002 ガロウ
何処までも広がる砂漠を一台のクルマが走っていた。
「時はまさに世紀末ーって言うけどさー、世紀末って何だ?」
「この世の終わりってことじゃないか」
悪路での走行を想定されたクルマでは一組の男女がそんなことを喋っていた。
「さすがはガレットにぃ、物知りだな!」
「ガロウ! それよりも、そっちは?」
オープンカーのように屋根が取り外されたクルマを運転していた男がハンドルを握ったまま後部座席へと振り返り、クルマの後方へ機銃を撃ち続けている女に話しかけていた。
「ガレットにぃ、数が多い」
クルマの後部をくり抜いて取り付けられた銃座付きの機銃が火花を飛ばし、迫っているそれらを貫いていく。
それは異様な一団だった。
「ひゃっはー、クルマを寄こせー」
「クルマ、クルマだぜー」
銃の砲身に足がくっついたような機械に跨がった男たちがクルマを追いかけている。異様な集団、その数は十を超えていた。
「ひっはー、撃て、撃つぜー」
男たちは自身が跨がっている砲身を叩く。するとそこから銃弾が飛び出した。だが、その銃弾がクルマに当たることは無い。次々と砲身から放たれる銃弾をクルマの前に生まれた透明な壁が弾き返していく。
「ガロウ、今は日中だ。パンドラも充填出来る。弾は気にせず使え。シールドに使う方が勿体ない」
「わーったよ。あー、もうターゲット前に野良バンディットに出くわすなんてついてない!」
「ガロウ、野良じゃないバンディットなんて居ない」
「ガレットにぃ、ツッコむのそこかよ!」
機銃から放たれた銃弾が迫るバンディットたちを貫いていく。バンディットの体が吹き飛び、動く砲身から落ちる。砲身から落ちたバンディットを後続のバンディットたちが踏み潰していく。
迫るバンディットたちを次々と吹き飛ばしていく。
「俺、バードアイのガロウ、そしてスティールハートのガレットにぃ、クロウズ最強の妹兄に野良バンディットごときが挑むなんて百年早いぜ」
「ガロウ、野良じゃないバンディットは居ない」
「ガレットにぃ、ツッコむのそこかよ!」
喋っている間も機銃が唸りを上げバンディットたちを貫き続ける。そして、バンディットたちはその数が半分ほどまで減ったところで回れ右をして逃げだした。
「たく、あいつらさー、いつも不思議だけどさ、どうやってマシーンを手懐けているんだよ!」
「さあな」
「ガレットにぃでも分からないかー」
女が機銃から手を離し、助手席へと飛び移る。
「あの追い剥ぎどもにだけ伝わる伝統技術的な何かがあるのかもしれない」
「えー、あいつらにそんな知能があるとは思えないぜ」
「バンディットの生態は謎だからな。同じ人とは思えない」
「ガレットにぃ、何気に酷いこと言ってない?」
「言ってない」
クルマが砂漠を走る。
目標の地点を目指し走る。
「ガレットにぃ、そろそろだぜ。たく、野良バンディットのせえーでさー、随分と遅れたぜ」
「ああ、分かってる。まだ情報にあったポイントまで距離があるな。だが、ガロウ、一応準備を」
「ガレットにぃ、了解だぜ」
ガロウと呼ばれた女が指を振り、後部座席をくり抜いて取り付けられた機銃の方へと向かう。だが、その次の瞬間だった。
何か強い衝撃を受けたようにクルマが大きく揺れる。
「ガロウ、大丈夫か!」
「ガレットにぃ、こっちは大丈夫だぜ。だけどさー、この距離から射撃かよ! 情報になかったじゃねえか、サボってんじゃねえぞ、オフィスの連中!」
ガロウが口汚く叫ぶ。
「さっきの一撃でパンドラの残量が一割も減ってる。情報に無いが遠距離型のビーストだったようだな」
「ガレットにぃ、どうするんだよ!」
「こうする」
クルマが急加速する。女が慌てて機銃を掴む。
先ほどまでクルマが走っていた場所に次々と爆発が起こる。
「ガレットにぃ、正面!」
「突っ込む」
クルマの正面に生まれた爆発――クルマが突っ込む。
クルマが爆発を抜ける。
「くっ、遮蔽物の無い砂漠だとさすがに……ガロウ、捕捉出来るか?」
「ガレットにぃ、右、砂丘ミミズだ!」
爆発の音に引き寄せられたのか、走るクルマと同じサイズのウネウネとしたものが砂中を泳ぐように迫っている。
「無視だ、無視。小遣い稼ぎをしている余裕は無い。突っ込む。幸い、最初の砲撃と比べて爆発の方はたいしたことがない。最悪、砲弾だけ避ければ良い!」
「俺が言うのもなんだけどさー、ガレットにぃ、無茶苦茶だぜ」
「ガロウには言われたくないな」
「しゃーなしだぜ。全開で行くぜ。ガレットにぃ、右、次は左だ」
クルマが次々と生まれる爆発を突き抜け、飛んで来る砲撃だけはギリギリで何とか避け、走って行く。その後ろをウネウネとしたミミズが追いかけていく。
「ガレットにぃ、見えた!」
「射程距離までは?」
砂漠の中に異様な生物が浮かんでいる。それはエイのような姿をしていた。大きさは十メートルほどだろうか。エイが砂漠に居ること、十メートルもの巨体だということ、空に浮かんでいること、どれもが異常なことだ。だが、一番の異常はそのエイの背中に巨大な銃身が取り付けられていることだった。銃身の横にはミサイルポッドのようなものも取り付けられ、そこから次々と何かが放たれている。
女が機銃を振り回し弾を飛ばす。そのいくつかがエイに当たる。
「ガレットにぃ、まだ遠い。この機銃だと届かない。ダメージにならないぜ」
距離が近くなったからか、エイの背中に取り付けられた銃身からの砲撃が激しくなる。ミサイルポッドのようなものから放たれる爆撃、銃身から放たれる砲撃。激しい二つの攻撃によってクルマが近寄れない。
「ガロウ、パンドラ生成の弾はストップだ」
「はえ? ガレットにぃ、どうするんだ? 今はNM弾しか積んでない。赤字になるぜ」
「パンドラはシールドに回したい。赤字分は情報が間違っていたオフィスに請求するさ」
「ガレットにぃ、了解だぜ」
女が後部座席に転がっていた箱から弾薬を取り出し、機銃に繋げていく。
「へへへ、久しぶりのパンドラ生成以外の弾だぜ。しかも貴重なマテリアル弾だぜー」
先ほどダメージにならないと言ったばかりの女が機銃に取り付き、そのトリガーを動かす。機銃が唸りを上げ、銃弾を飛ばしていく。
「おい、撃って良いと言ったが無駄撃ちはするな」
「ガレットにぃ、妹を信じなよ。見なよ、さすがはNM弾だぜ。この距離でも効いている」
機銃から放たれた銃弾が巨大な空飛ぶエイをのけぞらせる。だが、それでもその背中に取り付けられたミサイルポッドのようなものからは何かが放たれ続けている。
「ナイスだ。砲身が上を向いている。今のうちに距離を詰める」
クルマが走る。無数の爆撃を受け、その中を透明な壁に守られながらクルマが走る。
「ここからは俺の距離だぜぇぇぇーー!」
女が叫び機銃を振り回す。次々と放たれる銃弾がエイを撃ち抜いていく。そしてクルマが空飛ぶエイへと突っ込み、その下をくぐり抜ける。
次の瞬間、巨大な空飛ぶエイが力を失ったようにふらふらと揺らめき、砂漠へと落ちた。
「やったぜ」
「やったぜじゃない。使って良いとは言ったが使い過ぎだ」
「いや、あのよー、久しぶりのマテリアル弾だったから、ちょっと、うん、まぁ、たまには赤字もさー」
「はぁ、ガロウ、お前……。仕方ない、あのビーストが使えるパーツを持っていることを祈ろう」
「お、おう、そうだぜ。ガレットにぃ、遠距離から攻撃してくるほどのビーストだ。くっついているパーツも高値になるはずだぜ」
「ガロウが撃ちすぎて壊れてないと良いな」
「な、ははははは」
機銃を振り回していたガロウが笑い、助手席へと滑り込む。
「笑い事じゃあない」
ガレットがハンドルを動かし、落ちたエイの方へとクルマを戻す。
「まぁ良いじゃん、ガレットにぃ、砂丘ミミズも俺たちの戦いに恐れを成したのか逃げだしているみたいだしさ」
「砂丘ミミズにそんな賢さは無いと思う。話を誤魔化すな」
「いや、意外と賢いかもしれないぜー」
砂漠の広がる荒廃した世界。そこでは様々な困難が人々を襲っていた。機械と融合し人々を襲う動物、旧時代が残したと思われる狂った機械たち、そして何処にでも現れる追い剥ぎたち――生きるのが、生き残るのだけでも困難な世界。
