188 機械の腕23――『帰ったらもう一度洗車だな』
『この倉庫だけ劣化が早いのはどういうことだ?』
開いた穴の前に戻る途中、独り言のようにセラフに聞いてみる。
『聞いてなかったのかしら?』
すると意外にもセラフから返事があった。
『保存装置が壊れていた、か』
『ふふん、ちゃんと聞いていたなら分かるでしょ。そういうことでしょ』
俺は首を振り、肩を竦める。
『それが良く分からないな』
『はぁ、馬鹿なの? ここにある物が劣化しないようにするための装置が保存装置。言葉通りでしょ。それが壊れていたから劣化した、それだけでしょ。そんなことも分からな……いえ、待って、元々、装置が無かったら? でも、世界は保全されたはず。密閉されたことで群体が広まることが無かった? でも、そんなことが? 穴が開いて道が出来るまで……これが、本来の旧時代の……』
セラフが独り言のように呟き、考え込んでいる。
『セラフ、何が……』
考え込んでいるセラフに話しかける。
と、そこで倉庫が揺れた。
激しい音と揺れ。倉庫内にパラパラと粉が舞う。
『セラフ、何があった?』
『ふふん、少しお片付けをしていただけ。それで何?』
俺は肩を竦める。
『倉庫の中だけ劣化が早かった理由は分かったのか?』
『あくまで予想だけど、元々、ここは保存装置が無かった時代のものということかしら。だから劣化は当然。世界を保全するために群体が散布された時も密室だったため、免れたんでしょ』
世界を保全?
群体の散布?
『群体。与えられた命令を実行する、お前の目では見ることが出来ないほど小さな機械よ』
『そういうことか』
そういうことなのか。
『ふふん、お馬鹿にしては理解が早くて助かるわ』
セラフとそんな会話をしている内に開いた穴の前に辿り着く。
『それでどうするつもり?』
『考えてなかったな』
俺は穴の前で立ち尽くす。
降りる手段が無い。片手で登り切ったことも無茶だったが、降りることを考えていなかった。
いや、まったく考えていなかった訳では無い。
ここから何処かに通じている可能性。
ここに降りるための道具が残っている可能性。
それらをアテにしていた。
だが、結果はご覧の有様だ。
通路は無く、道具類はことごとく風化し、劣化している。
『それでどうするつもり?』
『着ているものでも脱いで結んでみるか?』
……。
『お前は馬鹿なの? 届くと思っているのかしら?』
俺は肩を竦める。
『後は球体がやって来るのを待って、それに掴まって降りる、か』
……。
『少し待ちなさい』
俺はセラフの言葉を聞き、その場で待つ。
しばらくすると聞き覚えのある音が近づいて来た。
『セラフ』
『タイミングを合わせなさい』
俺はセラフの言葉に頷きを返す。
タイミングを合わせる。
音が近づいてくる。
……。
……。
……。
……ここだ。
俺は穴に飛び込む。
近づいてくるドラゴンベイン。
ドラゴンベインが、以前、グラスホッパー号で行ったようにシールドを地面に叩きつけ飛び上がっていた。
俺のお出迎えだ。
だが、足りない。
シールドの出力はドラゴンベインの方が上だ。だが、その分、本体の重さが増えているからか、思ったほどの高さまで飛び上がれていない。
天井の穴まで届かない。
俺は穴の壁を蹴る。
蹴った勢いで飛び上がったドラゴンベインへと突っ込む。
突っ込み、掴む。
慌ててハッチを開け、その中へと滑り込む。
『衝撃がくるから気を付けなさい』
シールドに守られたドラゴンベインがゴミの山に着地する。爆発するように周囲のゴミが飛び散り、激しい衝撃がドラゴンベインを襲う。
『なかなかスリリングなお出迎えだ』
『お前が何も考えていないからでしょ』
俺は肩を竦める。まったくその通りだ。
『どれだけお金として認められるか分からないが目的の物は手に入った。ハルカナの街に戻ろう』
『そうね』
セラフの呆れたような声が頭の中に響く。
『帰ったらもう一度洗車だな』
せっかく綺麗にしたクルマを汚さないために、ゴミ山の手前で降りたのに、全て無駄になってしまった。
その帰る途中、スロープの手前に無数の犬の死骸が散らばっていた。
『これは?』
『お前がクルマから降りるのを待ち構えていたみたいね』
なるほど。
先ほどの揺れと戦闘音はこれか。
クルマから降りたところを狙うなんて随分とずる賢かったようだが、無駄だったな。フラグにはならなかったか。
俺はドラゴンベインを動かし、ハルカナの街のオフィスに戻る。
何事も無く……いや、セラフが居なければ、俺はクルマ無しで犬と戦うことになっていたか。そもそも穴から降りられなかったかもしれないな。
『ふふん』
俺はセラフの得意気な笑い声を聞きながらオフィスの窓口に向かう。
「お帰りなさい。無事で良かったです。本日のご用件はなんでしょうか?」
俺のことを覚えていたのか窓口の女がそんな挨拶をする。人造人間なのだから、覚えていても当然か。
「これを両替して欲しい」
俺は窓口に手に入れたばかりのボロボロの乾電池を並べていく。俺が乾電池を置くたびに窓口の女の顔が露骨にこちらを残念なものでも見るかのようなものへと変わっていく。
「お気持ちは分かりますが、ここまで劣化したものは両替出来ません」
……無理だったか。
そうなると俺のやったことは全て無駄になってしまう。
いや、待てよ。
俺は持って帰った歪んでいる9Vの四角い乾電池を分解する。中に入っているのは単六の乾電池六本だ。中の乾電池の全てが無傷とはいかないが、それでもこれならいくつかは使えるはずだ。
「使えそうなものを口座に入れてくれ」
「分かりました」
確か単六乾電池は十万コイルだったはずだ。9Vの百万コイルよりは大きく減ってしまうが、それでもゼロよりはいい。
「全部で百二十万と651コイルですね」
思わず口笛を吹きそうになる。
一攫千金だ。
これで何とかなるだろう。
『ふふん。やるじゃない。これでオークションの目玉が狙えるでしょ』
クルマは無理でも、か。
だが――
『セラフ、何を言っている。これで装備を買う』
『はぁ?』
『お前が言っただろ、現状の装備ではあのアクシード四天王のコックローチとやらに勝てる可能性はゼロだって』
『お前は何を言っているの?』
『これで装備を整えれば少しは勝てる見込みが出るだろう?』
そう、俺は舐められたままでは終わらない。
勝つ見込みが無い?
なら、勝てるようにするだけだ。
2021年5月16日修正
ゴミ山のまで → ゴミ山の手前で