192 機械の腕27――「五分?」
「ところでじいさん、この刀を貰っても良いだろうか?」
俺はタナカホンダの首筋に当てていた刀を外し、少しだけ振り回す。少し軽いが問題ないだろう。
「お、おい! それは俺の……」
「いいんだけんど、どうするつもりだで? 売りに出すことも出来ないような骨董品だぁよ」
タナカホンダの言葉を遮るようにユメジロウじいさんが喋る。
「いや、何、この無くした左腕に結んでくっつけて使おうかと思っただけさ」
機械の腕を手に入れる為に、このハルカナの街までやって来た訳だが、手に入れるまでの繋ぎとして、この刀を使うのも悪くない。繋ぎなら質の悪さも我慢出来るというものだ。
ユメジロウじいさんが俺の言葉を聞き、指を振り、ニタリと笑う。
「ひっひっひっひ、それならもっと良いものがあるだぁよ」
良いもの?
「そうか。それは有り難い話だ。だが、悪いな、俺は余分なお金を持っていない。じいさんから、さっきの武器を借りるだけで一杯一杯さ」
俺は肩を竦める。
あぶく銭のように手に入れた百万コイル。それが俺の精一杯だ。
「ひひひ、タダで良いだぁよ。サービスするで。洗車しとるお前さんのクルマに神の雷を換装するだけでも一日はかかるだで、その間に取り付けてやるだぁよ」
取り付ける?
俺の左腕に、か?
俺は首を横に振る。
「タダより高いものは無いって言うだろう? 俺に何をさせるつもりだ? 何をさせたい?」
俺の言葉を聞いたユメジロウじいさんが癇癪でも起こしたように手に持った杖を振り回す。
「首輪付き、人の好意は素直に受け取りぃ」
「それで?」
ユメジロウじいさんが大きくため息を吐く。
「天部鉄魔橋を占拠しとるアレらにはわしもこまっとる。討伐報酬の先渡しだと思ったら、ええ」
なるほどな。
「そういうことなら有り難く頂くよ」
「ひっひっひっひ、そうだで。最初からそうやっで素直にしとげばええだぁよ」
俺は肩を竦める。
「じいさん、ついでに聞いておくが、トールハンマーの仕様はどうなっている? 一発撃つのにバチバチウィンウィンとエネルギーを溜めて撃つようなシロモノなのか?」
エネルギー充填に浪漫はあるのかもしれないが、いかにも攻撃するために溜めていますと分かるようなシロモノでは武器として使い物にならない。
「心配しなくてもええよ。発射までに五分ほどかかるけんど、それだけだぁよ」
「五分?」
「そうだで。パンドラを全部使うで、途中でキャンセルがぁの、出来っように時間の遊びが設けてあだぁよ。一度使やぁ、三日は動けないでな、間違って作動させた時の防止だな」
三日は動けない、か。
パンドラを空っぽにするほど吸い尽くし、弾として放つ。そして復帰するまでが三日とは、尖りすぎた兵器だ。だが、それくらいのものが必要だ。
……ん?
「待てよ、じいさん。百万コイルで三日のレンタルだよな? 三日も動けなくなるなら、返却日を越えないか?」
「そこは気にせんでええ。三日経ったら強制的に回収するでな」
なるほど、それなら安心だ。
……安心か?
にしても発射まで五分、か。
『セラフ』
『なぁに?』
『発射までの五分という制限を解除出来るか?』
『……ふふん。私を誰だと思っているの?』
『ノルンの娘のセラフだろう?』
『……そうね』
『それで、どうだ?』
『可能ね。レプリカだから本物との違いはあるかもしれないけど、パンドラを一瞬で吸い上げるのは一緒でしょ』
……出来るのか。
『その時は頼む』
『ふふん、任せなさい』
セラフの頼もしい返事だ。一応、信じておこう。
さて、これで何とかなるかもしれないな。
「こっちだで」
ユメジロウじいさんが赤コーナーの方へと歩いて行く。その良いものとやらがある場所に案内してくれるのだろう。
俺は呆けたように立っているタナカホンダの前に刀を投げ捨てる。もっと良いものが手に入るのなら、これは不要だろう。
タナカホンダが投げ捨てられた刀を拾い、ゆっくりと握る。
「じいさん、待ってくれ」
俺はユメジロウじいさんの後を追う。
――そして、その俺を追いかけ、
「小僧が! ふざけるな」
タナカホンダが刀を手に、迫る。
爆発的な速度によって一瞬で間合いを詰めたタナカホンダ――俺を狙い刀を振りかぶる。居合いですらない、ただの力任せの袈裟斬り。
なるほどな。
俺はそれを蹴り上げる。
「あ、へ?」
俺に蹴られ、弾かれるように刀ごと持ち上げられた手をタナカホンダが間抜けな顔で見ている。俺はその顔面に蹴り上げた足を叩き降ろす。
「こぱぁ」
タナカホンダが白目を剥いて倒れる。
怒りでさらに動きが単純になった奴に俺がやられるか?
「じいさん、配下の教育がなってないな」
「そいつはすまんこって」
ユメジロウじいさんは他人事のように笑っている。
配下の暴走も無視か。分からないじいさんだ。
俺はユメジロウじいさんと赤コーナーのエレベーターに乗る。
そして、そのままユメジロウじいさんに手術室のような部屋へと案内される。
「ここは?」
「これが良いものだで」
ユメジロウじいさんがそれを持ってくる。
それはまるで長い指が九つあるかのように根元から別れた機械の腕だった。
「機械の腕九頭竜だぁよ」
「マシン……アーム?」
俺がハルカナの街に来た目的だ。
まさか、ここで手に入るのか。
オークションに参加する理由が……。
『ちょっと!』
少し怒ったようなセラフの声が頭の中に響く。
ああ、そうだったな。
オークションの目玉を落札して、ハルカナのマスターと接触するという目的もあったか。
2021年5月16日修正
ニタリと笑う。。 → ニタリと笑う。