だが、そこでも人々はしぶとく生き抜いていた。
人々を守るため、生き抜くため、旧時代の遺産を手に戦う者たち。
彼らはクロウズと呼ばれていた。
◇◇◇
オフィスに入った女――ガロウの足が止まる。
「あ、やべ、今日の窓口担当、カスミ姉さんだ」
そして隣に立っている兄の顔を見る。その顔は普段から考えられないほど情けない表情でだらしなく歪んでいた。
「えーっと、ガレットにぃ、分かっている……よな?」
「あ、ゴホン。分かっている。ガロウ、兄を信じろ。これでもプロのクロウズだ」
兄のガレットがだらしなく歪んでいた顔を引き締め、窓口の女性の元へと歩いて行く。
「ああ、ガレットさんお帰りなさい」
窓口に座っているおっとりとした女性が兄妹の姿に気付き話しかけてくる。
「あ、ああ。カスミさん、ちょっと良いかな」
「はい、何でしょう?」
窓口のお姉さんはほんわりと首を傾げている。
「カスミさん、例のターゲット、情報に無い距離から攻撃をしてきたよ」
ガレットの言葉を聞いたカスミは口に手を当て、わざとらしいくらいに驚いている。
「まぁ、そうだったんですね。でも、それを倒してくるなんて、さすがはスティールハートのガレットさんです」
そのカスミの言葉を聞いたガレットは照れたように頬を掻いている。
「いや、まぁ、俺たちだから勝てた」
そのままガレットとカスミは見つめ合い良く分からない空間を作っていた。そんな二人の様子を見ていたガロウが二人の空間を邪魔するように大きな咳払いをする。
「あのさ、ガレットにぃ、違うだろ」
「いや、俺たちだから勝てた。うん、良かったよな?」
ガロウは、自分を見ている兄の表情を見て大きなため息を吐き出す。
そして、窓口の方へ身を乗り出す。
「カスミ姉さん、ガレットにぃじゃあ話にならないから言うけどさ、あの賞金首になっていたエイを倒すのにさ、情報が無かったせえぇでさ、こっちは貴重なマテリアル弾を使うことになったんだよ。マテリアル弾だよ、マテリアル弾。しかも絶対防衛都市製のクソ高いヤツだよッ! 機銃で使える特殊弾って少ないんだぜ! 長距離攻撃戦なんてさー、あーいうのはさ、大砲がくっついている長距離攻撃型のクルマを持っているヤツらのターゲットじゃないのか。機銃がメインの俺らみたいなのは数で来るような、それこそ野良バンディットを潰すとか、そういうヤツらからの護衛とかの方が向いているんだよ」
「ガロウ、野良じゃないバンディットは居ない」
「ガレットにぃは黙ってて」
ガロウがガレットを睨み付ける。
「あ、ああ」
ガレットが頬を掻き、困ったように笑う。
「それでさ、カスミ姉さん、情報が無かったせぇでさ、俺ら向きじゃあないターゲットに向かわされて損失が出ているんだぜ。パンドラの消費も多いからさ、充填が終わるまで狩りに行けない。そこら辺はさー、少し考えてくれても良いんじゃあないかな」
ガロウが窓口のカスミの方へさらに身を乗り出す。
「賞金はオフィスが用意したものではないので増やすことは出来ません。消耗品の補填も難しいです」
「いや、でもさ……」
カスミはガロウのその言葉を手で止め、ガレットとガロウ、二人の顔を見る。
「お二人が持ち帰った賞金首のビーストパーツ、その高射砲を一割増しで買い取ります。状態はあまり良くないようですが、それでも欲しがるクルマ乗りは居ると思いますから、どうです?」
「カスミ姉さぁん、そこはさー、三割くらいは増してくれても良いんじゃない?」
そんなガロウの言葉を聞いてもカスミは微笑んでいるだけだ。
交渉が続くと思われた、その時だった。
「おいおい、バードアイの嬢ちゃん、オフィスでそんな図々しいことを言っているとクロウズの資格を剥奪されるぜ」
話し込んでいるガロウの後ろから声がかかった。慌てて振り向いたガロウの前に立っているのは全身が鋼で出来ているかのような巨漢だった。
「んだよ、ハゲじゃねえかよ。カスミ姉さんが、そんなせせこましいことするかよ」
「あーんだと、俺をハゲって呼ぶんじゃねぇ。通り名のナイトガイと呼べ、ナイスガイのナイトガイってな」
鋼のような巨漢がニカッと笑う。
「んだと、筋肉ゴリラ。何処がナイトでガイなんだよ。うっせーんだよ、ハゲ」
「バードアイ、てめぇ、俺はハゲじゃねえ。こういう頭なんだよ!」
「だからハゲだろうが、ハゲ。ヨロイが無ければ何も出来ない筋肉だるまだろうがよぉー」
ガロウが飛び上がり、岩のように硬くなっているナイトガイの頭をぺちぺち叩く。
「言ったな、この野郎。お前だってクルマが無ければ、か弱いお嬢だろうが」
「俺は野郎じゃねえぞ、ハゲ。白兵戦だって得意だってぇの」
ガロウが腰に差している刃渡りの長いナイフを見せびらかすようにペチペチと叩く。
「お、武器頼みか?」
「んだと?」
ガロウがナイトガイにぺちぺちと弱いローキックを当てる。
「おい、バードアイ、足は止めろ、足は。洒落にならないだろうが」
「白兵戦云々を言い出したのはお前だろうが、ハゲ」
「誰が、ハゲだ。白兵戦云々を言い出したのはお前だろうが。もう我慢ならねぇ、勝負だ」
「おう、受けて立つぜ。どっちが先に潰れるかだな。また勝たせて貰うぜ」
ガロウとナイトガイが肩をいからせ仲良くテーブルへと向かっていく。
「あのー、ガレットさん……」
窓口のカスミは困ったような顔でガレットの方を見る。
「カスミさん、さっきの条件でお願いします」
「はい、分かりました」
ガレットがオフィスでの手続きを終え賞金を受け取り、妹のガロウとナイトガイが待っているテーブルに向かうと、そこには完全に出来上がっている二人の姿があった。
「ガレットにぃ、遅いぜー」
酒瓶をゆらゆらと振り回しているガロウ。
「俺はまだ、よ、余裕だ!」
あらぬ方を見て叫んでいるナイトガイ。
「んだとぉ、ここがもふもふになってから言いやがれ。もふもふ、もふもふ」
ガロウがナイトガイのもふもふどころかすべすべな頭をぺちぺちと叩く。
そんな二人の姿を見てガレットは大きなため息を吐き出す。
「おい、ナイトガイ。聞いたぞ、明日、オフィスの依頼で動くんだろ。大丈夫なのか?」
「ん? ガレットにぃ、こいつ、もう行くのかよ」
ガロウが酔って濁った瞳でガレットを見る。
「みたいだな」
「あ? バードアイ、悪いか? 最悪、タブレットで酒精を吐き出すから問題ないぜ」
ナイトガイは壁に向かって話しかけている。
「せっかくの酒が勿体ねぇ、だからハゲるんだよ」
「んだと、ハゲは関係ないだろうが、ハゲはよぉ!」
ガロウとナイトガイの二人は何が楽しいのか大きな声で笑い合っている。
「ガロウも気を抜きすぎだ。いくら安全圏のオフィス内だって言っても限度があるだろう」
「ガレットにぃは固い、固すぎるぜ。だから、カスミ姉さんに一歩踏み出せないんだよ」
「な!」
ガレットが誰にも聞かれていないか確認するようにキョロキョロと周囲を見回し、安堵のため息を吐き出す。
「ははは、スティールハート、バレてないと思ってるのお前だけだぜ!」
誰もいない壁を指差しナイトガイが大きく笑う。
「うるさい」
ガレットはそれだけ言うとテーブルに着き、自分も飲み物を頼む。
「んで、ハゲ、明日の仕事は何だよ」
「あ、誰がハゲだ。簡単な仕事だってぇの。レイクタウンの近くにある村がごろつきに襲われているらしいからよ、守ってくれだってよぉ」
「レイクタウンの近くに村なんてあったか? にしてもごろつき? クソバンディットどもか? 何処にでも湧いてでるな」
ガロウはテーブルに突っ伏し犬のようにちびちびと酒の入ったコップをなめている。
「俺のヨロイがあればバンディットなんぞ一捻りよ!」
ナイトガイは壁に向かって話している。
「油断するなよ。ナイトガイ、何なら手を貸すぞ」
「そうだぜ、ハゲ。バンディットどもの掃討なんて俺ら向きの仕事じゃねえかよ」
ガロウとガレット、二人の言葉を聞いたナイトガイが首を横に振る。だが、その顔は相変わらず壁の方を向いたままだった。
