拶をし、その横を抜け、階段を上がる。
階段を上がっていると、下から聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「ここを通して欲しい」
「残念ですが、クロウズのランクが規定に達していません」
ウルフの声だ。どうやらウルフたちもオークションに参加するつもりだったようだ。
『間一髪だった。もう少しで鉢合わせするところだった』
『ふふん、格の違いを見せつけるチャンスだったでしょ。通過出来ないあいつらの前で自慢したら良かったのに』
俺は大きくため息を吐く。
『そんなことをしてみろ。面倒なことを頼まれていただけだろう』
『あらあら』
俺は肩を竦める。
俺とウルフは同期だ。俺ですら、セラフに報酬が最大になるよう調整して貰い、ドラゴンフライ、ガロウやコックローチなど大物の賞金首から、その他、小粒の賞金首までを倒し、そこまでしてギリギリだったのだ。ウルフのクロウズランクが俺よりも高いというのは考え難い。
もし、そうなら、どれだけ効率よくランクを上げたのかご教授願いたいくらいだ。
「僕はオークションでクロウズのランクが必要になるなんて聞いていない。今まで無かったと思うけど、どういうことかな?」
「今回の規則です。事前に、オフィス内に規則として張り出しはしていました」
「見ていません。見えないところに張られても意味はないと思いますよ」
「それは申し訳ありません。以後気を付けます」
「そうだね。気を付けて欲しい」
「ですが、ここを通すことは出来ません」
「ちょっと! ウルフはこの街を救った英雄なの! 邪魔するなんて!」
「……通さないと後悔することになる」
「規則は規則です」
どうやら、あの頭のおかしい二人も一緒のようだ。相変わらず勘違いして狂犬のようにキャンキャンと喚き、噛みついているようだ。
「僕には使命がある。託されたことがある。通して欲しい」
「規則ですから」
「はぁ? あんたじゃあ話にならないんだから! 上の人を呼びなさいよ」
「……あなたごときが勝手に判断? あり得ない」
「規則です」
俺は黒いボディアーマーの男に同情する。言葉の通じない者の相手をするのは大変だろう。
俺は手荷物の中からガスマスクを取り出し、それを身につける。もし、何かの間違いであの連中がオークション会場に入ってきたとしても、これで誤魔化せるだろう。
声を掛けられても人違いだと言い張るつもりだ。
三階に作られたオークション会場の前にも黒いボディアーマーを身につけた男たちが立っていた。
その男たちと並び、オフィス職員と思われる女も立っていた。
「オークション会場はこちらになります。入場には一万コイルが必要になります。よろしいですか?」
どうやら、この女が入場の受付をやっているようだ。
「ああ」
俺は女にタグを見せる。
「はい、確かに一万コイルを引き出させていただきました。この一万コイルに関しては、お帰りの際にお返しします。それと、こちらが今回の出品カタログになります」
俺は女から冊子を受け取る。
「冊子か」
「電子データでの情報をご希望でしたら、そちらをお送りすることも可能です」
「いや、大丈夫だ」
俺は肩を竦め、首を横に振る。
「入場の際、武装の解除をお願いしています。武器はこちらでお預かりします」
「武器? オフィスの中で暴れるような怖いもの知らずが居るのか?」
女が頷く。
「興奮して今までの成功をドブに捨てられる方もいらっしゃいます。その防止だと思っていただければ」
「それで?」
「肩に提げた狙撃銃と隠し持っているナイフをお預かりします」
俺は肩を竦め、言われたものを手渡す。ここでごてる必要もないだろう。
「会場内の飲食物はご自由にお取りください。では、どうぞ、お楽しみください」
俺は冊子を片手にオークション会場に入る。
オークション会場には料理の置かれた円形のテーブルがいくつも並び、そこで会食を行っている人たちの姿が見えた。すでに何人もの人が会場入りしているようだ。中堅以上のクロウズが条件だからか、皆、高そうな服を着ている。中にはクロウズとは思えないような人物の姿も見える。どうやら一般参加のようだ。クロウズランク以外でも何らかの条件で参加が出来るようだ。
まだオークションは始まっていないようで、ステージ上では銀色のひらひらとしたスカートの女がマイクを片手に歌を歌っていた。
俺は適当なテーブルにつき冊子を開く。




