184 機械の腕19――『両腕とも右腕か?』
「串焼き、串焼き、一本十コイルだよー」
「なんの串焼きだ?」
「砂丘ミミズの皮焼きだよ。噛みちぎれないほどの弾力が長いこと楽しめる一品だよ。顎の機械化が必要になるほどくちゃくちゃ出来るんだよ。どうだい? あんたの顎を破壊してやるよ」
「そうか」
屋台で適当に食事を済ませ、オフィスに向かう。今から向かえば小オークションが始まる、ちょうど良いくらいの時間になるだろう。
――食べた串焼きは黒タイヤに塩をふったような素材の味が生きすぎたゴム感あふれるゴムだった。
『確か……三階だったな』
コロッセオを小さくしたような円形の建物に入る。
『階段は……あそこか』
建物の中央に備え付けられた階段を上がる。
『小オークションの開催は夜の八時からだったよな?』
『ふふん。覚えているなんてやるじゃない』
セラフの俺を馬鹿にしたような声が頭の中に響く。
『そりゃどうも』
『コイルを貰いに行かなくても良かったのかしら?』
オークションの前にガスマスクのバギーのところに寄って、少しでも軍資金を増やすのは悪くない選択だ。
だが――俺は首を横に振る。
『今日はオークションの雰囲気を確かめるために来ただけだ。本番は大オークションだろう? 今、お金を使ってしまったら元も子もないからな』
『あら? 使わなければ同じじゃないの?』
俺は肩を竦める。俺の無駄遣いをしないという意思の強さがあれば同じだろう。確かにその通りだ。ガスマスクのバギーのところまで行ってお金を分配し、オークションに行って、また宿に戻ってくる――ただ、それが面倒だっただけだ。
『今の手持ちで買えないようなものなら諦めるさ』
三階の半分ほどを使った広めの部屋では、すでにオークションが行われていた。
「旧時代の遺物だよッ! ほら、この紙、こんなにも精巧な絵が描いてあるし、この部分なんて光にかざすとキラキラと虹色に変わるんだよ!」
部屋の奥にあるステージの上では、年季の入ったボロマントにゴーグルを身につけた姿の少年が、綺麗にカットされた長方形の紙切れをぴらぴらと振り回していた。
「バーカ、そいつあ印刷だろーが、何が精巧な絵だ」
「そんなのケツ拭くのにも使えねーよ」
「お前、葉っぱで拭いた時の傷が……」
まだ始まったばかりだからか室内には人の姿がちらほらしか見られない。その客も野次を飛ばしているだけの暇つぶしに来ているような連中だった。
こんなものか?
「この紙をなんと百枚、百枚セットにして十コイルから!」
「んなの、遺跡にいけば良く落ちているシロモノじゃねーか。しかも大抵入り口のところの机に入っているしな」
「百枚あってもケツは拭けねぇな」
野次が飛んでいる。
「た、確かにそうだけど、こんなに状態が良いのはないよ! ぴかぴかで折り目もないのは珍しいだろ! 十コイルからだよ!」
ゴーグルの少年が必死に叫んでいる。遺跡で手に入れた遺物をなんとか売りさばきたいのだろう。
『あれは一万円札か』
百枚あれば百万円だ。
『ふふん、ゴミでしょ』
だが、今はただのゴミでしかない。物好きなコレクターが買うかもというところだろう。
「次は俺だ。俺が出品するのはこの重機関銃だ」
オフィスの職員らしき黒子が、重厚感溢れる大きな機関銃をカートに乗せてステージまで運んでくる。
「一発の威力は凄いぞぉ! コイツは一万コイルからだぞぉ!」
「パンドラ効率はどーなんだよ。そこ、重要だろ」
「あれでケツを拭くのはヤバそうだ」
「砲身の熱で焼けて穴が塞がっちまうぞ」
今回も野次という名前の質問が飛んでいる。
「パンドラ効率は……良いとは言えないかもしれない。だが、だが! 一発の威力は魅力だぞ! 俺の背丈と同じくらいの砲身、凄いぞぉ!」
「うっし、一万コイル」
「あ? なら一万一千だ」
「んにゃろ、一万五千」
なかなか良さそうな一品だ。一万コイル程度で落札出来るならお得かもしれない。
『あれは?』
『25mm重機関砲ね。対空性能を持った……機銃としては大口径のシロモノというところかしら』
『悪くはなさそうなのか?』
俺の言葉にセラフが大きなため息を吐く。
『馬鹿なの? 主砲があるのに、それより劣る似たような性能のものをつけてどうするのかしら? 連射も出来ない、パンドラの効率は主砲に近い……控えめに言ってゴミでしょ』
『なるほどな』
戦車の砲塔のようなものを取り付け出来ないクルマなら――グラスホッパー号なら悪くない選択肢かもしれない。いや、銃器をそれだけしか搭載出来ないのに、その唯一の武器が連射出来ないのは痛すぎる大きなデメリットか。
運用法としては同じような機銃を搭載したクルマを何台も用意するという感じだろうか? 俺ならグラスホッパー号をドラゴンベインのサポートとして使えば、かな?
結局、微妙だな。無理して手に入れるほどではない。
「こ、これは制限を解除した、しゅ、修理道具だ。お、オフィスが扱っているのとは、ち、違って、いろいろ、な、直せるぞ」
考えている内に次のオークションが始まっている。次に出品されたのはガスマスクのバギーも使っていた修理用の四角い箱だ。
『これは悪くないか?』
『ふふん、そうかしら?』
故障時に対応してくれる機械だ。一個くらいはドラゴンベインに積んでも良いだろう。
「こ、これは千コ……」
と、そこでオフィス職員がステージに上がってくる。
「違法改造ですか。事前の説明では使わなくなった修理道具ということでしたが……説明、ありませんでしたよね?」
「い、いや、こ、これは……」
「言い訳なら奥で聞きましょう」
「あ、いや、その、え」
ステージの男が屈強なオフィス職員に連行されていく。
……なんだったんだ?
その後もゴミのようなシロモノの出品が続き、小オークションは終わりとなった。これでお開きかと思われたが、最後に胡散臭いターバンの男が現れた。
「皆様、皆様ー、今日、お越し頂いた皆様のために! 特別に、特別にオークションの目玉の一つを公開ですぞー。情報、こう、かい!」
胡散臭いターバンの男の言葉にあわせてオフィス職員がそれを運んでくる。
それは見覚えのある真っ赤な機械の腕だった。
「皆様、ご存じの! こちらに泣かされたクロウズの方もいるのでは? にっくきあん畜生、助けてくれた恩人、様々な思い出があるでしょう! あの! あの機械の腕が出品されます! クルマとあわせて如何ですかな?」
スピードマスターの機械式の腕――その右腕だ。
これも出品されるのか。
俺は自分の肘から先がなくなった左腕に触れる。探していた機械の腕。だが、右腕だ。
『惜しいな』
『ふふん。繋ぐことは出来るけど?』
『両腕とも右腕か?』
なんとも愉快な話だ。
魔城「ガッデム」