183 機械の腕18――「これが洗車をしてくれる機械か」
[俺が泊まってる宿の場所は知ってるよな? 後でそこで合流だぜ]
街に入ったところで、後で合流する約束をしてガスマスクの男と別れる。
『まずは洗車か』
この街で洗車が出来る場所は何処だろうか。まずは探すところからか。ガスマスクのバギーに洗車場の場所を聞いてから別れても良かったかもしれない。
と、そこで、ドラゴンベインが俺の手を離れ、勝手に動き出す。
セラフ、か。
『案内してくれるのか? 来たばかりの街なのによく場所が分かったな』
『ふふん、私はお前とは違って勤勉なの。事前に情報を集めて当然じゃない』
セラフの得意気な言葉に俺は肩を竦める。
『ごもっともで』
そして洗車場に辿り着く。
『ここか』
『ここね』
そこにあるのは戦車がすっぽりと入りそうなほど大きな四角い箱だった。そして、その箱の前には杖をついた眼帯の老人が立っていた。
「じいさん、ここが洗車場だろうか?」
俺はドラゴンベインのハッチを開け、顔だけ出して眼帯の老人に話しかける。
「百コイルだぁ!」
眼帯の老人は俺の質問には答えず、手に持った杖を振り回しながらお金をせびる。
洗車一回百コイルということだろうか。
ちょうどホームセンターで手に入れた単三乾電池がある。
「これでいいだろうか」
俺は眼帯の老人に単三乾電池を投げ渡す。お目当てのものを手に入れた眼帯の老人がニタリと笑う。
「ひっひっひっひ、坊主、素直なのは良いことだぁで」
俺は肩を竦める。
坊主、か。
「じいさん、俺はもしかしたらあんたよりも年上かもしれないぜ」
あの施設で、俺がどれだけ眠っていたか分からないが、そういう可能性だってあるだろう。
「ひっひっひっひ、坊主、それは悪かった」
俺は大きくため息を吐く。坊主扱いするなと言ったつもりだったが、無駄だったようだ。
「それで?」
どうすればいいんだ?
「ひひひ、坊主、洗車機の使い方は知っているか?」
俺は首を振る。
「いや、教えてくれ」
「ひっひっひ、餓鬼は素直なのが一番だて。まずはコイツだ」
眼帯の老人がボロ布のような服からコインを取り出し、こちらへと投げる。
「これは?」
硬貨だ。俺には見覚えしかない硬貨。
――これはかつて五百円玉と言われていた硬貨だろう。
「まずはあの機械の前にある四角い床にクルマを載せるんだよ。ひっひっひ、次に機械の横にある穴に、その丸いのを入れるだぁ!」
「分かった」
俺はドラゴンベインを動かし、四角い機械の箱の前にあるプレートの上に載せる。そのままドラゴンベインを降り、機械の箱にある横穴に五百円玉を入れる。
すると四角い機械の箱から陽気な音楽が流れ始め、ドラゴンベインを載せたプレートが動き始めた。四角い機械の箱の中にドラゴンベインが入っていく。
「洗車、洗車、戦車で洗車、楽しい洗車ー」
眼帯の老人が陽気な音楽に合わせて下手くそな歌を歌っている。
「ひひひ、歌のサービスだよ。嬉しいだろ? 洗車ー、洗車ー、爽やか三番、綺麗が一番、洗車ー」
「……歌のサービスは不要だ」
俺の言葉を聞いて老人の歌がピタリと止まる。
「つまらん坊主だて」
俺は肩を竦める。
「これが洗車をしてくれる機械か」
「ひひっひっひ、そうだよ。凄いだろ」
凄いのは洗車機であって、この老人ではない。
「ひっひっひ、ところで坊主、洗車のついでにコーティングはどうだで?」
「コーティング?」
「坊主のクルマはコーティングをしていなかったようだぁで、知らないだろ? ひひひ、今なら安くして、お買い得にするで?」
眼帯の老人が揉み手をしながら嫌な顔でニタリと笑っている。
「説明してくれ。頼むかはそれからだ」
「そうかい。なら、しっかり聞くだよ。うちでのコーティングは三種類だで。まずはシールドコーティング、クルマの表面に泡を塗って、それを固めて、ある程度の衝撃を受け止めるコーティングだで」
シールドコーティング?
「次が耐エネルギーコーティングだよ。これは凄いでぇ、エネルギー弾を霧散させるコーティングだよ」
耐エネルギーねぇ。パンドラで精製した弾丸などを防いでくれるのだろうか。
「最後がクリーンクリーンコーティングだよ。坊主、どれにするだ?」
……。
「最後の説明がないようだが?」
「ああ、そりゃあ雨や泥汚れから守ってくれるコーティングだよ。クルマを綺麗に使いたいお金持ちがするようなコーティングだで、坊主には必要ないだよ」
俺は肩を竦める。
「それで、そのコーティングとやらの金額は?」
「シールドとエネルギーが一万コイル、クリーンが千コイルだ。どれも一度塗れば、一、二週間はもつでぇ?」
……随分と良い値段のようだ。
しかも、効果は最長で二週間ほど? お金が余っているような時ならまだしも現状では必要ないだろう。
そもそもクルマにはシールドがある。無理してコーティングをする必要はない。
「クルマにはシールドがあるだろう? 不要だ」
「どうだぁ? シールドの負荷を減らしてパンドラの消費を抑えることが出来るでぇ?」
そういう考え方も出来るか。
だが、不要だな。
「分かった。ちなみに全部を塗ることは出来るのか?」
「ひひひ、やってもいいで?」
眼帯の老人がこちらを値踏みするようにニタニタと笑っている。三種類全部塗ったら、全ての効果がある――なんていう風にはならないんだろうな。
と、そんなことを話しているうちに洗車が終わったようだ。
四角い機械の箱からピカピカになったドラゴンベインが出てくる。こびりついていたゴミの悪臭も消えているようだ。
「今日は洗車だけで充分だ」
「ひひひっひっひっひ、気が向いたら来るんだよ」
「ああ、そうするさ。あー、ちなみにオークションが何処で行われているか知っているだろうか?」
「それならオフィスだよ。オフィスの三階でいっつもやってるで」
「そうか。ありがとう」
俺は眼帯の老人に礼を言ってドラゴンベインに乗り込む。
オークションはオフィスか。あの円形の建物で行われているのか。
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