185 機械の腕20――「碌なものが無かった」
小オークションが終わり、人々が帰っていく。俺もその流れに混じり、階段を降りる。
『スピードマスターの右腕か。スピードマスターがアクシード四天王に敗れて死んだのは本当だったようだ』
『あら? それがどうしたの?』
『俺がこの時代に目覚めて、初めて出会ったクロウズがスピードマスターだった。そう思うと少し……な』
『ふーん、それが何?』
セラフの声は軽い。人工知能であるセラフにとって俺の感じているものなんて、くだらないもの――つまらない感傷程度にしか思っていないのだろう。
『ふーん。仇討ちでもしたいのかしら?』
俺は首を振り肩を竦める。
『形見の腕を引き継いで仇討ち? 俺の柄じゃないだろう? あのスピードマスターを倒した相手に興味があるだけだ』
今の俺では勝率が0パーセントだとセラフが断定した賞金首――コックローチ。本当にゼロなのか試したいだけだ。
これは決して仇討ちではない。
帰り道、俺はオフィスの窓口に寄る。
「ここではクルマやヨロイの修理道具を扱っているのか?」
「はい。あちらにあるクロウズショップでは修理道具も扱っていますよ」
窓口の女が示した方を見ると、そこには小さなお土産屋のような売店があった。
「てっきりクロウズになった記念品でも売っているのかと思っていたよ」
俺がそう言うと窓口の女は機械的な微笑みを強くした。真顔のまま器用にニコニコと笑っている。
「ちなみにどれくらいの値段だろうか?」
「三種類ありますね。下から梅が百コイル、竹が千コイル、松が一万コイルですよ」
窓口の女が機械的に微笑みながら教えてくれる。オフィスのスペースを一日借りるのとまったく同じ金額だ。
思っていたよりも安い……のか?
「値段による違いは性能の違いです。最近は改造を施した非正規品も出回っているようですが、手を出さないでくださいね。見つけ次第、特別な部屋でお話をすることになります」
俺は肩を竦める。
「さっきオークションで見かけたところだ。肝に銘じておくよ」
話し合いという名前の何かをされるんだろうな。ガスマスクの男を助けた時に対価として教えて貰った内容だが、俺は手を出さない方が良さそうだ。
俺は窓口の女に別れを告げ、クロウズショップと呼ばれる売店に向かう。
『修理道具を買うのはお勧めしないから』
セラフの少しだけ強い否定の言葉が俺の頭の中に響く。
『それは何故だ?』
『お前がマザーノルンに監視されながら行動したいというなら止めないけど?』
……なるほど。
『修理道具はマザーノルンの目であり、耳であるということか』
『ふふん。分かってるじゃない。ここにあるリペアボットは全てそうでしょうね』
『なるほどな。オフィス以外から手に入れないと駄目か』
もしかすると値段がそこそこ安いのは、そういった理由があるからなのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
クロウズショップの店員がニコニコと微笑んでいる。駅弁や雑誌などを取り扱っていないのが不思議なほど小さなお店だ。
「ここではガスマスクや防護服のようなものは売っているだろうか?」
「ガスマスクならありますよ。周囲に漂っている毒素や塵を強制的に綺麗な空気に変えるクリーナーが口部分のところに付いているので、どんな毒にも対応が出来ますよ」
「どんな?」
店員が頷く。
「旧時代よりもさらに昔の、大昔では毒の種類ごと? に対応したガスマスクが必要だったらしいです。こちらならその心配はありません。どんな毒もシャットアウトします。変換出来ない毒が充満している場所では呼吸が出来ないだけですから安心ですよ」
それは安心なのか?
「防護服は?」
「雨から身を守るような雨合羽ならありますよ。お客様は東部出身ですか? あちらは砂漠ばかりで雨を見たことがないでしょ? こちらではあった方が便利ですよ。体を溶かすような酸性の雨が降ることもありますし、きっと欲しくなる一品です。折りたたんで携帯出来るので急な雨にも安心! 体が溶けて機械化や再生治療が必要になってからでは、もう遅い! どうですか? 西部の必需品ですよ」
カウンターから身を乗り出すようにぐいぐいと押してくる店員にため息を吐く。
「分かった。そのガスマスクと雨合羽を貰おう」
「毎度です。では、二つで六万二千コイルになります」
商品を受け取ろうとした手が止まる。
二つで六万二千?
高すぎる。
ここで機械の腕を手に入れようと用意していた軍資金が消えてしまいそうな金額だ。
……。
それでも買っておくか。
「分かった。それをくれ」
ガスマスクと雨合羽を購入し、バギーが待っている宿に戻る。
「ガム、遅かったな。待ってたぜ」
「少し……オークションがどんなものか確認していた」
「どうだったよ?」
ガスマスクのバギーのガスマスクの奥でニヤリと笑っていそうな言葉に俺は肩を竦める。
「碌なものが無かった」
「そりゃあ、使わなくなったものを処分する場所だから仕方ないぜ。それでも偶に掘り出し物が出るけど、よ!」
使わなくなった物譲ります? 随分とエコな考えだ。立派だな。偉いな。
「それで?」
「ああ、回収したコイルだよな? 綺麗にして数え終わってるさ」
ガスマスクのバギーが乾電池を並べていく。
単一の乾電池が十六本、単二の乾電池が二十二本、単三乾電池が六百十四本、単四乾電池が三百五十六本、ボタン電池が無数という感じだろうか。
あの場所で見た時に、遠目でも球体が乾電池に覆われていると分かるほどの量だっただけに、数だけは多い。
単一が160,000コイル。
単二が22,000コイル。
単三が61,400コイル。
単四が3,560コイル。
しめて246,960コイルか。
ボタン電池も含めれば約二十五万コイルというところだろうか。
多いといえば多い金額だが、とても一攫千金と言えるような金額ではない。思ったほどの金額にならなかったのは、単三や単四の乾電池ばかりで単一と単二が少なかったのが原因だろう。
まず約束の二万コイルを受け取る。次に俺の取り分として七万コイルほどを受け取る。
『ガスマスクと雨合羽の代金が戻ってきた程度だな』
『そうね』
まぁ、こんなものか。
「確かに受け取った。これで貸し借り無しだ」
「へへ、助かったぜ」
「では、俺はこれで」
ここでの用事は終わった。
「ん? ガムさんよぉ、これからまた何処かに行くのかよ。夜はパンドラが補充されないから危ないんだ、よ!」
ガスマスクの男が楽しそうにパチンと指を鳴らしている姿を見て俺は肩を竦める。
「分かってる」
さて、ここからが本番だな。