182 機械の腕17――『もしかしてゴミを集めて来る個体か』
ガスマスクの男がヨロイの座席から手を伸ばし、俺が動かないように待ったをかける。あの浮かんでいるゴミの塊を攻撃すること自体が不味いのだろう。
出来るだけ音を立てないようにゆっくりとドラゴンベインを後退させる。それでもキュルキュルという無限軌道が回る小さくない音が部屋内に響く。だが、浮かんでいるゴミはこちらに気付いていないようだ。いや、そもそも一定の決められた動きを行うだけで、こちらのことを気にしていないのかもしれない。
ドラゴンベインの中で息を殺し、浮かんでいるゴミの動きを見守る。
しばらくふよふよと漂っていたゴミの塊がお気に入りの場所を見つけたのか、動きを止める。そして、身に纏っていたゴミの服を脱ぎ始める。
『もしかしてゴミを集めて来る個体か』
『そのようね』
ドサドサと、いや、ぐちゃぐちゃとゴミをまき散らし、現れた中身は――乾電池の塊だった。殆どが単三乾電池だが、元の球体に張り付くように無数の乾電池が浮かんでいる。
コイルを纏ったマシーン――眉唾かと思ったが嘘では無かったようだ。
[撃つなよ、俺が行くから、撃つなよ]
ガスマスクの男から通信が入る。ガスマスクの男に考えがあるのだろう。ここは任せた方が良さそうだ。
ガスマスクの男がゴミの山の中、ヨロイを飛び跳ねるように動かし、鉄の棒でふよふよと漂っている無数の乾電池の塊を叩く。その衝撃でボロボロと乾電池が剥がれ落ち、周囲に散らばる。
ガスマスクの男が撃つなと言ったのは、主砲の一撃で乾電池が駄目にならないように、ということか。
ガスマスクの男のヨロイが動き、何度も鉄の棒を叩きつける。
ふよふよと漂っている球体は決められた動きしか出来ないのか、叩かれながらもそれを無視して動いている。
ルートを巡回する乾電池のくっついた球体と、それを追いかけるガスマスクの男――という感じだろうか。ガスマスクの男が追いかけ、鉄の棒を叩きつけるたびに纏っていた乾電池が剥がれ落ち、周囲に散らばっている。
ゴミの山の中に散らばっている。
……。
集めてきたゴミをこの部屋に捨てるマシーン? ゴミの山の正体はコイツが原因か。だが、乾電池を纏っている理由はなんだ? 集めたゴミの中に乾電池が混ざっていた? どういう原理でゴミを浮かべているのか分からないが、乾電池はその力を消すことが出来ない? だから、乾電池だけが残ったままになった?
……分からないな。全て憶測だ。
しばらくすると満足した顔のガスマスクの男が戻ってくる。
[さあ、集めようぜ]
ガスマスクの男が楽しそうに指をパチパチと鳴らす。
『これはアレだな。何々しようぜ、の『ぜ』がZeになっていたり、何々だよ、の『よ』がYo! になっていたり、するような感じか』
『何を言っているの? 分かるように喋りなさい』
『なんでも無い。こっちのことさ』
俺は肩を竦める。
ラップバトルでもやりそうな感じだと言ってもセラフには分からないだろう。
それよりも、だ。
「俺はあんたが安全に回収出来るよう周辺の警戒をしよう」
[分かったぜ、回収は任せてくれよ]
俺は回収を手伝ってくれと言われる前に先手を打つ。
こんな良く分からない液体やガスが発生している場所で、ガスマスクや防護服などを身に着けず回収なんて出来る訳がない。
目的地がこんな場所だと分かっていれば、俺もガスマスクを用意したのだが――いや、結局、ドラゴンベインの外に出なかったかもしれないな。回収してゴミまみれになって、そんな状態でドラゴンベインの中に戻りたくない。一週間くらいは匂いが落ちなさそうだ。それこそ、常にガスマスクを着けないと駄目な状況になるだろう。
これは適材適所だ。
ガスマスクの男がヨロイから飛び降り、散らばった乾電池を集めるのを見守る。殆どが単三乾電池のようだが、それでも結構な数がある。数万、いや数十万コイルくらいにはなりそうだ。悪臭が漂うゴミ山の中から乾電池を探す作業か。割に合っているかを考えると微妙なところだ。
[終わったぜ。帰ろう]
「分かった。早く帰って洗車したいな」
[そうだぜ。体も洗いたいぜ。体が腐って錆びそうだよ]
ガスマスクの男と来た道を戻る。帰りのスロープでは行きのように犬に襲われることは無かったが、その出口で野菜が待ち構えていた。待ち構えていた野菜を無限軌道で踏み潰し、そのまま逃げるようにホームセンターの外に出る。
外は陽が落ちようとしていた。
『もうこんな時間か』
時間を忘れるほどなかなか刺激的な体験だったようだ。
[パンドラの残量が残っている内に帰ろうぜ]
夜間はパンドラの残量が回復しない。急いだ方が良さそうだ。
[分配、考えてなかったぜ]
夕焼けに染まった帰り道の途中でガスマスクの男からそんな通信が入る。
「そうだな」
[首輪付き、渡す二万コイルを引いた後、五対五でどうよ?]
「五対五? あんたの情報で、あんた一人でも手に入れることが出来ただろうに、随分と奮発してくれるんだな」
[いや、俺一人だとキツかったさ。それによ、こういうのは揉めるからよ。不満が出ないようにきっちりと頭数で分けた方がいいのさ]
なるほどな。最初に取り分を決めていなかったからこその揉めない分け方なのだろう。
「いや、七三で構わない。もちろん、あんたが七だ」
俺の言葉を聞いたガスマスクの男が楽しそうに指をパチパチと鳴らす。
[ひゅー、首輪付きは空気の読めるルーキーだぜ。きっと大物になる、俺が保証するぜ]
ガスマスクの男が揺れるヨロイの上で踊っている。落ちないか心配になる陽気さだ。
「今更だが、あんたの名前を聞いてなかったな。俺はガムだ」
[……本当に今更だよ。このまま聞かれないかと思ったぜ。俺はバギーだ。改めてよろしくだぜ]
何が楽しいのかバギーは、「よ、よ、よ」と喋りながらリズムをとり、指を鳴らしている。
随分と陽気な男だ。
無事にコイルが手に入って浮かれているのだろう。
こういう時こそ、何かが起こらないか警戒が必要だろう。あの犬の襲撃だって、あれで終わりだとは思えない。
……。
だが、俺の予想は外れ、何事も無くハルカナの街に帰ることが出来た。
何事も無く、か。
2021年4月3日誤字修正
コイルが手には入って → コイルが手に入って
182話なのは誤字ではありません。ご注意ください。




