199 機械の腕34――『本気だ』
俺はドラゴンベインの座席の横に転がっていた狙撃銃を握る。
『セラフ』
『ふふん、任せなさい』
ドラゴンベインのハッチから上半身だけを覗かせ、狙撃銃を構える。
カスミが運転するグラスホッパー号はコックローチによって追い詰められていた。
コックローチが手に持った分銅を投げ飛ばし、グラスホッパー号の動きを遮る。グラスホッパー号の動ける範囲が徐々に狭められていく。どれだけ大きかろうと、道幅があろうと、橋の上という限定された場所では動きが制限されてしまう。逃げ切ることは出来ない。
俺はコックローチを狙い、引き金を引く。
「んだと、雑魚が!」
狙撃銃から放たれた銃弾をコックローチが回避する。
……回避したな。
回避したな!
コックローチへの囮を務め、逃げに徹していたグラスホッパー号が反転する。機銃掃射しながらコックローチへと突っ込む。
俺はドラゴンベインから飛び降り、狙撃銃を構えながら走る。
「雑魚が、雑魚が、雑魚が、雑魚がよぉ!!」
コックローチが投げ放った分銅を引き戻し、盾のようにして機銃から身を守る。
『あの分銅、かなり厄介だな』
機銃の掃射を受けてもビクともしないこともそうだが、投げ放ってもコックローチの手元に戻って来るのが厄介だ。紐などが付いているようには見えないが、何か絡繰りがあるのだろうか。
グラスホッパー号がコックローチに突撃する。だが、コックローチはその一撃を受け止め、それどころか押し返そうとしている。
「雑魚がよぉ、俺様をひき殺すつもりかぁ? だが、力が足りなかったな。雑魚が、雑魚がっ! これだけ近寄ったら機銃も狙えねぇだろ」
コックローチが分銅をグラスホッパー号のシャシーの下へと突っ込み、そのまま持ち上げる。グラスホッパー号の車体が持ち上がり、前輪が空転する。
カスミは何も言わない。こちらを見ることすらしない。わざわざ相手に情報を教えるようなことはしない。
『ふふん。抑えこむことには成功したから』
セラフの得意気な笑い声が頭の中に響く。
『ああ、そうだな』
俺は狙撃銃の引き金を引く。
放たれた銃弾が唸りを上げ、風を切り、飛ぶ。
「お前が狙ってることなんて分かってんだよ、雑魚がっ!」
コックローチがグラスホッパー号を持ち上げたまま身を捻り、放たれた銃弾を躱す。
そう、回避した。
俺はべらべらと喋って相手に情報を教えることも、わざわざ、そちらを見てコイツに情報を与えるようなミスもしない。
俺も、カスミも、作り上げた機会を無駄にするようなことはしないッ!
『お前の敗因は、こんな豆粒みたいな銃弾を回避したことだ』
俺が持っている狙撃銃程度の銃弾なんて余程のことがなければ――当たり所が悪くなければ、コックローチクラスに傷を負わせることなんて出来ないだろう。出来なかっただろう。
それでも奴は万が一を考えて回避した。
回避した先は射線。
ドラゴンベインの主砲が――神の雷が放たれる。
ドラゴンベインは砲塔を動かし、コックローチに、お前を狙っていますとわざわざ教えるような馬鹿な真似はしなかった。
セラフと連携したカスミがコックローチを、その動きを――ドラゴンベインの射線へと誘導していた。
そして、俺がドラゴンベインから降りることで、ドラゴンベインが置物になったと思わせた。あえて俺の身を晒すことで、俺が狙っていると印象づけさせた。
グラスホッパー号を犠牲にして作ったチャンス。
幾重にも誘導し、放たれた必中の一撃。
雷の奔流がコックローチを飲み込む。
グラスホッパー号が雷の奔流に飲まれる寸前にカスミがそこから飛び降り、地面を転がる。
グラスホッパー号が雷の勢いによって吹き飛び、転がっていく。グラスホッパー号は大破してしまったが、また直せばいい。いくらかお金はかかるだろうが、この程度は必要経費だ。大事なのは勝つことだ。
「雑魚が、雑魚があああっ!! 自動操縦? この精度、あり得ねぇっ! 雑魚が、中にもう一人隠れていたのか! 気配は無かっただろうがあぁっ!」
輝く雷の奔流に飲まれながらコックローチが叫ぶ。
……不味いな。
悔しがってくれるのは罠にはめた身としては気分爽快で痛快なものだが、少し元気すぎないだろうか?
『ふふん。馬鹿なの? 生身があれに耐えられる訳ないでしょ。負け犬の遠吠えでしょ』
セラフは勝利を確信している。
だが、俺はそこまで楽観出来ない。
奴を抑えこんでいたグラスホッパー号も吹き飛んでしまっている。少しでも耐えることが出来たなら、逃げ出すことも出来たのではないだろうか。
そして、雷の奔流が突き抜け、消えた後には――全身が焼けただれ、ボロボロになりながらも荒く息を吐き出しているコックローチの姿があった。
『なんで生きているの!』
セラフが驚いている。人工知能が驚くほどのことか。
コックローチ、その名前の通り、恐ろしい生命力を持っているようだ。
持っていた分銅はなくなっている。神の雷の一撃に耐えられなかったのだろう。
戦車の主砲から放たれた砲弾すら跳ね返す分銅が耐えられないほどの一撃。それを生身で耐える、か。
アクシード四天王最強の名前は伊達ではないようだ。
「雑魚がぁ、雑魚がぁ、雑魚がぁ……分かってるんだろうな」
コックローチがブツブツと呟いている。
まだまだ元気、か。
俺は狙撃銃を投げ捨てる。
「命と命のやり取りだ。卑怯だとは言うなよ」
拳を握り、構える。
ここからは生身と生身の戦いだ。
『ちょっと! 馬鹿なの? 死ぬつもり? 生身でやり合うとか本気なの?』
『本気だ』
『馬鹿なの? 勝てると思ってるの?』
『ここまで相手を痛めつけた後で負けられないだろう?』
本当は最初から生身で戦いたかったが、勝てないというのだから仕方ない。
だが、ここまでお膳立てされたんだ。
これで勝つさ。