204 機械の腕39――『お前までお花畑なのか?』
五台の単車にドラゴンベイン、グラスホッパー号、ウルフの戦車を引っ張って貰う。
牽引用の紐で縛って運んで貰っているのだが、単車が戦車を運ぶという光景はなかなか不思議なものだ。その馬力――単車の姿をしていようとパンドラを搭載したクルマだということなのだろう。
「これも君が用意していたのか」
俺とカスミは横転していたグラスホッパー号を起こし、その座席に座っている。そして、横転した時に折れ曲がってしまった機銃の代わりにお荷物が乗っていた。
ウルフはエムたちを俺が用意した戦力だと思っているようだ。
……。
俺はウルフの言葉を無視する。ニコニコ笑顔で話をするような仲でも無いからだ。
「僕たちの力でコックローチを倒したなんて……やったな。これで仇がとれたよ」
俺はウルフの言葉に大きなため息が出る。ウルフの頭の中には大きなお花畑が作られているようだ。
『俺とコイツ、いつ仲間になったんだろうな』
『ふふん、今でしょ』
俺はセラフの言葉にもう一度大きなため息を吐き出す。
『お前までお花畑なのか?』
『はぁ? 意味が分からないんですけど』
俺はセラフの言葉を無視して座席にもたれかかる。
「最初に、はな……あ、でっ」
牽引用のロープで無理矢理引っ張って動いているため、グラスホッパー号は大きく揺れる。座席に座っていても酔いそうなくらいだ。荷台のウルフはもっとだろう。
「無駄口を叩いていると舌を噛むぞ」
もう噛んでいるようだが、忠告しておく。
「はい、噛みました。いえ、そうではなく、報酬の話です。最初に話したようにスピードマスターのマシンアームをお渡しします」
ウルフの言葉遣いはオフィスの説明会で出会った時と同じものに戻っている。言葉遣いが荒かったのは、それだけ追い詰められ、余裕がなかったからだったのだろう。
「言っただろう、不要だ」
「しかし、それでは僕の気が……」
「それはお前が譲り受けたものだろう? それに俺にはもうこの左腕がある」
俺は自分の左腕を軽く叩く。機械の腕九頭竜――もう俺の体の一部だ。今更他のマシンアームに変えようとは思わない。
「分かりました。では、君が困ったことがあれば言ってください。僕が力になります」
ウルフがキリッとした顔で格好付けている。揺れている車の上で器用なものだ。噛んだのも最初だけ、車の揺れに適応している。なんだかんだで優れた身体能力を持っているのだろう。
「困ったことか。それなら、ある」
現在進行形で非常に困ったことだ。
「なんでしょう?」
ウルフが真剣な表情で俺を見る。
困ったこと?
分かるだろう?
「服が欲しい」
今の俺はボロ布を纏っているような状態だ。自分が望んでいる訳ではないのに、毎度毎度、服がボロボロになるのはどういうことだろうか。
「は、はは。君は大物になりそうですね。分かりました。街に戻ったら服をプレゼントします」
ウルフは相変わらず上からだ。こういう性格は何処まで行っても治らないのだろう。
「街に戻る前に欲しいんだが」
「ガム様、私の服の予備をお貸ししましょうか?」
カスミがそんなことを言ってくる。
「不要だ」
俺に女装しろとでも言うのだろうか。
『ふふん、今回の精算が終わったようね』
そんな会話の途中でセラフの声が頭の中に響く。
『セラフ、どうした? 何のことだ?』
『オフィスの情報を手に入れたってこと。分からないの? コックローチの賞金の分配のことしかないでしょ』
俺はセラフの言葉に首を傾げそうになる。賞金の分配? 何のことだ?
『セラフ、コックローチの賞金は五百万コイルだろう? 違うのか?』
『ふふん。その通りね。お前の取り分が三百万コイル、そこのそいつが百万コイル、この子が五十万コイル、こいつらが一人十万コイルずつってことになるようね』
……。
どういうことだ?
『分からないの? 馬鹿なの?』
『ああ、分からない。どういうことだ?』
俺がコックローチを倒したのに分配される?
『ふふん、戦闘貢献度による分配でしょ』
戦闘貢献度?
『コックローチとの戦闘を何処かから見られていたということか?』
『そういうことでしょ』
見られ、それを元に賞金が分配される?
……。
分配だと。
いや、それも問題だが、それよりも問題がある。見られていたとなると大きな問題がある。
『お前がグングニルを使ったところも見られたのか? 大丈夫なのか?』
オフィスはマザーノルンの組織だ。セラフはマザーノルンのものであるグングニルをハッキングして使っているはずだ。バレて問題無いのだろうか?
『はぁ? 馬鹿なの? 私がそんなヘマをするとでも? ちゃんと遮断して使っているから』
今のところは問題無いのか。さすがはセラフ、と、一応、言っておこう。だが、これ以上連発するのは不味いかもしれない。
にしても、分配、か。
まぁ、ウルフの戦車からパンドラを借りたのは確かだ。それを貢献と言われてしまえば確かにそうだろう。エムたちが残党狩りで活躍したのも確かだ。
仕方ない、か。
だが、五百万コイルが手に入ると思っていただけに少しショックだな。カスミの分と合わせても三百五十万コイルか。
……。
オークションで足りるだろうか。
『それで、その賞金はもう振り込まれたのか?』
『はぁ? まだ領域を手に入れてない場所でそんなことが出来る訳が無いでしょ。少し考えれば分かるのに馬鹿なの? 窓口で処理しなさい』
俺は肩を竦める。
俺が出来ることは、せいぜい、ウルフの懐が痛むほどの服を買って、溜飲を下げることくらいか。