「お前らは一仕事終えたばかりだろうが。まだパンドラの充填も終わってないだろ。気持ちだけ貰っておくぜ」
ナイトガイはそれだけ言うと酒瓶を持ち上げ、一気に飲み干す。
「ちっ、そうかよ。じゃあ、今日はハゲのおごりだな」
「んだと、お前ら、賞金が入ったばかりだろうが。こっちはこれからだぞ」
「うるせぇ、ハゲ。こっちは予想外に消耗が多くて赤字なの、あ・か・じ! ということで追加一本!」
「ああ、酒を飲む余裕も無いはずなんだがな」
ガロウが酒瓶を振り回し、追加の酒を頼んでいる。ガレットはそんなガロウを見て、もう一度大きなため息を吐き出していた。
◇◇◇
「ガレットにぃ、それマジかよ」
オフィスに併設された宿で休んでいたガレットが驚きの声を上げる。
「ああ。オフィスで聞いて来たから間違いない。ナイトガイの反応が消えた」
「あのハゲ! ホント、あのハゲ」
ガロウが宿のテーブルを叩く。
「壊すなよ」
「ガレットにぃ、行くんだろ? ナイトガイの反応はレッドサインじゃなく、消えたんだろ?」
ガロウの顔を見たガレットが大きなため息を吐き出す。
「そうだな。砂漠にも飽きてきたからな。湖まで遊びに行くのも良いだろう」
「いや、ガレットにぃ、そこは依頼を受けて行こうぜ。金は貰うべきだぜ」
ガロウはナイトガイの話を聞いた時よりも真剣な顔でガレットを見る。
「あ、ああ。そうだな」
「にしても、あのハゲ、反応が消えたって、ビーコンをつけて依頼に行ったのかよ。それだけ危険な依頼だって思って行ったのかよ?」
「慎重なナイトガイのことだ。万が一だろう」
「で、そのビーコンが消えたってことはオフィスはクロウズの誰かを捜索に出すだろ? 俺たちが行こうぜ」
「ああ。ナイトガイは、このウォーミの街で数少ないヨロイ持ちのクロウズだ。その反応が消えたとなればコトだ……そうだな、ガロウの言う通りだ。クロウズらしく依頼を受けて行くか」
「ああ。さっそく窓口に行こうぜ。ガレットにぃ、クルマ、大丈夫だよな?」
「ああ。セキュリティにしかパンドラは使っていないからな。もう充分充填されている」
「おっしゃ、ガレットにぃ、さっそく行こうぜ」
宿を出た二人がすぐにオフィスの窓口へ向かう。
「なぁ、ビーコンの反応が消えたハゲ……ナイトガイの捜索依頼がでてるだろ」
そのままガロウが窓口の受付担当に話しかける。
「あ、はい。でも、ナイトガイさんから保証として預かっているのは百コイルです。お受けしますか?」
窓口の女性の言葉を聞いた二人が顔を見合わせ頭を抱える。
「たった百だと! あのハゲ。ケチり過ぎだろ」
「ああ。その金額で受けるのは俺たちくらいだろうな」
依頼を受け危険な機械生物や盗賊などのならず者から人々を守る存在、クロウズ。彼らは何かあった時のために自身の命の保証としてオフィスにお金を預けることが出来る。報酬として支払われるその金額を聞いて依頼を受ける受けないは助けるクロウズたちの自由だ。
クロウズ――彼らは依頼を受け仕事をする。人々を守ることもある。バンディットと呼ばれるならず者たちや賞金のかかった危険な機械生命体、ビーストたちを狩ることもある。だが、決して正義の味方ではない。生きるため、金のため、力のため……彼らは自由だ。
「あのー、それでどうされますか?」
窓口の女性は困った顔で二人を見ている。
「受けるよ」
ガレットが頷く。
「あのさ、それとあのハゲが受けていた依頼も俺たちが引き継いで受けるぜ。問題ないよな?」
「あ、はい。反応が消えている時点で失敗の可能性がありますから、それは……多分、大丈夫です。問題が起きた時は当人同士の話し合いになりますけど、それで良ければ……」
「構わないぜ。あのハゲから有り金全部巻き上げてやるからさ。だから受けるぜ」
「分かりました。では手続きを行っておきます。場所はレイクタウンの南東にある開拓村、そこを襲っている、ならず者の排除ですね……ポンポンっと」
窓口の女性が座席に備え付けられた年代物のキーボードを叩き情報を入力していく。
「はい、これで完了です」
「ガレットさん、その依頼、受けるんですか」
「あ、カスミ先輩」
と、そこに窓口の奥からカスミが顔を出す。
「カスミ姉さん、受けるぜ。あのハゲを探すついでだぜ」
「あ、ああ。何か問題が?」
カスミが首を横に振る。
「あなたたち二人なら大丈夫だと思っています。でも、少し嫌な予感がして、アクシードと呼ばれる集団の姿をこの付近で見かけたという話もあります」
「最近、絶対防衛都市の周辺に現れるようになった危険な集団です。賞金もかかっているんですよ!」
カスミの言葉を窓口の女性が補足する。
「カスミ姉さんは心配性過ぎるぜ。俺とガレットにぃがどうにかなる訳ないぜ。アクシード? それってアレだろ、良く分かんないけど、要はさー、野良バンディットの亜種だろ。大丈夫、大丈夫だって。って、これ情報料を取られるような内容?」
「あ、大丈夫です。その情報は今から張り出す予定ですから」
窓口の女性がフォローする。
「それなら良かったぜ。じゃあ、ついでにそいつらの賞金も頂きだな! 楽勝だよな、ガレットにぃ……?」
「カスミさん、俺はクロウズになった時点で覚悟しているよ」
自信満々で楽天的なガロウと違い、ガレットが何故か思い詰めたような顔をしていた。
そのガレットがカスミを見る。
「だから、もし、この依頼が終わったら……」
カスミとガレットが見つめ合う。二人の世界を作っている。思い詰めたような顔をしていたのはこのための前振りだったようだ。そんな二人の様子を呆れた顔で見ているガロウ。そのガロウが何かに気付いたように動く。
「ちょっと待った、ガレットにぃ、ちょっと待った、待った待った。それフラグじゃん。縁起でも無いからやめて欲しいぜ」
「ガロウ、フラグとは?」
見つめ合っていたガレットがカスミから慌てて離れ、小さく咳払いをしてからガロウを見る。
「ガレットにぃ知らないのかよ。物知りなガレットにぃが? 死亡フラグってヤツだよ。それを行うと逃れられない死が待っているって行動だぜ!」
「聞いたことがあります。今でも外の世界だとフラグと言われて忌み嫌われているようです。でもガロウさん、よく知っていましたね」
楽しそうにガレットとカスミのやり取りを眺めていた窓口の女性が話に乗る。
「ふふーん、そりゃあ、俺たちクロウズだぜ。旧時代の遺跡に行くこともあるからな」
かなり得意気なガロウ。だが、それを聞いたガレットが大きなため息を吐き出していた。
「ガロウ、遺跡から手に入れたものをちょろまかしたのか」
「んだよ、ガレットにぃ、ちょろまかすって! ちょろってなんだよ!」
ガレットがもう一度大きなため息を吐き出す。苦労しているようだ。
「それじゃあ、カスミ姉さん、行ってくるぜ」
「カスミさん、行ってきます」
二人がオフィスを出て行く。
「カスミ先輩、この様子なら大丈夫じゃないですか?」
窓口の女性がカスミの方へ振り返る。
「はい。二人はウォーミの街でくすぶってて良いようなクロウズではないですから。乗り越えてくれると思っています」
カスミが微笑みを返す。だが目は笑っていない。
「ふふーん、先輩、二人が残っている理由って、何なんでしょうねー」
窓口の女性が楽しそうに笑う。
◇◇◇
「ガレットにぃ、また砂丘ミミズだぜ。狩ろうと思って探している時にはなかなか見つからないのにさー」
「ガロウ、小遣い稼ぎをしている暇は無い。今は時間が惜しい」
ウォーミの街を出て砂漠を横断する。
「お、新米どもが短機関銃で頑張ってるぜ」
「クルマやヨロイが無ければ大きな狩りは出来ないだろうからな。その点、この辺りなら手頃だろう」
そしてガレットとガロウの乗ったクルマが途切れ途切れの高架群が並び、その下を狂った防衛機械が闊歩する廃墟地帯を抜ける。
「ひゅー、ガレットにぃ、そろそろ夜が近いぜ。どうするんだぜ? レイクタウンまで足を伸ばす?」
「いや、パンドラの充填が出来ない夜に湖の向こう側までクルマを走らせるよりはこちら側にある、その開拓村とやらまで行った方が良いだろう」
