189 機械の腕24――「誰なんだ?」
それでどうするか、だな。
このお金を元に武器を手に入れる。そして、オークションまでにコックローチの賞金を手に入れる。それが一番の理想だが、このハルカナの街では碌な武器が手に入らない可能性もある。最悪、武器が手に入らないのなら、このお金で他のクロウズを雇うという手段も有りだろう。だが、スターなんちゃらという団がそれをやって失敗している。お金を積んでも人が集まらない可能性は高い。
――クロウズたちも馬鹿じゃないからな。全てに命がかかっている。スピードマスターという名の売れたクロウズが参加して、しかも集団で戦って負けている賞金首が相手だ。手を貸してくれるとは思えない。
なんとか武器を手に入れるしか無い、か。それこそ、他の街から運んで貰うか。
どちらにしても、まずやることは……。
『洗車だな』
『洗車でしょ』
洗車したばかりだが、いや、洗車したばかりだからこそ汚れが気になる。ゴミの山に突っ込んでしまったのだ。もう一度、洗車をするべきだろう。
ついでにガスマスクと雨合羽も洗いたいところだが、クルマの洗車機で洗う訳にもいかない。どうするべきか。
『コイルランドリーで洗えばいいでしょ』
『あるのか』
コインランドリーがあるのか。コインを入れて洗濯機が動くような機械がここにもあるのか。
『ふふん、あるみたいね』
そんなものが残っていたことに驚きを感じる。
……。
ん?
いや、コインではなくコイル……なのか?
なるほど。この時代に沿ったものになっているようだ。
そして洗車場に辿り着く。
『ここか』
『ここでしょ』
そこにあるのは戦車がすっぽりと入る大きな四角い箱の機械だ。そして、その箱の前には杖をついた眼帯の老人が立っていた。
「じいさん、睡眠は取った方が良いと思うぜ」
俺はドラゴンベインのハッチを開け、そこから顔だけを出し、眼帯の老人に話しかけた。
「百コイルだぁ!」
眼帯の老人は俺の忠告を無視して、手に持った杖を振り回しながらお金をせびる。
洗車一回百コイルか。
「手持ちがない。口座に振り込むみたいにして支払うことは出来るか?」
眼帯の老人がニタリと笑い、金属のプレートをこちらへと突きつける。
「ひっひっひっひ、これがコードだで、ここに入れい」
どうやら、この金属のプレートでやり取りが出来るようだ。
『セラフ、頼めるか』
『クロウズのタグでも出来るってことを忘れたのかしら。まぁいいけど』
そういえばそうだったか?
「ひひひっひ、坊主、コイツだ」
眼帯の老人がボロ布のような服からコインを取り出し、こちらへと投げる。
500円硬貨だ。
俺はドラゴンベインを洗車機の前にあるプレートのところまで動かす。そのままドラゴンベインを降り、機械の箱にある横穴に五百円玉を入れる。
「なぁ、じいさん、コーティングも頼めるだろうか?」
俺は洗車が終わる待ち時間に眼帯の老人へと話しかける。
「ひっひっひ、ほれ」
眼帯の老人が先ほどの金属プレートをこちらへと突きつけてくる。
「……先になんのコーティングにするか聞かないのか?」
「クルマ乗りならシールドか耐エネルギーだろう。わかってるで」
どちらも一万コイルだったか?
金額は同じだから、聞くまでも無いってことか。
俺は首を横に振る。
「頼むのはクリーンコーティングだ。洗車してすぐに汚れるのは耐えられないからな」
眼帯の老人が少しだけ顔を歪め、驚いたように俺を見る。
「意外だぁのう」
「そうでもないさ」
俺は肩を竦める。
「ところで、じいさん、何処か、この街で武器を扱っている場所を知らないか?」
「ひ? 坊主、それならオフィスで聞くべきだろう。ここならオークションもあるで」
眼帯の老人がニタァと笑っている。
俺はもう一度肩を竦める。
「そのオークションで欲しいものがあってね。そのために大物を狩ろうと思っているのさ。それこそ、何処かの鉄橋を占拠しているような奴をね」
俺は眼帯の老人を見る。先ほどまでのニタニタとした笑みが消えている。
「坊主、どれだけ出せる?」
眼帯の老人が指で乾電池を挟んでいるようなポーズをとる。
「とりあえず百万だ」
ゲンじいさんが俺の命に付けたのと同じ金額。それを武器に変える。
「首輪付き、さすがだで。新人のクロウズのくせに二つ名が付いたのは伊達じゃあなかったかぁ」
「俺を知っていたのか」
「ひっひっひ、わしを誰だと思っているだで」
眼帯の老人がニタリと笑う。
「誰なんだ?」
「ひっひっひ、わしはユメジロウ。この辺りの機械はぜーんぶ、わしが面倒を見ているのさ。ひひひ、もっと分かり易く言えばこの街をまとめている者だで」
眼帯の老人が洗車機をコンコンと叩いている。
思ったよりも大物だったようだ。
この街を真に支配しているのはオフィスのマスターだろう。だが、住んでいる人をまとめているのはこの老人なのかもしれない。
「それで?」
「首輪付き、着いてくるがええ」
眼帯の老人が杖を振り回し、鼻歌を歌いながら何処かへと歩いて行く。俺はその後を追う。
「クルマなら、ちゃーんとコーティングしておくで任せどげ」
「ああ、頼む」
クルマから離れることになるが奪われるような心配はしなくても大丈夫だろう。いざとなればセラフに動かして貰うことも出来る。
老人が地下鉄の入り口のようなところから階段をぴょんぴょんと跳ね降り、脇に備え付けられた扉を抜ける。
俺も後を追う。
扉の向こうでは屈強な男が門番のように立っていた。男が眼帯の老人に頭を下げる。
「大老、お帰りなさいませ」
「ひっひひひ、久しぶりに面白いのが来たで奥に通す」
「あれを見せられるのですか」
屈強な男が驚いたような顔で眼帯の老人を見る。
「ああ、そうだで」
眼帯の老人が楽しそうに杖をくるくると回しながら歩いて行く。
そして、最奥の部屋に。
「首輪付き、コイツが何か分かるが?」
眼帯の老人がそれの前に立つ。
大きなガラスケースに収まった砲塔。戦車に取り付ける主砲か?
『神の雷……なんで、こんなところに』
セラフの驚きの声が俺の頭の中に響いていた。
う ひろし う
ま ま
い い