198 機械の腕33――『なるほどな。お前のやろうとしていること、理解したよ』
コックローチの相手をカスミに任せ、ウルフの戦車まで走る。
ボコボコに凹まされ廃棄物寸前のウルフの戦車に飛び乗り、ハッチに手をかける。だが、開かない。ロックされている。
『ふふん、任せなさい』
『任せた』
俺の左手がバラバラと元の形状――九つの触手へと分かれ、ハッチに絡みつく。そして、その力で無理矢理ハッチをこじ開ける。
俺はハッチの中に体を滑り込ませる。
「あなたは……、あなたがあのクルマの持ち主とは」
ウルフが驚いた表情で俺を見ている。
なるほど、ドラゴンベインに乗っているのが俺だと気付いていなかったのか。気付かずに共闘を申し込んでいたのか。
「邪魔するぞ」
「何をするつもりですか?」
……。
『何をするつもりなんだ?』
『ふふん、任せなさい』
セラフは答えない。思わず肩を竦めそうになる。
「答える気は無いということですね」
俺はウルフの言葉に肩を竦める。
「さあな」
ウルフは顔に手をあて、ゆっくりと頭を振り、口を開く。
「それをすれば勝てますか?」
「そのつもりだ」
「分かりました。任せますよ」
「このまま、あんたのクルマを奪って逃げるとは思わないのか?」
「やらないでしょう? それにこのクルマは修理しないと動かせないですよ」
ウルフがため息を吐き、大きく座席にもたれかかる。
『ということだ』
『ふふん』
九つに分かれた左腕が勝手に動く。
空中にキーボードを浮かび上がらせ、九つの指で叩き続ける。
「凄いですね。それは自動でやっているのかい?」
ウルフが驚いた顔でこちらを見ている。俺は小さくため息を吐く。
「少し黙っていてくれ」
「す、すまない」
ウルフは口を閉ざす。だが、こちらへの興味が抑えられないのか、ジロジロと無遠慮に視線を送り続けている。
『それで何をしている?』
『もうすぐだから静かにして』
俺は肩を竦めようとして左腕の制御をセラフに渡していることを思い出し、そのままにする。
『しかし、キーボードなんだな。あの地下にあった施設もそうだが、今の時代でも随分とアナログなシロモノを使っているんだな』
『それを言うなら時代錯誤でしょ』
『ああ、そうだな』
空中に浮かび上がるところは近未来的だが、やっていることはアナクロだ。
『ふふん』
ウルフが座っている操縦席の前面がスライドして開き、そこから取っ手のある金属板がくっついた青く光る箱が出てくる。
『まさか、これは……』
『はやく取りなさい』
俺はセラフに言われるままに青く光る箱を掴む。
「まさか、それはパンドラですか」
そのまさかだろう。
俺は青く光る箱を一気に引っ張り出す。
それにあわせ、まるで電気が落ちたかのように戦車内が暗闇に閉ざされる。
『なるほどな。お前のやろうとしていること、理解したよ』
『ふふん』
俺は右手で青く光るパンドラを持ち、左手を上へとかざす。九つの指がハッチの外へと伸び、俺の体を一気に持ち上げる。
外ではカスミの乗ったグラスホッパー号がコックローチと戦いを繰り広げていた。グラスホッパー号が機銃を撃ちながらコックローチの周りを激しく旋回する。コックローチは手に持った分銅で機銃を防ぎ耐えている。
俺はその戦いを観察しながらドラゴンベインへと走る。
コックローチが片方の分銅で銃撃を防ぎ、もう片方を投げ放つ。グラスホッパー号に直撃する軌道――回避出来ない軌道、シールドで防ぐしかない。だが、カスミはシールドで分銅を防がない。シールドを地面へ向けて発生させ、グラスホッパー号を飛び上がらせる。飛んできた分銅がグラスホッパー号の下を抜ける。
回避している。
グラスホッパー号が、そのまま機銃の掃射を続け、コックローチの動きを牽制する。
カスミはしっかりとやるべきことを理解し、それを行っている。グラスホッパー号ではコックローチを倒せない。だから、時間稼ぎに――無理せず囮に徹してくれている。
俺はドラゴンベインに飛び乗り、ハッチから中へと滑り込む。
暗い。
ハッチから入り込んだ陽射し、右手に持ったパンドラの光が暗闇を照らしている。
『どうすればいい?』
『ふふん。こちらはパンドラが空っぽの状態だから、向こうのみたいに取り出すことは出来ないから。無理矢理こじ開ける必要があるけど、お前なら出来るでしょ?』
ああ、そうだな。
俺なら出来るはずだ。
『パンドラが入っている場所は向こうと同じ場所か?』
『もちろん』
俺は青く光るパンドラを置き、ナイフを握る。
このナイフなら装甲を斬れるはずだ。
ナイフを震動させる。
俺はパンドラが入っていると思われる場所へと斬り付ける。その刃が弾かれる。
……弾かれた!?
俺はナイフを構え、大きく息を吸い、吐き出す。
硬い。パンドラという心臓部を守っているだけあって、ただ斬り付けただけでは傷一つ付けられないほど……硬い。
中からでもこれか。
『あまり長くは持たせられないから、分かってるでしょ』
外の戦いは続いている。
『分かってる』
斬れる。
必ず斬れる。
俺は暗闇の中で装甲板を見る。狭い車内で軽く跳び、体を捻る。ナイフを持ったまま、回転し、その勢いで装甲板へと斬り付ける。ナイフを握った手はそのままに、力を伝える右腕と背筋だけを人狼化させる。獣の力を借りて斬る。
ナイフの刃が装甲板に入る。
「斬れろ」
ナイフを横に、そして、そのまま上へと斬り上げる。
装甲板が斬れ、折れ曲がり、開く。
『開けたぞ』
『その中に手を入れ、パンドラを取りだして交換しなさい』
隙間から手を入れ、中のパンドラを引き抜く。そして、運んできたパンドラを差し込む。
電力が供給されたようにドラゴンベインの中に明りが灯る。空中にモニターが浮かび上がり、外の戦いを映し出す。
『これでもう一発撃てるってことだよな?』
『ふふん、その通り』