「北側からまわればレイクタウンだったのにさー」
細長い棒のようなクッキーもどきを囓っていたガロウがぼやく。
「ガロウ、依頼の開拓村は湖の南側だ。森を抜けた方が手っ取り早い。行く前に説明したはずだ」
「はいはい、了解だぜ」
助手席のガロウはそれだけ言うとクッキーもどきを一気に飲み込み、腕を組んで目を閉じる。
「ああ、ガロウ。開拓村に着いたらたたき起こすから休んでいろ。この辺りなら警戒する必要もないだろう」
やがて森に囲まれた湖が見えてくる。そして、そこに作られた村の姿も……。
「ん?」
助手席で眠っていたガロウが何かの気配を感じ目を覚ます。ガロウが眠っている間に開拓村に着いたようだった。
薄目を開けたガロウが隣を見る。運転席にガレットの姿は無い。情報収集に出ているのだろう。そこでガロウは小さくため息を吐き出す。
「おい、そこのヤツ。それ以上、近寄るな。俺たちのクルマに触れるなら殺すぞ」
その近寄る何者かの気配で目を覚ましたガロウが警告を発する。
ガロウの背後から近寄ろうとしていた男が一瞬足を止める。だが、すぐに動き出す。
「聞こえなかったのかよ。それ以上近寄るなら、盗人――バンディットだと思って殺すぞ」
次の瞬間、歩みを止めなかった、近づいてきていた男の左手が宙を舞っていた。
「は、ひぃ! お、俺の左腕がああぁぁ」
ガロウの手にはいつの間にかナイフが握られている。そのナイフは近寄ってきていた男の血によって濡れていた。
「警告したはずだぜ」
「な、何にもしていないのに酷いじゃあないか! あんたらはこの村を守りに来たンだろ! それなのに酷いじゃあないか!」
「あ? 知るかよ。何を言ってるんだ? 寝言か?」
ガロウがナイフの血を払い落とし腰に戻す。そのまま助手席に座り直し、腕を組む。
「ガロウ、分かった。この森の奥に捨てられた工場がある」
ガレットの声――戻ってきたガレットの気配を感じたからだ。
「分かったぜ、そこが野良バンディットどもの巣になっているんだな」
ガレットが運転席に座る。
「ガロウ、バンディットは元から野良だ」
「ガレットにぃ、ツッコむのそこ?」
ガレットとガロウはいつものように、いつものやり取りをしている。
「お、おい! 俺を無視するなよ! 俺の左腕を! 謝れ!」
無視されていた男が叫ぶ。
「ガロウ、これは?」
「あ? ガレットにぃ、俺の警告を無視してクルマに近づいてきた馬鹿だぜ」
「そうか」
ガレットが男を見る。
「くそがよぉ! お前らなんてクルマが無ければ! 俺だってクルマがあれば、あんな、あんなよぉ! あんな、ならず者、俺たちで、俺たちだけで排除できるのによぉ! 金にしか興味が無いクロウズどもがよぉぉぉぉ! お前らだってあのならず者と一緒だ! クソが!」
男は無くなった左腕を押さえて泣き叫んでいる。
「そうか。再生はかなりの金がかかるからオススメしない。サイバー化したらどうだ? レイクタウンなら安価で機械化してくる医者もあるだろう」
ガレットは左腕を無くした男に向けてそれだけ言うと、男の存在を無視してハンドルを握る。
「なぁ、ガレットにぃ、なんで体を機械に変えるのに機械化じゃなくてさ、電脳化、何だろうな?」
「さあな。旧時代を生きている老人どもの言葉遊びは分からない」
「そっかー」
ガレットの言葉を聞いたガロウが頭の後ろで手を組み大きく座席にもたれかかる。
「クソが、死ね死ね」
無視された男が叫ぶ。
「はぁ、ガレットにぃ、森の奥に工場かよ、工場かぁ」
ガロウが顔を歪め、うんざりしたように呟く。
「ああ。こんな場所にも残っていたのか」
ガレットがクルマを動かし、開拓村を出て行く。
「クソが、クソがよぉぉぉぉ!」
夜の開拓村に無視された男の叫び声が残された。
「んで、ガレットにぃ、あの開拓村で一泊するんじゃないのかよ。夜だぜ?」
「休めるような場所じゃなかったからな。それに目的地は森の奥だ。クルマで向かうのは難しい。それなら逆に夜の方が良いだろう」
「村を守るってぇのならさ、俺たち向きなんだけどな。森の奥かよ。それこそヨロイ持ちのハゲの独壇場じゃねえかよ。それなのに、あのハゲ……どうなってやがる」
「ガロウ、クルマが使える場所までおびき出すか?」
そう言ったガレットは少しだけ困った顔をしていた。
「んにゃ、ガレットにぃ、大丈夫だぜ。今夜は静かな夜だからさ、俺に任せてくれよ」
「ああ。頼む」
ガロウの言葉にガレットが頷きを返す。
「なぁ、ガレットにぃ、その工場ってさ、何を作っていたんだろうな」
ガロウがぽつりと呟く。
「さあな。俺たちは旧時代なんて言っているが年寄り連中の世代の時は旧がついていないからな。レイクタウン辺りになら知っている老人が生き残っているかもしれないな」
ガレットはそんなガロウのつぶやきを拾う。
「んなるほど。大戦を生き延びたクソジジィどもに聞けば分かるかもしれない、か」
「稼働していたら厄介だ。情報を集めてみるか?」
「いや、そこまで興味はないぜ。大丈夫だぜ。今は時間が惜しいって言ったのはガレットにぃじゃん」
「そうだな」
クルマが森の中を走る。
そして湖に隣接するように建てられた工場――その廃墟が見えてくる。
「じゃ、ガレットにぃ、サクッと探索に行ってくるぜ」
「ああ。無理はするなよ」
「ガレットにぃは妹を信用するべきだぜ」
「してるさ」
刃渡りの長いナイフを持ったガロウがクルマから飛び降りる。そして、そのまま夜の闇に隠れていく。
◇◇◇
ガロウが廃工場を囲っていた柵に手をかけて乗り越え、四角い箱のような建物に近寄る。ガロウはそのまま建物の壁に張り付き周囲を見回す。
「巡回しているようなヤツらは無し、と」
口の中で小さく呟いたガロウは建物を改めて見る。草は伸び放題、ところどころが崩れ落ち、木々が絡みついた――どう考えても稼働していない廃工場だ。
「中はそこそこ広そうだけどさ、建物は一個だけかよ。AYO工場群と比べれば小規模だな」
ガロウは周囲を警戒しながら中に入れる場所を探す。
「っと、お?」
壁を曲がり、その先に進もうとしていたガロウが慌てて戻り、壁に張り付く。そして、そこからゆっくりと顔を覗かせ向こう側を確認する。そこは廃工場の壁が破壊され入り口代わりになっていた。そしてその場所を守るように武装した四人の男が立っている。
「武器はアサルトライフルかぁ? いくらバンディットが相手でもさ、さすがに突っ込むのは無謀か? どうかなぁ。他に入り込めそうな場所は無いかな」
ガロウは小さく口の中で呟き、動く。来た道を戻っていく。
そして見つける。
「ここから侵入出来るかな」
廃工場に絡みつくように伸びた木が壁の上部分を破壊し大穴を開け、中へと入り込んでいる。ガロウは絡みついた木を器用に駆け上がり、建物の壁の縁へと取り付く。そして壊れ、開いた穴から建物の中をのぞき込む。警戒しているのかガロウはまだ侵入しない。
……。
ガロウがいつの間にか拾っていた石を廃工場の中へと投げ入れる。そして耳を澄ますような格好でしばらく待つ。
「奥に弱い反応が一つ、と。後は途中で二つほどか」
ガロウがもう一度石を投げ入れる。
「ん? 野良バンディットにも少しは優秀なのが居るのかよ」
ガロウが口の中で呟く。そのまま開いた壁の縁に手をかけ目を閉じる。静かに廃墟の中の音を拾う。
「こっちで音がしたよな?」
廃工場の奥からキョロキョロと周囲を警戒したゴーグル姿の男が現れる。
ガロウが目を開け、動く。刃の長いナイフを持ち壁上から飛び降りる。そして、そのままキョロキョロと警戒していたゴーグル男の上からナイフを突き刺す。
「ご、ぽ」
ゴーグル男が何かを喋ろうとする。だが、その喉はガロウのナイフによって貫かれ、声の代わりに血の泡だけがあふれ続ける。そしてすぐに動かなくなる。
「ふ、ん? 野良バンディットにしては良いものを持ってるじゃん。見たことも無いアサルトライフルだな」
ガロウが息絶えたゴーグル男の持ち物を物色する。
「持ち物は良さそうだけどさ、雑魚は雑魚だな。これなら大丈夫か」
