195 機械の腕30――「それはお前のものではなく、スピードマスターのものだろう?」
換装を終えたドラゴンベインを走らせる。
左手に今にも噴火しそうな大きな山を見ながら、ひび割れ、ボロボロになったアスファルトの道を進む。
『この辺りはまだ緑が残っているのか』
ひび割れたアスファルトの間から名も無き草が姿を見せている。
『あれが……確かビッグマウンテンだったか』
大きな山を見る。そのままの名前だ。
左手には山、右手には海、か。
観光しながら道なりにしばらく進むと、こちらを待ち構えるように、道を塞ぎ、停車している戦車の姿が見えてきた。
黒一色の平たく大きな戦車だ。こちらの倍近いサイズはあるだろうか。その砲塔はまるで十字架のような特徴的な形をしていた。
まさかコックローチのクルマか?
『ふふん、あの鼠さんから通信が入っているわ。全域に向けたオープンチャンネルみたいだけど、どうする?』
セラフは面白いものでも見たかのように笑っている。
『繋いでくれ』
『ふふん、どうぞ』
そして、通信が入る。
[そこのクルマ止まってくれ。ここから先は危険だ]
敵ではない? どうやらコックローチではないようだ。
と言っても味方とも限らないが。
「誰だ?」
[僕はウルフ。この先に恐ろしく危険な賞金首――アクシード四天王のコックローチが待ち構えている。ここを通るのは危険だ。僕はその危険を知らせるため、ここにいる]
ああ。
例の星十字軍とやらの生き残りか。
わざわざ危険を教えるためにここに?
なんてお人好しで、なんて無駄な行為だろう。
「そうか。分かった」
[分かってくれて助かるよ]
俺はドラゴンベインを走らせる。
そのまま進ませる。
[待て、待ってくれ。聞いていなかったのか。この先は……]
「それで?」
[それでって……分からないのか]
ウルフとやらの通信を聞いて大きなため息が出そうになる。
危険を伝えるなら看板でも立てればいい。わざわざ、クルマに乗って忠告する理由はなんだ? 獲物を獲られたくないからか?
「そのコックローチとやらを倒しに行く。お前に許可を取らないと倒しに行くことも出来ないのか?」
[な! 無謀だ]
ウルフの真っ黒なクルマが俺の進路を塞ぐように動く。
大きなため息が出る。
「お前を倒さないとコックローチに挑むことも出来ないのか?」
[違う。アレは本当に危険なんだ。化け物だよ。戦ったことの無い人には分からない]
ウルフはとても面倒くさいことを言っている。
こいつが居なくなる時間を狙うべきだろうか? 朝から晩までここに居る訳ではないだろう。だが、オークションの開催日が近づいている。日数的な余裕は殆ど無い。
――それでもその時間を狙った方が早かったかもしれない。
「そのアクシード四天王とやらとは、他の奴だが、一度戦ったことがある」
アクシード四天王のミメラスプレンデンス。確かにアレは、生身で戦車と戦うような化け物だ。それと同レベルというのなら、確かにかなり危険な相手だろう。
だが、俺はそれを承知でここに居る。それを承知で戦うつもりだ。
[え? 他の四天王……いや、でも、ああ、そうだね。無謀だ。無謀だよ。コックローチはアクシード四天王でも最強。他とは強さが違うはずだ]
はず、か。
知りもしないのに止めるのか。俺を邪魔するのか。
しかし、困ったな。
この目の前の邪魔なクルマを排除したいが、今のドラゴンベインは主砲が使えない状態だ。副武装として取り付けているのは凍らせるだけのHi-FREEZERとミサイルをばらまくミサイルポッドだけだ。
ここで主砲のトールハンマーを消費してしまったら、なんのために手に入れたか分からなくなってしまう。
「危険は承知、分かった上で戦うつもりだ。忠告は分かったから、どけ」
……。
相手からの返事も動きも無い。
相手は大型の戦車だ。装甲もかなり厚いだろう。大型化に伴って搭載しているパンドラの容量も大きいかもしれない。副武装では相手のシールドを抜くのは無理か。
……生身ならどうだ?
なんとか取り付いてハッチを無理矢理こじ開けて、中に侵入するか?
勝つならそれしかないか。
[……て欲しい]
ん?
通信か?
「どうした?」
[僕も連れて行って欲しい]
……なるほどな。
「不要だ」
[僕のクルマは役に立つはずだよ]
役に立つ?
いいや、立たないね。
こういう輩は邪魔しかしない。要らないことをして作戦を台無しにするくらいだろう。
「不要だ」
[タダとは言わない。報酬も出そう。あの人の――スピードマスターのマシンアーム、その左腕だ]
……。
オークションに出品される予定の腕は右腕だった。そうか、左腕はコイツが持っているのか。
「それはお前のものではなく、スピードマスターのものだろう?」
[これは僕がスピードマスターから譲り受けたものだ]
「そうか」
譲り受けた、か。
その譲り受けたものを報酬にするのか。ウルフとやらは両腕とも健在だったはずだ。機械の腕なんて必要ないのだろう。だが、だからといって、報酬にするのか?
……いや、渡す気がないから、報酬にすると言っているのかもしれない。
[分かってくれたようだね]
「ああ、不要だ。足手まといも、報酬とやらも、不要だ」
[な! 僕を足手まとい? 僕の力がなければ……]
コックローチを倒すには自分の力が必須だと言いたいのだろうか。
「それでも負けたんだろう?」
こいつ一人の力で何が変わるというのだろうか。
[そ、それは……]
「分かったから、退いてくれ」
[コックローチの情報を持っている。実際に戦った僕だ。貴重な情報だ]
情報か。
『情報ならセラフが持っているだろう?』
『ふふん、私に頼るの? お前が?』
『頼りにしているよ』
オフィスを掌握しているセラフの方が情報を持っているだろう。ハルカナの街や西部地域はまだ支配出来ていないが、それでも充分過ぎるほど情報は集まっているはずだ。
「クルマをどかせろ。これは最後の警告だ」
俺は威嚇するように主砲を真っ黒な戦車へと向ける。
実際に撃つつもりはない。だが、このくらいはしないと動かないだろう。
[一人で戦うつもりなんですか]
まだ喋り足りないようだ。
そのコックローチを倒すことが出来るかもしれない武器を搭載していると教えて分からせたいところだが、その情報を漏らす訳には行かない。こんな奴にそのことを教えてしまえば、何処で口を滑らせて、作戦を台無しにしてくれるか分からない。
「そうだ。警告はしたぞ」
俺はドラゴンベインを突っ込ませる勢いで走らせる。
真っ黒な戦車がゆっくりと動き、道を譲る。
やっとか。
ドラゴンベインを進ませる。
……その後を真っ黒な戦車が静かに追いかけていた。
嫌な予感しかしない。
やれやれだ。