187 機械の腕22――『他に道は?』
真っ黒に染まった夜の闇の中、赤い警告灯とともに周囲のゴミが舞い上がっていく。ゴミが球体に集まっていく。
瞬く間にゴミの巨人の完成だ。
これと生身でやり合うのは危険だろう。逃げるに限る。
右目に映し出されたガイドラインに沿ってゴミの山を駆け抜ける。周囲は夜の闇に閉ざされているが俺には問題無い。この程度なら目を閉じて移動することだって出来る。
『ふふん、それなら目を閉じて移動してみれば?』
『言葉の綾だ。本気にするな』
邪魔なガスマスクで嗅覚を封じられ、体を覆う雨合羽によって皮膚から感じる空気の流れが読めなくなっているような状況の中、視覚まで閉ざしてしまうのは危険だ。
周囲が暗闇に閉ざされているといっても何も見えない訳では無い。それに今はこちらを追いかけている赤い警告灯という明りもある。
『ふーん』
『何か言いたそうだな』
『別に』
『随分と人間くさい人工知能だよ、お前は』
逃げる俺をゴミの巨人が追いかける。
俺は肩に提げていた狙撃銃を降ろし、振り返り、片手で持ち引き金を引く。
「ちっ」
俺は思わず舌打ちをする。撃ち出された銃弾が、球体を覆っているゴミによって防がれていた。ドラゴンベインの主砲であれば簡単に貫くことが出来たのに、この狙撃銃ではそれが出来ない。
……。
戦車の主砲と片手で持てる程度の銃火器を比べる方が間違っているか。
ゴミの巨人が散弾のように勢いよくゴミをまき散らす。俺はとっさに積み上がったゴミの山に突っ込み、それを壁として身を守る。
球体に触れた時にそのままナイフでも突き立てて壊しておくべきだったか?
『あいつの機能を乗っ取るとか出来ないのか?』
『ふん、何を期待しているのかしら? あんなものを乗っ取ろうとしたら私までバグに感染しかねないでしょ。そんなことをさせようとするなんて馬鹿なの?』
ゴミの巨人と追いかけっこを楽しみながらガイドラインの通りに進む。
そして、俺の足が止まる。
『間違ってないんだよな?』
『ふふん。お前が私を疑うの?』
ガイドラインは天井を指し示していた。ここはゴミを集め、積み上げているだけあってかなり天井が高く作られている。その天井の一か所に穴が開いていた。なるほど、ガスマスクのバギーが他に道が無いと言い切る訳だ。これは見つからないだろう。
パッと見た感じ、穴のある天井までは十メートル程度の高さがある。飛び上がって届くような距離では無い。ゴミを積み上げて足場にするにしても、いつ、球体が襲いかかってくるか分からないようなこの状況で出来るとは思えない。
『他に道は?』
『あったら表示させているに決まっているでしょ。馬鹿なの?』
『その通りだな』
セラフを疑い過ぎるのもアレか。今のセラフはそれなりに信用出来る。
となれば……。
俺は振り返り、ゴミの巨人と対峙する。
俺に追いついたゴミの巨人が右の拳を振りかぶる。
チャンスだ。
そして、そのまま勢いよくこちらへと叩きつけてくる。俺はその拳に飛び移り、そのまま駆け上がる。
右腕から肩へ、そして頭の上に。
この高さならっ!
俺はそこから飛ぶ。足に力を入れ、そこだけを獣の足に造り替え、その力を使い大きく跳ぶ。
俺は手を伸ばす。
届く!
天井の穴に手をかける。そのまま張り付くように指の力で体を支え、壁を駆け上がる。腕と足の筋肉が上げた悲鳴を無視し、俺は駆け上がる。落ちれば、この高さだ。間違いなく死ぬ。無理をしたことで筋繊維が傷ついたかもしれないが、気にしている場合では無い。
ほぼ垂直の壁を登る。幸運なのはこの穴が最初から作られていたものではなく、後で無理矢理開けられたものだということだろう。どうやってこの穴を開けたのか分からないが、穴の壁はデコボコになっており、手や足を掛けることが出来た。これが無ければ、この穴を登るのはもっと大変だっただろう。
手を伸ばす。俺の持ち上げた手が穴の縁にかかる。そのまま力を入れ体を持ち上げる。
登り切った。
ここが目的地か。あの球体がゴミを集めてきた場所。
俺は周囲を見回す。薄暗いが、そこがなんの部屋であるかは分かった。
『倉庫か』
『ふふん、そのようね。正規の入り口は崩壊してしまっているんでしょ。あのマシーンの行動ルートがおかしくなったのもそれが原因みたいだし』
倉庫に並んでいるものを見る。
ホームセンターの倉庫だけあって色々な道具が並んでいる。
だが、それらは長い年月に耐えることが出来なかったのか、あるものは錆び付き、あるものは壊れ、あるものは風化していた。
あのゴミ回収用のマシーンがここにあるものをゴミだと判断する訳だ。
にしても倉庫がゴミの回収ルート? セラフが言うようにルートがおかしくなっているのだろう。
もしかすると、あのゴミが山積みになった地下は、元々は地下駐車場だったのかもしれない。道がふさがれ、ルートがおかしくなったことであそこにゴミを集めるようになった?
――あり得るな。
俺は倉庫の棚を漁る。
穴に近い場所はあの球体に回収されてしまっているようだが、奥の方はまだ色々なものが残っている。
『だが、どれもゴミばかりだ』
『保存装置が壊れていればこんなものでしょ』
セラフの言葉に俺は肩を竦める。
それでも俺は諦めずに探索する。ここが倉庫なら残っているはずだ。あの球体が回収していたくらいだ。あれが全てで無ければ残っているはずだ。
そして、見つける。
箱に入った乾電池だ。
中には四角い9Vの乾電池もある。
『見つけた』
残っていて良かった。
パッケージがボロボロになった9Vの乾電池を手に取る。
「あ……」
手に取った瞬間、9Vの乾電池の外装が剥がれ、中身がこぼれ落ちた。
保存状態が悪すぎる。
他の電池も確認する。やはり、似たようなものだ。中が膨らみ外装が裂けている。
この状態でもお金としての価値は認めて貰えるのだろうか?
……。
とりあえずオフィスに持っていってみるか。
ホームセンターの地上部分はまだ形が残っていたのに、この倉庫だけ劣化が早いのはどういうことだ? まるでここと地上で経た年数が違っているかのようだ。
それが意味することは……?
……。
考えても分かることではない。結果はこれだが、とりあえずの目的は達成だ。
帰ろう。