ガロウはゴーグル男の死体を、転がっているコンクリートの残骸の下へと蹴り飛ばす。隠したとは言えないような死体の隠し方だが、夜の闇の中ならこれで充分だとガロウは考える。ゴーグル男が持っていた武器も同じように蹴り飛ばし隠す。ガロウは武器を拾わない。
そしてそのまま飛び上がり、先ほどの壁の穴から工場の外に戻る。鼻歌でも歌いはじめそうな陽気な足取りで四人の男たちが守っていた入り口へと歩いて行く。
ガロウが曲がり角に隠れて先ほどと同じように石ころを投げ飛ばす。
「んあ、だ、誰か居るのか?」
「風だろ」
「は? ビクつき過ぎじゃねえか」
「たくよぉ、こんなクソ田舎でよぉ」
だが、ゴーグルの男たちは動かない。
ガロウが少し苛々した様子で先ほどよりも大きな石を拾い、再び男たちの方へと投げる。
「ん、んあ!? 人の気配か?」
「風だろ」
「は? さすがにおかしいんじゃねえか? 見てくるぜ」
「たくよぉ、俺も一緒に行くぜ」
アサルトライフルを構え、周囲を警戒しながら二人の男が入り口から離れていく。二人が廃工場の角を曲がる。
「は?」
「な、何だよ」
だが、そこには誰も居ない。ガロウの姿は無かった。
「くそ、もう少し探すぞ」
二人がアサルトライフルの銃身で膝まで伸びた雑草を掻き分け、人の気配を探す。だが何も見つけることが出来ない。
「たくよぉ、結局、風かよ」
「は? 俺が悪いのかよ。殺すぞ」
「ひぃ、やだ、怖いー」
ゴーグルの男たちが体を震わせ笑いながら入り口へ戻る。
「は?」
「あいつらサボりかよ。兄貴に怒られても知らねえからな」
だが、そこには誰もいない。入り口に残っていたはずの二人の姿が消えていた。
「あ!?」
その二人の頭上から何かが降ってくる。ゴーグルの男たちが慌てて手に持っていたアサルトライフルの引き金を引く。夜の静寂の中に閃光と音が響く。そして血しぶきが舞う。
「はぁ、はぁはぁ、やったか」
「やったぜ」
二人の男がアサルトライフルによってズタズタになったそれを見る。
それは入り口を守っていたはずの男だった。喉を斬り裂かれさらに先ほどの銃撃によってズタズタの血袋と化している。
「は!?」
「なんで!?」
ゴーグルの男たちの手が驚き止まる。
「ばぁ」
ゴーグルの男二人の足元から突如ガロウが現れる。姿が消えていた訳では無い。ガロウは出来る限り気配を消し男たちの視界から隠れていただけだった。
ガロウが手に持っていた刃渡りの長いナイフを振るう。右、左へと素早く振るう。
「あが、あが」
「ひ、ひが、ひが」
一瞬にしてゴーグルの男二人の喉元から真っ赤な血がほとばしる。
「うわ、汚ねぇ」
ガロウが慌ててほとばしる血しぶきから飛び退く。
「やっぱさー、持っている武器が良くてもさー、頭の悪い追い剥ぎ連中だとこんなもんだよなぁ」
ガロウはのんびりとした足取りでナイフを振り払って血を飛ばし、ゴーグル男たちが守っていた入り口から廃工場の中へと歩いて行く。
崩れて入り口代わりになっている壁の穴から廃工場へと侵入したガロウが小石を投げる。
一つ、二つ、三つ。
何度も小石を投げる。
「ん、んー。反応は二つか。奥に弱々しい反応って感じか? 後の一つは野良バンディットだな。コイツらも雑魚だったしさ、このまま突っ込むか? どうしようかなー。あんまり油断するなってガレットにぃには良く言われるけどさ、雑魚相手にどう油断するんだって話だよなー」
ガロウは独り言を呟き我が物顔で廃工場の中を歩く。
「稼働している機械も無いみたいだし、破棄されるのも当然か。あー、ん? あるじゃん、機械の残骸がさー。これ、さっきのバンディットどもが壊したのか? にしては……」
薄暗い廃工場の中にはいくつか機械の残骸が転がっていた。それらは先ほどまで動いていたかのように手入れのされた機械たちだった。
「ん?」
ガロウが足を止める。そして周囲を見回しまた歩き出す。
「機械の稼働音が聞こえた気がしたけどさ、気のせいか?」
ガロウは動かない機械たちを横目に余裕の足取りで廃工場の中を歩いて行く。そして、反応のあった部屋に辿り着く。
「お、おま……」
そこにはアサルトライフルを持ったゴーグルの男が居た。だが、そのゴーグル男がガロウの姿に気付き何かを喋ろうとする前に、ガロウが投げ放ったナイフによって喉を貫かれていた。
「はい、雑魚ー」
ガロウは余裕の足取りで部屋の中へと入り、ゴーグルの男が守っていた金属製の檻まで歩いて行く。そしてゴーグル男の喉に刺さったナイフを引き抜く。
「ち、お前……か、よ」
檻の中に居た男が声を掠れさせながら喋る。
「何だ、ハゲ、生きていたのかよ」
それはナイトガイだった。手足が変な方向へとねじ曲がり体中を自身の血によって真っ赤に染めた姿で檻の中に入っている。
「お、おい……武器を、投げる、ヤツがある、か」
「良いんだよ、ハゲ。ここのヤツらはもう全部殺した。反応はねえからさ」
「さ、すが……は、バードアイ、か」
「にしてもよぉ、ハゲ、こんな雑魚に負けて捕まるとか情けねぇな。戻ったらクロウズを引退してブマット売りでもしてたらどうだ」
ガロウが楽しそうに笑う。
「お、おい。あいつら……は、俺を餌に、何故、か……クロウ、ズのタグの仕組みも」
手足が折れ曲がったナイトガイの横にクロウズの証であるタグが真っ二つになって落ちている。
「あ? あー、はいはい。難しいことは戻ってから言いやがれ。とりあえずカプセルでも飲んどきな。少しはマシになるだろ」
ガロウがナイトガイの口に青色のカプセル剤を投げ込む。
「す、まん」
「ハゲのくせに考え過ぎるからハゲるん……あ?」
ガロウが動く。
頭上から何か煌めく線が落ちてくる。ガロウが慌てて檻の前から飛び退く。
そのガロウを追うように剣閃が煌めく。ガロウは身を屈め、転がるように距離を取り腰のナイフを引き抜き迫る刃を弾く。
「何処に隠れてやがった! 反応は無かったはずだぞ!」
それは鍔の無い刀――長ドスを持った鉄仮面の男だった。ガロウが鉄仮面の男を見る。
「ヨロイ……いや、おいおい、まさか全身を機械化したような馬鹿野郎なのか!」
テンガロンハットとポンチョを身につけた全身金属の男。鉄仮面の男がテンガロンハットの鍔を持ち傾きを直している。
「なかなか良い反応だ。それに良い武器を持っている」
鉄仮面の口が開き、トラバサミのような歯を見せる。そして、その奥からは色々な音を合成して作られたかのような電子音の声が発せられていた。
「ああ、良い武器だぜ。旧時代の遺跡で見つけた刃こぼれしない便利なナイフだぜ」
ガロウが鉄仮面の男の言葉に応え、ナイフを振るう。
「ほう。それは是非、私のコレクションに加えたいところだ」
「あ? 誰がやるかよ。人のものを奪ったら泥棒だぜ? ああ、バンディットだったか」
ガロウのナイフと鉄仮面の長ドスがぶつかり合う。火花を飛ばしながら弾けるように刃と刃がぶつかり合う。
「これだ」
「何がだよ!」
刃と刃がぶつかる。
「近接距離だからこそ味わえる、この感触。刃を伝って感じる命を斬り裂く感触。これこそが至高。女、お前の肉を切らせて貰う」
「は、何を言ってやがる。機械化しているヤツが感触? 何も感じねえだろ」
刃と刃が絡み合う。
「生身で機械腕と拮抗するだと……女、お前、見たままではないな?」
「あ? お前がバンディットらしく安物を使っているだけだろ」
ナイフと長ドスをぶつけ合い、にらみ合っていた二人が動く。
ガロウが下蹴りを放ち、鉄仮面がそれを金属の足で受ける。
「くそ、カテぇ」
ガロウが呟く。その声を聞いた鉄仮面が口を開け、笑い声のような電子音を響かせる。
だが、
ガロウは止まらない。下蹴りを放った体勢のまま廻る。絡み合ったナイフを滑らせ、そのままコマのように廻る。回転を加え、その力でナイフを振り下ろす。
鉄仮面の機械の腕が宙を舞う。宙を飛ぶ機械の腕から長ドスがこぼれ落ち地面に刺さる。
ガロウが回転を止め、着地する。
「な? 良い武器だろ。刃こぼれしない硬さがウリだけどさ、こうやって力を加えれば機械連中だって斬り裂くぜ」
鉄仮面が慌てて飛び退き、警戒したように距離を取る。
