194 機械の腕29――『そうだな。勝率は百パーセントだ。必ず勝つさ』
俺は手術台の上にある体をゆっくりと起こす。頭を振って、寝ぼけている意識を無理矢理、覚醒させる。
俺はどれくらい眠っていた?
『ふふん、四時間程度ね』
何かあれば――何かの気配があれば目覚める程度の浅い眠りだったが、思っていたよりも長時間眠ってしまっていたようだ。それだけ手術の疲労が大きかったということだろう。
もう一度、頭を振る。
周囲に人の気配は無い。どうやら、ここの連中は俺が休めるように気を使ってくれていたようだ。
左腕を見る。
肉が盛り上がり、完全に機械の腕と融合している。
これが再生薬とやらの力か。
『これがあれば左腕を再生出来たのでは?』
頭の中にセラフのこちらを馬鹿にするようなため息が響く。
『お前はお馬鹿さんなの? 馬鹿なの? 以前に説明したことをもう忘れたのかしら』
『どういうことだ? 再生薬では再生しないということか?』
『普通の人なら、元と同じにはならないでしょうけど、投薬し続ければゆっくりと再生したでしょうね。お前は自分の体が群体で作られていることを忘れたのかしら? そこまで馬鹿だったの? お前の左腕が再生しない理由は群体の命令が狂ったからでしょ』
『それだと再生薬は効果が無い?』
『はぁ、そんなことも分からないの?』
『分からないから聞いている。それなら何故、左肩には再生薬の効果があった?』
『群体が正常に動いているのだから当然でしょ』
……。
俺は頭の中でセラフの言葉をまとめる。
つまりは――
『狂ったナノマシーンを正常に戻せば、俺の左腕は再生していた?』
『そうね』
『なら……』
『それには専用の施設が必要ね。今でも残っているかしら』
……。
なるほど。無理だったということか。
俺は頭を振る。
俺はすでに機械の腕を手に入れた。今更だ。
しばらくしてユメジロウじいさんがやって来る。
「目覚めるのを待っとったで」
「ああ、待たせたようだ」
俺が眠って――手術の時間とあわせれば一日近くが経過している。ドラゴンベインの主砲の換装が終わっていてもおかしくない時間だ。
「じいさん、クルマは?」
「終わったで」
これで準備は整った――ということか。
「ところでじいさん、こんな高そうな腕、本当に良かったのか?」
「ひっひっひ、構わん、構わんだぁよ。その九頭竜はぁのぉ、扱えるものがおらんで扱いに困っとったくらいだでな」
扱えない……?
「うんだぁよ。普通のもんだぁ、一本動かすのがやっと、脳を強化したようなんでも四つがやっと。人は九つも腕を動かすように出来とらんでな。ある程度、九頭竜側で動くようにしようにんも、そうだっと大型化、重量化して性能も落ちるで、それならそこらの機械の腕と変わらんでなぁ」
なるほど。
このじいさんは人では扱えない不良品だから、九頭竜を俺にくれたのか。
俺は触手のように垂れ下がった左腕を動かしてみる。
……。
確かに触手の一本なら――集中し、意識して、指を動かしていた時と同じ感覚で動かせば、なんとかその一本は動かすことが出来る。だが、それを同時にやろうとすると脳が混乱する。普通の人には無い器官だからか?
訓練すれば指と同じ数、五本まではいけるかもしれない。だが、それ以上になると少し難しいかもしれない。
『あら? 機械の担当は私なんでしょ』
セラフの声が俺の頭の中に響く。
『そうだったな』
俺は左腕の制御をセラフに任せる。
「ひょ、わしの勘が当たっただぁよ」
ユメジロウじいさんが興奮した目で俺を見ている。
俺の左腕はうねうねと九つの指、それぞれが意思を持っているかのように動いている。
機械の制御ならセラフ、か。
そして、その九つの指が重なり、絡み合い、結わえ、一本の腕になる。
『これならお前でも動かせるでしょ』
俺は九つの触手で作られた腕を見る。手のひらがある。指がある。握り、開く。腕が、肘が、関節が……曲がる、動く。
『これなら普通に動かせそうだ。セラフ、助かる』
『ふふん』
セラフの得意気な笑い声が頭の中に響く。
「ひょ、九頭竜にそんな機能が? 首輪付き、おぬしは何度もわしを驚かせる。ええもん、見せて貰ったぁで」
ユメジロウじいさんが杖を振り回し大喜びしている。
さて、これで準備は整った。
一撃必殺の主砲――神の雷。
無くした左腕の代わり――機械の腕九頭竜。
『セラフ、これで例のアクシードの四天王、コックローチとやら、勝率はどれくらいになりそうだ?』
『ふふん、これでも十パーセントってところでしょ』
ここまでやっても十パーセントか。
いや、それも当然か。コックローチはスピードマスターを倒している。俺が見てもスピードマスターのクルマは――武装はそれなりのシロモノだった。真っ赤なクルマも、機械の両腕も、本人の戦闘能力も、高かったはずだ。それでも負けている。
しかも一対一ではなく、他のなんちゃら十字軍とやらと協力して戦った上で、だ。
そのレベルの相手に主砲と機械の腕を手に入れただけで勝てる可能性が出るのだから、それだけこの二つが規格外ということだろう。
トールハンマーとハイドラ。
『十パーセントか』
『ええ』
『随分と上がったな』
ゼロではなくなった。勝てる可能性がある、それで充分だ。
『ふふん。そこに私が加わるのだから……』
『そうだな。勝率は百パーセントだ。必ず勝つさ』
2021年5月16日修正
出術 → 手術
コックロート → コックローチ