180 機械の腕16――『確かにいい訓練だよ』
周囲に散らばっているゴミを集めて作られた巨人が襲いかかってくる。
ゴミの巨人が拳をゆっくりと振り上げる。ガスマスクの男のヨロイが飛び跳ねて、ドラゴンベインが無限軌道を唸らせ、デコボコとしたゴミの山を踏み潰しながら後退する。
ゆっくりと振り下ろされたゴミの拳がゴミの山へと叩きつけられる。その衝撃によって叩きつけた拳自体も砕け、散っていく。無数のゴミが波となって周囲に飛び散る。
『たまったものじゃないな』
『洗車が必要でしょ』
『だな』
ドラゴンベインの主砲をゴミの巨人へと向ける。
[ちょ、待てよ]
ガスマスクの男から通信が入る。が、俺は気にせず引き金を引く。ドラゴンベインの主砲から放たれたエネルギーがのろのろと動いているゴミの巨人に着弾し、爆発する。飛び散る無数のゴミ、ゴミ、ゴミ。
ガスマスクの男が慌ててヨロイの左腕を持ち上げ、シールドを張って飛び散ったゴミから身を守る。
『たまったものじゃないな』
『洗車が必要でしょ』
ガスマスクの男が待てと言った意味が分かった。浴びるほどのゴミの雨だ。座席が剥き出しになったヨロイではたまったものではないだろう。ゴミをぶちまけられたドラゴンベインも洗車が必要だ。
上半身が吹き飛んだゴミの巨人が周囲のゴミを吸い寄せる。新しいゴミで体を再生させているのか?
いや、違う。これは……。
俺は慌ててドラゴンベインを前進させる。そして、そのタイミングを狙ったかのようにゴミの巨人が、吸い上げたゴミをこちらへと放つ。ガスマスクの男のヨロイを守るようにドラゴンベインを前進させ、放たれたゴミをシールドで受け止める。
[首輪付き、パンドラの残量は大丈夫かよ]
「問題無い」
ドラゴンベインは封印されていた遺跡――そこのボス猿用のクルマだっただけあり、基本性能はかなり高い。そこらのクルマよりも大型のパンドラが搭載されているのか、パンドラの残量で困ったことは殆どない。武装も強力な主砲に副砲、ミサイルポッドと揃っている。
問題なのは最初から取り付けられていた機銃をオフィスから試供されたHi-FREEZERに換装してしまっていたことだろうか。新兵器と聞くとどうしても使ってみたくなるのが人の宿命だが、汎用性を考えると失敗だったかもしれない。Hi-FREEZERではなく、普通の機銃だったなら、スロープで犬と戦うことも出来ただろう。建物内で戦う時に威力の調整を考える必要もなかったはずだ。
『私が悪いって言いたいのかしら?』
『同意した時点で俺も同罪だろう』
ガスマスクの男のヨロイが飛び跳ねるように走り、鉄の棒をゴミの巨人の足へと叩きつける。足部分のゴミが吹き飛び、巨人がバランスを崩し、倒れる。
チャンスだ。
「避けろ」
俺の通信を聞き、ガスマスクの男のヨロイがドラゴンベインの射線から外れるように大きく跳ぶ。
ドラゴンベインの主砲から放たれたエネルギーが倒れた巨人の表面を削り、貫く。ゴミの鎧が無くなり、中の球体が剥き出しになる。
ガスマスクの男のヨロイがぴょんぴょんと飛び跳ね、剥き出しになった球体に鉄の棒を叩きつける。何度も何度も叩きつける。バチバチと火花を飛ばし、剥き出しになった球体の光が消える。
倒したようだ。
集まっていたゴミが力を失い、周囲に散らばる。
『あまり強くはない、か』
『ふふん。当然でしょ。戦闘用でもないゴミ収集用のマシーンだもの。これに苦戦するようなら機能停止した方がマシでしょ。ふーん、そうね、そうね! これ、お前の戦闘訓練にはちょうど良いんじゃない? 私の動作サポート無しでどれだけ動かせるかやってみれば?』
『訓練? もう倒しただ……』
と、そこでセラフの言葉の意味を知る。
新しい球体がふよふよとゴミの上を漂い、こちらへと迫っていた。
おかわりだ。
『なるほどな』
一体で終わりではなかったようだ。
俺は飛んできた球体を狙い、引き金を引く。そして、ドラゴンベインの主砲から放たれた一撃は球体から逸れ、外れた。
外れた?
エネルギーの減衰、弾道を考えずに撃ったから、か。
球体がゴミを浮かべ、こちらへと飛ばす。ドラゴンベインのシールドが間に合わず、ゴミがそのまま車体に直撃する。ドラゴンベインの車内に軽い振動が起こる。だが、それだけだ。ゴミが直撃した程度ではドラゴンベインはビクともしない。しかし、今回は大丈夫だったからといって次も大丈夫とは限らない。シールドで守ることは必要だろう。
[首輪付き、大丈夫かよ。何処か壊れたのか、それともパンドラ切れかよ]
ガスマスクの男から慌てたような無線が入る。
「こちらは大丈夫だ。気にせず戦ってくれ」
セラフの動作サポートが無くなり、手動操作に変わった途端にこれか。ドラゴンベインに搭載されている演算制御装置は働いている。他のクロウズたちと同じ条件のはずなのに、これか。
……。
『確かにいい訓練だよ』
もし、セラフの人形がここに居たら、殴りたくなるようなドヤ顔を披露してくれていたことだろう。
その後、苦労しながらもガスマスクの男と協力して球体を倒す。倒し続ける。五体目辺りからは効率も良くなり、短時間で球体を倒せるようになった。
『数が多いな』
『それだけゴミが多いってことでしょ』
確かにゴミだらけだ。
……しかし、良く分からないな。何故、ホームセンターの地下にゴミ置き場がある?
いや、それもだが、
「これはいつまで続く?」
[はは、ひひひ、当たりが出るまで?]
ガスマスクの男からはふざけた通信が返ってくる。
このホームセンターに来て、俺はまだ百コイルしか稼げていない。大金を手に入れるアテがあると睨んでガスマスクの男に協力したが、失敗だったかもしれない。
これならオフィスで手頃な賞金首の情報でもないか探っていた方が有意義だったかもしれない。
そして次がやって来る。ゴミの塊が宙に浮き、ふよふよと動いている。おかわりのマシーンは最初からゴミがくっついているようだ。
俺は主砲を動かす。
[待て、待てよ! 撃つな、撃つな! アタリだぜ。大当たりだ]
ガスマスクの男の慌てたような無線が入る。
「どういうことだ?」
新しく現れたマシーンは最初からゴミを纏っている。今までは漂っていた球体が散らばっているゴミを集めていた。
違うのか?
[あれがよ、言っていたマシーンだぜ]
あれがコイルを纏ったマシーンだと言うのか? 漂っているマシーンはゴミの塊にしか見えない。
だから、どういうことだ?
次回の更新は一回休み、30日の火曜日となります。