193 機械の腕28――『拷問だな』
「これを?」
「ひひ、そう、これを譲るだぁよ」
俺はユメジロウじいさんが持っている機械の腕を見る。根元から九つに分かれた多関節の細い腕は、それぞれ自体が一本の指のようだった。
『まるで、触手――いや、多鞭というべきだろうか』
九つに分かれた腕の先に手のようなものは付いていない。ものを掴む時などはこれ自体を大きな手として扱わないと駄目だろう。
『ふふん、そうね。そうなるでしょ』
しかし、となるといきなり九つの指が増えるような感じだろう? 上手く扱えるか、少し不安になるところだ。
『ふふん。お前が無理でも私が制御するから』
セラフのこちらを馬鹿にするような笑い声が頭の中に響く。
なるほど。確かに機械はセラフの担当分野だ。任せるのも悪くないだろう。
『つまり、悪くないものなんだな?』
『ええ、そうね。最上とは言わないけど、悪くないでしょ。最前線にある絶対防衛都市ならまだしも、こちらのオークションで手に入るものなんてたかが知れてるし、使われている金属素材も悪くないようだから、ベターね』
セラフのお墨付きか。
ユメジロウじいさんが普通に手に持っているくらいだから、重くもないのだろう。取り付けたことで重すぎて肩が抜ける……という心配はしなくても良さそうだ。
「分かった。その討伐報酬……確かに」
「んだんだ。じゃ、そこに横になるがええで」
機械の腕九頭竜を持ったユメジロウじいさんが手術台をアゴで指し示す。
そうか、取り付け手術か。そうだな。ポンとはめて終わりという訳にはいかないか。
俺は手術台の上に寝転ぶ。
しばらくして、医師らしき雰囲気を持った白衣の女がやって来る。
「なぁに、こんな子どもにそれをぶっさすの?」
白衣の女が俺と九頭竜を見比べている。
「だで。この客人にくっつけて欲しいだ」
「ですかぁ。大老が言われるなら、やるけどさぁ」
俺と九頭竜を見比べていた白衣の女が大きなため息を吐き、改めて俺の方を見る。
「構わない、やってくれ」
「はいはい。大老が言うんだからさぁ、拒否権なんてないんでしょ?」
白衣の女は俺を哀れむような目で見ている。
俺は肩を竦める。
「俺は実験動物じゃあないんでね、お手柔らかに頼むよ」
俺の言葉を聞いた白衣の女が少し驚いた顔でユメジロウじいさんの方を見る。ユメジロウじいさんが頷く。
「わしの客人だで、くれぐれもそっでを忘れんでな、ええな?」
ユメジロウじいさんが、それだけ言うと九頭竜を置いて部屋を出て行った。
白衣の女と二人きりになる。
「ねぇ、君、意外と大物なの?」
「さあな。あのじいさんの客人ではあるようだ」
俺は肩を竦める。
「はぁ、そう。はいはい、分かりました。それで、これね」
白衣の女が九頭竜を持ち上げ、俺を見る。
「ねぇ、これ長さ的に少し削るけど構わない? 構わないよね?」
俺の左腕は肘から先が無くなっている――肘から上は残っているのだ。九頭竜をそのまま取り付けると長くなりすぎるようだ。
「削るのか?」
「ええ、削るの。だって、これ、まるまる腕の代わりにするタイプのアームでしょ。肩から先が邪魔になるからね!」
白衣の女が俺の左肩部分をポンポンと叩く。
「削るって俺の方を、か」
「そりゃそうでしょー。アームの方を削ってどうするのさ。ま、うん、麻酔するから眠っている間に終わるからさ」
……。
「悪いが何をやっているか見たい。麻酔は無しでやってくれ」
白衣の女が俺を驚いた顔で見る。
「はぁ? マジ? 君、マジで言ってる? 腕、削るんだよ。ぎぃこぎぃこ削るんだよ。マゾなの? そういうのが趣味なタイプなワケ?」
俺は首を横に振る。
「いや、何をしているか見たいだけだ」
この白衣の女が何処まで信用出来るのか、あのユメジロウじいさんを何処まで信用していいのか。俺は何も知らない。だから、見て確かめるしかない。
「はぁ、すっごく痛いと思うけどさ、知らないよ」
「構わないさ。やってくれ」
白衣の女が呆れたような目で俺を見て、頷く。
手術の開始だ。
手術衣に着替えた女が鼻歌を歌いながらのこぎりを持ってくる。これで腕を切り落とすのか。いや、本当に削る、だな。
「おいおい、それだと切った傷口がボロボロにならないか?」
「すぐ使えるようにして欲しいんでしょ?」
「そりゃあな」
「レーザーでスパッとやるよりさ、この方が取り付けやすいから、仕方ないよねー」
仕方ないのか。
俺は自分の服を裂き、丸め、口に咥える。
「はーい、開始ー」
女が俺の左肩部分にのこぎりをあて、引く。血が勢いよく吹き出るが、構わず鋸を引き続ける。
俺は歯を食いしばる。肉を削り、骨を削る。
体を削られる痛みに意識が飛びそうになる。
『拷問だな』
女が良い笑顔で顔を歪ませ、のこぎりを引き続けている。この女、どう考えても自分が楽しむためにのこぎりで俺の腕を削っている。
俺の残っていた左腕が削り落とされる。脂汗がにじみ、目がチカチカする。歯を食いしばり過ぎて、もう何をしているのか分からなくなっている。
「はい、神経をずぶっとなー」
細い針のようなもので傷口を抉る。そして、九頭竜から延びた配線を傷口に突っ込む。適当にやっているようにしか見えない。
断続的な痛みが続き、感覚が麻痺してくる。痛いのか。痛くないのか。
今、俺は何をやっている。やられているんだ。
意識が朦朧としてくる。歯を食いしばり、覚醒させる。
手術が続く。
続く痛み。俺の体――肉と機械がつなぎ合わされていく。
……。
そして、俺の左肩に九頭竜が取り付けられた。
「はーい、お注射ですよー」
女が俺の左肩に注射を打つ。何かの液体が注入され、左肩が熱くなる。
『これは?』
『成分は……再生薬のようね。傷を再生させるものだと思ったら良いわ』
体に悪いものではないようだ。
「はい、もうすぐ終わりですからねー。傷口が再生することでアームと融合するから、これですぐに使えるようになりますよー。普通なら一ヶ月はかかるものが一日で使えるようになります、なります」
血まみれの女が良い笑顔で俺を見ている。
……そのために鋸で腕を削って傷口をぐちゃぐちゃにしたのか。
すぐ使えるようになるのは有り難い話だが、とても痛い話だ。
俺はかみ続けていた布を吐き出す。
「こ、これで、終わりか」
「へー、意識を失わないなんて凄いタフ! 他のところも削ってみていい?」
女がのこぎりを手に取る。
「必要なこと、なら、構わない、が……」
「うんうん、私が楽しむために必要だよねー」
「……却下、だ」
どうやら出術は終わったようだ。
終わったが、しばらくは動けそうにない。今日一日くらいはゆっくりと休んだ方が良さそうだ。