019 プロローグ16
施設への入り口に戻る。入り口の扉、外側付近には沢山の煤が残っている。だが、何か壁があったかのようにそこで煤は綺麗に途切れていた。扉は自分が壊した時のままだ。開かれている。なのに煤が中まで入り込んでいない。
どういうことだ?
「何故、覚醒しなかったのですか?」
そんなことを考えていると端末から声が聞こえた。
また、それか。
まさか、そのことを悩んで沈黙していたのか。
「その質問には答えたと思ったけどな。どうしてそこが気になるんだ?」
「……アマルガムのはず。あり得ない」
それだけ答えると端末は沈黙した。またか。少しは質問に答えてくれるようになったと思ったが、すぐにこれだ。
施設に足を踏み入れる。
……。
問題……無いな。
煤が入り込んでいないことで何かあるかと思ったが、何も無い。何だったのだろう。
螺旋階段から下を見る。そこではふざけた格好のロボットがこちらを待ち構えていた。
向こうもこちらに気付いたのだろう。キュルキュルと無限軌道を唸らせ、腕の機銃をこちらに向ける。飛び上がらなければ、あのロボットの攻撃はここまで届かないはずだ。威嚇しているに過ぎない。
「本当に大丈夫なのか?」
「疑う意味が分かりません。機能拡張によって支配権の一部は奪えています。この施設に限って言えば掌握はほぼ完了しています」
なるほど。ほぼ、ね。フラグというヤツだな。端末さんは自信満々でそんなことを言っているが、自分にはフラグとしか思えない。
だが、行くしかない、か。
今はこの端末の指示に従うしか道がないから仕方ない。
ロボットの様子を伺いなら駆けるように螺旋階段を降りる。
ん?
こちらを見ていたロボットの頭がガクガクと震えだし、突然、動きを止めた。まるで電池が切れたかのように腕をぶらんとさせて動きが止まる。
まさか……?
思わず端末を見る。
「今のうちに進みなさい」
端末から流れてきた声は、抑揚がないのに何処か得意気に聞こえる。
……有り難く進ませて貰うよ。
今の自分は真っ赤な手斧しか武器がない。この施設で手に入った弾薬が自動小銃に使えないかと思ったが、そう美味い話はなかった。規格が合わない。自動小銃は後でこの島に持ち込まれた武器だ。施設の中とは――違う。何処が違うと言われると答えるのは難しいのだが、それでもあえて言うのならば時代が違う、だろうか。施設の中で見つかった弾薬やハンドガンの方が古くさい。
この島に持ち込まれたであろう自動小銃は最新式のようだ。だが、その性能は、それほど優れている訳ではなかった。しかし、中身が凄く簡略化されているのだ。機能を絞って部品点数を減らし製造コストを下げて作っているとでも言うのだろうか。何故、ここまでスカスカで動くのか分からない玩具のような銃だ。何処か近未来の技術のような……。
まぁ、とにかくだ。
武器がない現状であのロボットと戦うのは避けたい。だから、このまま何事も起きなければ良いのだが……。
螺旋階段を駆け下りる。端末が、このロボットをいつまで止めていられるか分からない。
急ごう。
動きを止めたロボットの横を抜ける。動く気配はない。
だが、次の瞬間――
自分の体はぐちゃぐちゃになって吹き飛ばされていた。
かすむ目を瞬かせる。俺の体が螺旋を描くドリルに巻き込まれ貫かれ、ねじ切られている。あのロボットがドリルの先端部分を射出したようだ。
「フ……ラグ回収……か、よ」
口からあふれるほどの血が吹き出す。体はねじ切られ、折れ、見るのも嫌になるほどの状態だ。
死ぬ。
死ぬ。
「馬鹿な! 完全に掌握していたはずです!」
端末が叫んでいる。端末を信じ過ぎて油断していた訳じゃない。俺は油断しないようにしていはずだ。だが、それでも回避出来なかった。回避出来ないほど完璧な一撃だった。
あのロボットが俺よりも優れていただけだ。
死ぬ。
どうやっても助からない一撃だ。
いや、今、もし生き延びれたとしても……ここまでぐちゃぐちゃになった体を治せる医者はいないだろう。
生き延びた方が辛いほどの状態だ。
死が迫る。
どくん。
その瞬間、俺の体が跳ねた。体の中で何かが弾け目覚めようとしているのが分かる。
これが、この感覚が覚醒。
体の中の細胞が、全身に生きようとする意思を送り込む。
ぐちゃぐちゃになっていた体が造り替えられる。
響く、狼の咆哮。
気付けば俺の体は黒い体毛に覆われた人狼の姿に変わっていた。
本能のままに飛ぶ。
長く伸びた鋭い爪をロボットに叩きつける。その爪が跳ね返される。硬い。馬鹿みたいに硬い。
ロボットがキュルキュルと無限軌道を動かす。死んでいた瞳に光が灯る。端末による支配は失敗したようだ。
両手の爪で何度も切り付ける。だが、うっすらとスリ傷がつくだけで切り刻むことが出来ない。この表面を凹ませることが出来たハンドガンの方がまだ効果的で優秀だった。
爪は……見た目よりも役に立たない。いや、相性が悪いだけか。
プロテクターを突き破るほど太くなった足でロボットを蹴る。少しだけ浮かせ後退させる。だが――その程度だ。力比べで負けそうだ。
この狼化、思っていたよりもショボいのか。いや、このロボットが強すぎるだけか!
力比べでは負けそうだが、それでも怪力になっているのは間違いない。
どうする?
この狼化がいつまで続くか分からないが、この間に、このロボットを倒すッ!
だが……。
そこで転がっている真っ赤な手斧に気付く。武器、か。
手斧を拾おうとする。だが、長く伸びた爪が邪魔して上手く拾えない。この爪、邪魔すぎる。
どうする?
……!
目の前のロボットが俺をひき殺すように無限軌道を回し迫る。避ける。だが、その避けた先を狙うように機銃が火を噴く。とっさに両手を交差して銃撃を防ぐ。腕の肉が銃弾によって抉られる。だが、抉られたそばから肉が盛り上がりめり込んだ弾丸を飛ばす。恐ろしい再生力だ。
こちらの横を駆け抜けた無限軌道が滑るように急停止してこちらへ向き直る。また突進してくるつもりかッ!
迫るロボット。
手が駄目なら……、
足が有るッ!
真っ赤な手斧を蹴り上げる。くるくるとまわる手斧。迫るロボット。
見る。
ここだッ!
蹴る。
刃をロボット側に、手斧ごと蹴りを叩きつける。ロボットの前面が凹む。その凹みによって無限軌道が絡まり、動きを止める。だが、まだロボットは動きを止めていない。機銃がこちらを狙っている。
飛び上がり、ロボットの人型部分に取り付く。そして顔のような部分に腕を回す。そのままねじ切る。頭が外れバチバチと火花が飛び散っている。
ガワが硬くても中はどうだ?
ロボットの内部に細めた爪ごと腕を突っ込む。そのままかき回す。
このロボットは精密機械だろうから、これなら!
そして、ロボットがガクガクと震え、動きを止めた。
倒した……か?
倒したな?
倒した!
やっとか。
あー、でも、コイツ、地下にもう一体居たよな。頭が痛くなる。
2020年4月15日誤字修正(報告ありがとうございました)
あおのロボットが → あのロボットが