「こんな辺境に、これだけの……良いだろう。私はアクシードの用心棒ドラゴンフライ。女、名前は?」
「は! バンディット連中に名乗るような名前なんてないぜ」
ガロウが笑う。
「自惚れか。女、勘違いするなよ。辺境のクロウズにしては、やると言うだけだ。最前線ではお前程度の腕のものは掃いて捨てるほど居る!」
鉄仮面が残った腕でポンチョの下から新しいナイフを取り出す。
「あ? その落ちた武器を拾わねえのかよ。待ってやっても良いんだぜ。そんな料理に使うようなちっぽけなナイフで何を斬るつもりだよ」
「無知な田舎者に教えてやろう」
鉄仮面がナイフを持ち、駆ける。ガロウのナイフと鉄仮面のナイフがぶつかり合う。その瞬間、ガロウの体が揺れる。
「あ、ががががが」
ガロウが手に持ったナイフを取り落としそうになりながらも素早く後方へと飛び退き、何とかナイフを握り直す。
「何をしやがった! それに、その嫌な音、何が!」
鉄仮面がトラバサミのような口を大きく開ける。
「このナイフには切れ味が良くなる魔法がかかっているのだよ。しかし、このナイフの一撃を受けても刃こぼれしないとは、そのナイフ、ますますコレクションに加えたくなったぞ!」
「くそ、そいつも旧時代の遺産かよ」
「ふふふ。ヤツとは相性が悪いからとこのような場所で待機していたが、こちらが当たりだったようだ」
鉄仮面が楽しそうな様子でナイフを手の中でくるくると回す。
「おっと、危ない、危ない。この音は私の体も簡単に斬り裂くのだからな」
ガロウが鉄仮面を見る。そして、檻の中に囚われたナイトガイを見る。
「ナイトガイ、すまねぇ」
「仕方……ねえな。ドジ、踏んだ、お……れが悪いのさ」
ナイトガイがガロウの方を見て笑う。死を覚悟した生き残るものへ贈る笑いだ。
ガロウがナイフを、刃を下に、逆手に持つ。そして、身を屈ませる。
「何をするつもりだ?」
鉄仮面がナイフを構える。それを見てガロウが動く。
走る。
鉄仮面とは逆方向。ナイトガイの檻からは離れる方向へと一気に駆け出す。
「まさか仲間を見捨てて逃げるつもりなのか!」
「そんなハゲ、知らねえよ」
ガロウが逃げ出す。
振動するナイフを持った片手の鉄仮面が慌ててそれを追う。
「ちっ、機械野郎、足が速いな」
ガロウが走りながら転がっているコンクリート片を拾い、投げる。
「生身が! 強化された私から逃げ切れるつもりか」
ガロウが走りながら振り向き、鉄仮面の動きを牽制するようにコンクリート片を投げる。だが、当たらない。鉄仮面が音を置き去りにするほどの加速でガロウに迫る。
嫌な音を纏ったナイフが逃げるガロウの背後から迫る。ガロウが身を屈めナイフを避ける。逃げるガロウの背後から――死角から迫るナイフをガロウは避け続ける。
「くっ、ちょこまかと」
「おあいにく様だぜ。見るのは得意なのさ」
ガロウの前に部屋の出口が、通路への道が見えてくる。
「逃がさん」
鉄仮面がさらに速度を上げる。それを見たガロウが足を止める。
「ああ、同意だぜ。逃がさねえよ」
そしてガロウは手に持ったナイフを投げ放った。
「苦し紛れか。女、何処を……?」
そう呟いた鉄仮面の動きが止まる。
鉄仮面の驚きを伝えるように廃工場が揺れる。
「まさか、女!」
「この廃工場、傷みすぎてるよなぁ。そう思うだろ?」
廃工場の天井が揺れ、パラパラと粉が落ちてくる。天井が落ちてくるのは時間の問題だ。
「さっきのナイフか! くっ、女、幸運に……」
「違うぜ。狙っていたのさ」
ガロウは笑う。
「だが、ここから逃げれば……」
「だから言ったろ。逃がさねえってさ」
ガロウが蹴りを放つ。
「生身の蹴りで何とかなると……うごぁ」
ガロウの蹴りが鉄仮面の男の腹にめり込む。
「ああ、さっきの蹴りは本気じゃ無かったんだよ。これが俺の本気だぜ。武器がナイフ一本だとは誰が言った? 俺の足が武器だぜ」
ガロウが足を動かし持ち上げる。そして、その鉄仮面へと叩きつける。
「があぁぁ」
「機械でも悲鳴を上げるなんて器用だな」
天井から無数の瓦礫が落ちてくる。鉄仮面の男とガロウが瓦礫に飲まれていく。
◇◇◇
瓦礫の中からガロウが姿を現す。
「機械野郎は何処だ?」
パラパラと粉が落ちる中、ガロウが鉄仮面を探す。
「女、見事だ」
そして瓦礫に押し潰された鉄仮面を見つける。
「ちっ、しっかりと生きてやがる。トドメを刺させて貰うぜ」
ガロウが足を持ち上げる。
「あ、ん?」
そのガロウの動きが止まる。足をおろし、そして脇腹へと手を伸ばす。そこからは真っ赤な血が流れ落ちていた。
ガロウがゆっくりと振り返る。
「銃撃? なんだ……と」
そこには機械の手が浮いていた。ガロウが斬り落としたはずの鉄仮面の手が宙に浮き、その指をガロウの方へと向けている。
ガロウが銃撃によって深く抉れ血を流している脇腹を、そして瓦礫の下の鉄仮面を見る。
「まさか卑怯とは言わないよなぁ」
鉄仮面がトラバサミのような口を開き笑う。
「おい、近接距離に対する……誇りはねぇ、のかよ」
ガロウが膝から崩れ落ちる。
鉄仮面がその機械の体から生まれる怪力を使い瓦礫の下から這い出す。そして宙に浮いていた腕を取り、改めて空いている腕にはめ直す。
「女、甘いんだよおぉぉぉ! 辺境のクロウズの雑魚がよぉぉぉ、アクシードに逆らう愚かさを知れ!」
鉄仮面が倒れたガロウを蹴る。
「クソがっ! 雑魚クロウズが! 危なかったじゃねえか! 死ね、死ね」
鉄仮面がガロウを何度も蹴る。その度にガロウが咳き込み、血反吐を吐き出す。
「ちっ、クロウズ連中ってのはどいつもこいつも随分と丈夫らしい。なかなか死なねぇ」
鉄仮面がガロウの髪を掴み引き摺っていく。そして半ば崩れた廃工場の壁まで歩き、ガロウを持ち上げ、その壁へと顔面を叩きつける。
「がっ、は」
「薬でもやってるのか、作り替えているのか。どちらにせよ、辺境でもやっているヤツが居るとは意外だったよ」
鉄仮面がガロウを壁に叩きつける。何度も叩きつける。
壁が真っ赤に染まっていく。
「がっ」
「まだ息があるのか。だが、もう動けないようだな。ああ、そうだな。首を切り落とせばさすがに死ぬか」
鉄仮面がガロウを手放す。そして何処かに落ちているであろうナイフを探す。
「女、お前自身の武器で首を切り落としてやる」
鉄仮面がトラバサミのような歯を見せ笑う。
壁にもたれかかったガロウは動かない。だが、目は死んでいない。ゆっくりとその時を待っている。
「おお、あった。女、お前のナイフだ」
鉄仮面がガロウのナイフを持ち、ガロウの方へと振り返る。
その瞬間だった。
ガロウがもたれかかっていた壁の隣が吹き飛ぶ。壁が吹き飛びそこからクルマが飛び出す。
「ガロウ、間に合ったか!」
「あ、ああ。ガレットにぃ、間に合っている……ぜ。ただ、もう少し離れた位置……で」
飛び散った瓦礫でスリ傷を作ったガロウがゆっくりと首を動かし運転席に座っているガレットを見る。
「クルマ、だと!?」
驚く鉄仮面。そこを狙い自動的に動いた機銃が銃弾の雨を降らせる。鉄仮面が吹き飛ぶ。
「ガロウ!」
ガレットがガロウに手を伸ばす。ガロウがガレットの手を握り、助手席へ、そしてそこから這うように機銃のある後部座席へと動く。
「ガレットにぃ……ほんと、良いタイミング、だぜ」
「あれだけの音がすればな」
ガロウが機銃に取り付く。
「来るぞ」
ガレットがハンドルを握り、クルマを動かす。
それに合わせたかのように鉄仮面が起き上がりガロウのナイフを片手に駆けてくる。
「く、そ、が。しぶとい……ヤツだ、ぜ」
ガロウが機銃を振り回す。銃弾の雨を鉄仮面がナイフで弾き、駆ける。いくつか捌ききれない銃弾を受けるがものともせず駆ける。
鉄仮面がクルマへと飛びかかりナイフを振るう。だが、見えない壁によって弾かれ、吹き飛ぶ。そして、またも立ち上がる。
「機械野郎、卑怯……とは言わない、よ、なぁ!」
ガロウが血反吐ともに叫ぶ。
「今は夜ですよ。パンドラの補充が出来ない中、どれだけ持ちますか」
だが鉄仮面はトラバサミのような歯を見せ笑っている。
