207 機械の腕42――「礼が言いたかった」
少女二人のご機嫌を取っているウルフを放置して適当に入った服屋で、俺は一週間分の服を買う。
『あらあら、服なんてなんでも良いって言いながら一万コイルも使うなんて馬鹿なの? 馬鹿なんでしょ?』
『まとめ買いで一万コイルぴったりにしてくれたんだ。バラバラに買ったら二万コイル近いものを、だ。随分とお得だろう?』
『はいはい。馬鹿でしょ』
俺は小言を呟いているセラフを無視して、さっそく購入した服に着替える。少しだぼっとした何処か神主を思わせる服だ。烏帽子でもあればコスプレの完成だろう。このハルカナの街で流行っている服なのだろうか。
……。
他に見たことが無いな。見かけないな。
まぁ、とにかく、これで変質者に見られることはないだろう。
『それはそれはお馬鹿さんにしてはご立派なこと』
『そう言うな。高い服を着ていれば、見くびられることも減るだろう?』
俺だって何も考えずに高価な服を買った訳では無い。
『ふーん。武器の一つでも買った方が良かったと思うけど?』
だが、よくよく考えてみれば、ただの服が七着だろうと一万コイルは高すぎたかもしれない。高額の賞金が手に入ってお金に余裕があるからと財布の紐が緩んでしまっていたようだ。
だが、今更、返品も出来ないだろう。買ってしまったものは仕方ない。
そう、仕方ないのだ。
『ふーん』
……。
購入した服を肩に背負い、次の目的地へと向かう。
俺が向かったのはユメジロウじいさんのところだ。
洗車場では杖をついた眼帯の老人が俺を待っていた。
「じいさん、待たせたな」
「百コイルだぁ! って、クルマも持たずに何しに来ただぁ」
俺は肩を竦める。
何をしに? 何をするかだって?
「コックローチを倒した」
討伐の報告しかないだろう?
「ひっひっひ、それならもう聞いてるだぁよ」
そうだろうな。
戻った、エムたち傭兵から報告を受けているだろうし、このじいさんなら、それ以外の何らかの方法で情報を得ているだろう。
このじいさんはそういう立場、そういう人物だ。
「礼が言いたかった」
俺は自分の口で直接、このじいさんに礼を言いたかった。
「ありがとう、じいさんのおかげで倒すことが出来た」
コックローチを倒すことが出来たのはユメジロウじいさんが居たからだ。
眼帯をしたユメジロウじいさんが杖を回し、楽しげに笑う。
「ひっひっひ、お互い様だぁよ」
俺はユメジロウじいさんの言葉に笑みを返す。本当に面白いじいさんだ。
「用件がそれだけならもう行げ。わしは忙しいだでな」
ユメジロウじいさんが俺を追い払うように杖を振り回す。
「そうだ、じいさん。クルマの修理を任せられる伝手はないだろうか?」
ユメジロウじいさんが振り回していた杖を止める。
「おるで」
「そうか。頼みたい」
ユメジロウじいさんが顎に手をあて、少しだけ考え込む。
「分かっただぁよ。オフィスんとこでええな?」
「ああ、助かる」
「ひひひ、貸した神の雷も、そいづに換装させるでな」
オフィスでも修理を頼んだが、オフィスの紹介でやって来る奴よりもユメジロウじいさんの紹介でやって来る人物の方が信用出来るだろう。最初からこうすれば良かったな。
俺はユメジロウじいさんに手を振り、仕事の邪魔をしないようにその場を去ろうとする。
「首輪付き、待つだぁよ」
だが、そこに待ったがかかる。
「じいさん、なんだ?」
まさか機械の腕・九頭竜を返せとか言わないよな? まぁ、このじいさんがそんなことを言うとは思えないが……。
「首輪付き、ありがとうよ」
ユメジロウじいさんが頭を下げる。
「じいさん、あんたが言ったろ。お互い様だ」
ユメジロウじいさんが顔を上げ、ニカッと笑う。
「これはわしの自己満足だぁよ。ひひひ、そいど、首輪付き、おぬしに特別に情報をサービスだぁよ」
「情報?」
「今の首輪付きの格好を見で、思い出しただぁよ」
この俺の神主みたいな格好か。神主――いや、昔の武家とか公家とか、そういうイメージでもあるか。
「御山には神が眠る。興味があるなら行ってみるがええ」
御山? 神?
なんとも抽象的で捉えどころのない情報だ。てっきりオークションの情報でも教えてくれるのかと思ったら……どう受け取ったら良いのか悩むところだな。
「分かった。気が向いたら行ってみる」
「ひっひっひ、そうするがええ」
俺はユメジロウじいさんと別れ、オフィスまで戻る。
そこでは動かないドラゴンベイン、大破したグラスホッパー号と共にカスミが待っていた。
「ガムさん、お帰りなさい」
カスミが軽く一礼する。
「ああ。待たせた」
「ガムさん、オフィスの職員が修理の件で来ましたよ。私の一存で断っておきました。よろしかったですよね?」
オフィス職員? 思っていたよりも早かったな。
しかし、断った、か。
多分、セラフ経由で俺がユメジロウじいさんに頼んだという情報がカスミに伝わったのだろう。動きが早くて助かる。
「ああ、問題無い」
そして、次の日。
ドラゴンベインとグラスホッパー号を置いているオフィス管轄の置き場に、ユメジロウじいさんの紹介で修理屋がやって来る。
やって来た、その人物は――ランドセルを背負った少女だった。
「あなたが裸族の首輪付き?」
まだ二桁の年齢に上がってないように見える少女は、俺を見て、そんなことを言っていた。