「ガレットにぃ……」
「分かってる。また赤字だ」
ガロウが後部座席に置かれた箱から弾薬を取り出し、機銃に装填する。
鉄仮面が動く。
「このクソ機械野郎が、死ねえぇぇぇ!」
ガロウが血反吐を飛ばしながら叫ぶ、大きく叫ぶ。
そして機銃から弾が飛ぶ。鉄仮面がナイフでその銃弾を弾こうとして、その腕ごと弾かれる。
「な? これは?」
「全弾、喰らいやが、れッ!」
ガロウの叫びとともに機銃が火を噴く。装填された銃弾が次々と放たれ、鉄仮面の金属の体を抉っていく。
「ば、馬鹿な。こんな辺境にノア……」
「うっせぇ、死ね」
鉄仮面の体が機銃の掃射によって砕け、はじけ飛ぶ。
そして機銃が全てを打ち切り、廃工場にカラカラと乾いた音を響かせる。
「おい、ガロウ」
「ガレットにぃ、わりぃ……ちょっと疲れたから、休む」
ガロウが機銃に寄り添ったままゆっくりと目を閉じる。その姿を見たガレットは大きなため息を安堵とともに吐き出す。
「全て撃ち尽くすか。大きな赤字になったな」
◇◇◇
薄暗い森の中をガレットがクルマを走らせる。
「んあ?」
「起きたか、ガロウ」
ガレットがクルマを動かしながら助手席に寝かせていたガロウを見る。
「ガレットにぃ、今は?」
「まだ一時間も経っていない。今はナイトガイをレイクタウンの医者に連れて行こうとしているところだ」
「あのハゲ、生き延びたのかよ。運が良いな」
「ああ。クロウズには運も重要だからな」
先ほどまで死にそうだったガロウが何でも無いような様子で頭の後ろに手を組み、座席にもたれかかる。
「ってことは……よっしゃ、あのハゲから赤字分を巻き上げようぜ」
そのままガロウが後部座席を見る。そこには生きているのが不思議な状態で投げ捨てられたナイトガイの姿があった。
「生き延びたことを後悔しそうだな」
「後悔できるのも生きているからこそだぜ」
「ああ、そうだな」
レイクタウンを目指し森の中をクルマが走る。と、そのクルマが急停止する。
「ガレットにぃ、どうした? まさかパンドラ切れか?」
「ガロウ……いや、まだ回復しきっていないから気付かなかったか。見ろ」
ガレットがクルマの前の地面を指差す。
「あ? んだと」
そこには少年が倒れていた。十二、三歳くらいの少年だ。
「おいおい、なんで餓鬼が倒れているんだ?」
「何処かの医療施設から攫われたか、それとも逃げだしたか」
倒れている少年は手術前の患者が着るような白い病人服を身につけている。
ガロウが助手席から飛び降り、少年の状態を確認する。
「息はあるぜ。荒いくらいだ。大きな傷はなさそうだけど、熱があるみたいだな。ガレットにぃ、どうするんだ?」
ガロウの言葉を聞いたガレットが腕を組み考える。
「ガロウ、少年の熱はどの程度だ?」
「凄い熱いな。ほっといたらくたばるだろうぜ」
ガレットが組んでいた腕をほどく。
「仕方ない、か。助ける」
「ガレットにぃ、本気か? こんな餓鬼を助けても一コイルにもならないぜ」
ガロウは大きく両手を広げ、ガレットの決定に反対する。
「助ければ大きくなった時に恩返しをしてくれるかもしれないだろう」
ガレットがガロウを見る。
「ガレットにぃ、コイツがバンディット連中の手先だって可能性もあるんだぜ」
「その時はその時だ」
ガロウがガシガシと髪を掻き、乱す。
「あー、仕方ねぇ。その時は俺が殺すからな」
「ああ、ガロウ頼む」
ガロウが少年を抱えてクルマに戻る。そのまま少年を後部座席へと放り投げる。転がっているナイトガイがちょうど良いクッションになって少年を受け止めていた。
「行くぞ」
ガレットがハンドルを握りクルマを動かす。Uターンして、今来た道を戻っていく。
「あ、ん? ガレットにぃ、何処に?」
「熱があるんだろう? ここならレイクタウンよりも、あの開拓村の方が近い」
「はぁ? おいおい、ガレットにぃ、ハゲはどうするんだよ!」
「ナイトガイは急がなくても大丈夫だ。それにだ。開拓村に行けば今回の報酬を貰える」
「ちっ、まぁ、確かに報酬はいるな。仕方ないか」
クルマが森の中を走り、やがて開拓村が見えてくる。
だが、その様子がおかしい。
「ガレットにぃ」
「ガロウ、判断を間違えたかも知れない」
夜の開拓村に大きな悲鳴とともに真っ赤な炎が生まれる。
開拓村が周囲の木々を巻き込んで燃える。真っ赤に燃える。
そして、炎の中から一台のフォークリフトのような機械が飛び出してくる。そのフォークリフトの座席には片腕の無い男が乗せられていた。
「ひひひ、あの時のクロウズだ。死ね、死ね。助けてくれ、止められない、勝手に動くんだ。死ね、死ね」
フォークリフトの座席にくくりつけられた片腕の無い男が泣きわめいている。それに合わせて荷役用のフォークが上下する。そこには何故か火炎放射器が結びつけられており、炎を吐き出し続けている。
「熱い、熱い、痛い、死ね、死ね、助けて、熱い」
泣き叫ぶ男は火炎放射器の勢いで体を焦し、酷い火傷を負っている。
フォークリフトが動き、ガレットのクルマに突っ込んでくる。ガレットはすぐにハンドルを切ってクルマを動かし、それを回避する。
「あっつ、あちぃじゃねえか!」
ガロウが叫びながら後部座席へと移動する。そして、そこに倒れているナイトガイを無駄に蹴り飛ばし機銃に取り付く。
「ガロウ」
「ガレットにぃ、パンドラの残量は?」
「正直、よろしくない。三割ってところだ。レイクタウンに向かうことも考えて……一割で何とかしたいところだ」
「了解だぜ」
機銃に取り付いたガロウが最小限の動きでフォークリフトを狙い撃つ。収束した銃弾がフォークリフトを貫き、吹き飛ばす。
フォークリフトが倒れ、タイヤを空転させる。キリキリとむなしくタイヤが回る音だけが響き、続けて放たれた機銃の掃射によって火炎放射器の勢いも止まる。
「助けて、殺す、助けて、燃えろ、助けて、俺の腕の恨み、助けて、死ね」
座席に結びつけられていた男は壊れたスピーカーのように叫び続けている。
「はぁ、うるせぇ」
ガロウが叫んでいる男を目掛けて機銃を掃射する。
「ガロウ」
「ガレットにぃ、もう助からないから楽にしてやったんだぜ」
「分かっている。だが、弾の無駄だ」
「あ、そっちかぁ」
ガレットがハンドルを握り開拓村を離れようとする。そして、その手が止まる。
「ガレットにぃ、今度は何だよ」
ガレットはガロウの言葉には応えず、正面を見続ける。
「霧……」
森の中に白い霧が生まれていた。真っ赤に燃える木々と白い霧が入り交じっている。
「おいおい、俺様の玩具を壊したのは誰だよ、ガヒヒヒ」
そして白い霧につつまれた燃える森の奥から、異様な男が現れる。
「ガレットにぃ?」
クルマが動かないことを不審に思ったガロウがガレットの方を見る。
「ガロウ、クルマの電子制御が反応しない」
ハンドルを握っているガレットの顔は少し苦いものに変わっていた。
「ガレットにぃ、どういうことだよ? パンドラ切れか」
「いや、残量はあるのに反応がない。マニュアル操作の必要がありそうだ」
「このタイミングで電子トラブルかよ」
ガロウが頭を抱える。
「おいおい、俺様を無視するとは良い度胸じゃないか。辺境のクロウズは俺様たちアクシードの怖さを知らないとみえるなあぁぁ」
「あ? 黙ってろよ、かぶり物野郎が」
ガロウが叫ぶ。
「辺境の輩は無知だな。これは俺様の地顔だぜ」
その男は人の頭の代わりにカバの頭がくっついていた。
「は? じゃあ、カバ野郎なのか。カバが人様に話しかけるんじゃねえよ」
「女ぁ、俺様を怒らせたいらしいな」
カバの頭が怒りによって真っ赤に染まり血管が浮き出る。カバ頭が手に持っていた連装式の重機関銃を動かし火花を飛ばす。
クルマの前に生まれた透明な壁が激しく明滅し、火花を散らしている重機関銃の銃弾を防いでいく。
「ほぉ。マニュアル操作でシールドを張るか、しかもピンポイントでだと。田舎者にしてはなかなかやるようだな」
「そりゃどうも」
カバ頭の言葉にガレットが答える。
「だが」
カバ頭が手を上げる。
「この数ではどうかな」
それに合わせて炎と霧に包まれた森の中から数十人ほどのゴーグルをつけた男たちが現れる。その手にはアサルトライフルが握られている。
カバ頭が大きな口を開け笑う。
そしてクルマを取り囲んだゴーグル男たちのアサルトライフルが一斉に火を噴く。
「あ? 数を揃えたら何とかなると思ってるのかよ。俺が片っ端から撃ち殺してやるぜ」
機銃に取り付いたガロウも銃弾を放つ。だが、その殆どが見当違いの方向へと飛んでいく。
「ひゃっはっはっは、何処に飛ばしてやがる。狙うってのはこうやるんだぜ」
カバ頭のガトリングガンが火を噴く。
クルマの前に生まれた透明な壁が銃弾を跳ね返す。だが、そのうちのいくつかが壁を突き抜けクルマを貫く。
「ガロウ、その少年を連れて逃げろ」
ハンドルを握って必死に操作していたガレットが呟く。
「あ? ガレットにぃ、何を言ってやがる」
「俺が隙を作る」
「だから、ガレットにぃ、何を言ってやがる」
ガレットが振り返り、機銃に取り付いたガロウを見る。
「パンドラの残量は少ない。しかも電子機器のトラブルも重なっている」
「ガレットにぃ、俺が機銃を撃ちまくって道を作るぜ」
ガレットは首を横に振る。
「奥の手を使う。機銃に使うパンドラは無い。ガロウ、お前の力なら逃げられるはずだ。その少年を連れて行け」
「はぁ? 連れて行くならナイトガイだろ。こんな見ず知らずの餓鬼を助ける意味がねぇよ」
「ガロウ、いくらお前でも動けないナイトガイを連れて逃げるのは無理だ」
「ガレットにぃ、でも」
ガロウがガレットを見る。
「ああ、ガロウ、逃げやがれ」
と、そのガロウの足元から声が発せられる。
「んだよ、ハゲ! 起きてたのかよ」
「バードアイ、耳元できゃんきゃん喚かれたら目が覚める」
「うるせぇ、誰が、喚くか! この、ハゲ。蹴られたいのか」
ナイトガイが機銃に手を伸ばし、よろよろと起き上がる。
「バードアイ、俺のことは気にするな。お前のカプセルで少しは体が動くようになったからな。ここは俺に任せて、そこの餓鬼を連れて行け!」
「ガロウ、そうだ。俺もここで死ぬつもりは無い。クロウズの生き意地の汚さはお前だって良く知っているだろう」
ガレットを見ていたガロウがゆっくりと目を逸らす。そして、そのまま後部座席で倒れている少年を抱える。
「ガレットにぃ、レイクタウンで待ってるからな」
「ああ」
「おい、バードアイ、俺は?」
機銃に取り付いたナイトガイが笑う。
「ハゲはガレットにぃのために死ね」
ガロウはそれだけ言うとクルマから飛び降りる。
「話し合いは終わったのか? ガヒヒヒ、良いねぇ、良いねぇ。こういう最後の会話ってのはいつ聞いてもそそるぜ」
カバ頭は腰に構えたガトリングガンを叩き笑っている。
「ああ、待たせたな」
そんなカバ頭をガレットが睨む。そしてクルマが動く。
少年を抱えクルマを降りたガロウがその脚力で大地を蹴り、一つの弾丸のように水平に飛ぶ。
「ガロウは行ったな」
「ああ、スティールハート、行ったぜ」
ガレットとナイトガイが頷き合う。
「おいおい、逃がすかよ」
カバ頭が手を振り、仲間に合図を送る。
「させるか。お前たちには俺の相手をして貰う」
「ガヒヒヒ、おいおい、電子制御が出来ない、その当たらない機銃で何とかするつもりか?」
カバ頭は笑い続ける。
「黙れ」
ガレットの言葉に反応するようにクルマが光に包まれる。
「あ? まさかパンドラを暴走させているのか!? おい、お前ら、先にそっちを潰せ。逃げたヤツは無視だ!」
光に包まれたクルマを見たカバ頭が慌てた様子でゴーグル男たちに指示を出す。
「やれやれ、嬢ちゃんを逃がすことが出来て良かったぜ」
「ナイトガイ、お前に妹はやらん」
「おい、スティールハート、誰もそんな話はしてないだろうが」
「頭まで筋肉が詰まっているようなヤツに妹はやらん」
「たく、妹が妹なら兄貴も兄貴だぜ。まぁ、ハゲ呼ばわりされるよりはマシか」
ナイトガイが肩を竦める。
「行くぞ、ナイトガイ」
光に包まれたクルマが動く。
◇◇◇
ガロウが霧に包まれた森の中を走る。
その背後では激しい銃撃の音が響いていた。
「ガレットにぃ、何がパンドラの余裕が無い、だ。普通に機銃を使ってるじゃねえか」
ガロウが高熱にうなされる少年を背負い、走る。
燃えさかる炎を置き去りにして走る。
「あー、クソ。くそ餓鬼、お前は運が良いぜ。俺たちが通りかからなかったら、あのまま森に居たら燃え死んでいただろうからな」
ガロウが何かを振り払うように、気を紛らわせるように喋りながら走る。
「くそ、こんなくそ餓鬼を助けなければ、ガレットにぃはッ! ついでにあのハゲも」
ガロウが走る。
そして白い霧を抜ける。
「はぁ、やっと鬱陶しい霧を抜けたぜ。このままレイクタウンに行って、この餓鬼を捨てて……」
そこまで呟いたガロウの言葉が止まる。
「あ?」
ガロウの胸に刃が生えていた。真っ赤な血が吹き出る。
「なんだ……と?」
鉄の刃が背負った少年を貫通し、ガロウに突き刺さっている。ガロウがゆっくりと振り返る。
「これが肉の感触ですよ」
そこには鍔の無い刀――少年とガロウを貫いている長ドスを握った鉄仮面の男が立っていた。
「お前、なんで……」
「スペアボディですよ。予備を備えておくのは当然でしょう?」
鉄仮面がトラバサミのような口を開け耳障りな電子音で笑う。
「くそがっ!」
ガロウが鉄仮面の男を目掛け後ろ蹴りを放つ。
「おっと」
鉄仮面は長ドスから手を離し、大きく飛び退く。
「あなたの蹴りは危険ですからね」
「はぁはぁ、くそ、くそ、くそ、くそ」
ガロウが胸元に刺さっている長ドスを引き抜き、動かなくなった少年を地面におろす。
「おや? 本当にしぶといですね」
ガロウは鉄仮面の男を無視して動かなくなった少年を見ている。
「くそ、ガレットにぃから託されたのに、約束したのに、失敗した。くそ、くそ、くそ、くそがっ!」
ガロウが叫ぶ。その叫び声に合わせたかのようにいつの間にかガロウの胸元からあふれていた血が止まっている。
「傷が……? あなた、もしかして、ノルンの……施設の生き残りですか」
鉄仮面が笑うのを止め、ガロウを見る。
「んだと? 盗人野郎が何でそんなことを知ってやがる」
「私たちアクシードをそこらのバンディットのような知性の無い連中と一緒にして貰っては困りますよ。しかし、これは良い土産が出来ました」
鉄仮面の言葉が終わると同時に森の中から武装したゴーグルの男たちが現れる。
その数は三十を超えている。ガロウ一人を殺すには充分過ぎる数だった。
「逃げられませんよ。逃がしませんよ」
鉄仮面がトラバサミのような口を大きく開ける。
「くそがぁぁ!」
ガロウが叫ぶ。
ガロウを取り囲んでいたゴーグルの男たちから無数の銃弾が放たれる。ガロウがとっさに顔と急所を腕で庇い身を守る。だが、銃弾は無慈悲にガロウの体を抉っていく。
銃撃は終わりが見えないと思えるほど続く。
肉を、体を、抉っていく。
ガロウが身を庇いながら駆ける。手近なゴーグル男に蹴りを放ち、叩き潰し、次に向かう。その間も銃撃によって体が削られていく。ゴーグルの男たちは仲間に銃弾が当たろうとも気にしない。銃を撃ち続ける。
肉片と内臓が飛び散り、血煙が舞う。
そして――終わった。
「酷いことだ」
老人が森に残った戦いの跡を見て呟く。そこには強い力によって叩き潰されたような死体がいくつも転がっている。
「おじいちゃん」
「車に戻っていなさい」
老人が呼びかけてきた少女を見る。
「でも、まだ生きている」
少女がいくつも転がっている死体の中、隠れるように倒れていた少年のもとへ駆け寄る。
「なんと、この子どもは、この戦いの中を生き延びたのか。しかし、酷い傷だ」
「おじいちゃん……」
少女が老人を見る。
「イリス、そうだね。レイクタウンなら、この少年の傷を見ることも出来るだろうね」
老人が戦いを生き延びたと思われる少年を車に乗せる。
老人と少女、少年を乗せた車がレイクタウンを目指し動き出す。
2021年12月19日修正
補足 → 捕捉
足が早い → 足が速い