018 プロローグ15
放課後の教室。
机の上に座った同級生の一人が話しかけてくる。何故かその表情が――顔が分からない。思い出せない。
机を囲んだ同級生も話しかけてくる。同じように顔が分からない。制服、そう制服姿だ。ここは学校だ。
仲の良かった同級生の声。こちらからも何か喋ろうとするが声が出ない。
学校の教室。
学校?
何処だ、ここは?
記憶、記憶か?
そこで口に何か振動する違和感を覚える。
口?
振動……?
はッ!
目の前に鞭のようにしなる蔦が迫っていた。とっさに手に持っていた手斧で蔦を叩き切る。危ない、危ない。
軽く意識が飛びかけていた。
こんな何処から攻撃されるか分からないような敵の懐で意識を失うなんて洒落にならない。自殺行為だ。にしても、変な白昼夢を見たものだ。何故、このタイミングで? 見るにしてもタイミングは考えて欲しい。
どれくらい意識を失っていた?
次々と迫る蔦を手斧で叩き切る。根っこの方は切るのに苦労したがこちらは簡単に叩き切ることが出来る。いや、言うほど簡単ではないが、それでも根っこよりはマシだ。
歯に力を入れ強く噛みしめる。
……あ?
伝わる硬い歯ごたえ。ああ、そういえば両手が使えるように端末を歯で噛んだままだった。にしても硬い。歯が欠けそうだ。
手斧では切断が難しそうな蠢く木の根が迫る。左手に持った自動小銃が火を噴く。木の根に次々と銃撃痕が増えていく。銃撃を無視して迫る木の根。先ほど穿った銃撃痕にかぶせるように手斧を叩きつけ、切断する。
六分だったよな?
まだか?
蠢く木による攻撃の激しさに、少しの間、意識を失っていたが、まだ……大丈夫だ。戦えている。
木の根が迫る。左手に握った自動小銃の引き金を引く。
カチッ、カチッ、と音だけが響く。弾が出ない。詰まっただと!
もう一度引き金を引くがどうやっても弾は出ない。いや、弾切れか。弾が残っていただけでも儲けものだったんだ。自動小銃を投げ捨て、真っ赤な手斧を両手で持つ。そのまま迫る根っこに叩きつける。手斧が深く食い込み、そこで止まる。そのまま飛び上がり手を離す。そして、根っこに刺さった手斧に体重をかけ踏み……落とす!
体を滑らせ、蠢く根っこから滑るように落ち、その途中で手斧を握る。力任せに引き抜く。
迫っていた木の根を抜ける。
まだか?
六分が長い。
切っても、切り落としても切りがない! 数がおかしい。再生しているとしか思えない。今の火力で倒しきるのは無理だ。ここを襲撃した賊たちも倒しても倒しても復活する触手に対応しきれず殺されてしまったのだろう。
これを殺しきる火力。火は効くのだろうが生半可な火では燃やし尽くすことは出来ない。こんなものを相手に端末はどうするつもりなんだ?
迫る蔦のような触手を切り落とす。切り落とした蔦が元気にびちびちと跳ねている。恐ろしい生命力だ。そして、すぐに切り落とした部分から新しい蔦が伸びていた。この生命力、再生力だと狼化したとしても勝てないかもしれない。
端末はどうするつもりだ?
まだか?
そして……目の前に絶望が迫る。無数の蔦のような触手、蠢く根っこがこちらを取り囲むように迫っていた。
隙間が……無い。
どうする、どうすれば!
「掲げなさい」
口の中で声が聞こえる。
端末か!
とっさに端末を吐き出し、左手で持ち、掲げる。
次の瞬間、空気が――震えた。
一瞬だけ薄暗い夜の闇の中に光が煌めく。そして、光の柱が落ちていた。一瞬にして桜のような木が燃えている。燃えている? 違う、炭化している。
そう、それは一瞬だった。
蔦も根っこも動かない。完全に沈黙している。
燃え尽き、炭と化している。
倒し……た?
「い、今のは……?」
「安心しなさい。この施設は外部から隔離されています。島全体を覆っている情報遮断シールドによって光は秘匿されたでしょう」
いや、聞きたいのはそういうことではない。ん? でも外から見られないことが重要なのか? この端末は何を気にしている?
「いや、どうやって攻撃を……」
「生き残っている地上殲滅用衛星端末の一つ、グングニルをこちらから支配して使ったのです」
「そ、そうか」
地上殲滅用だと――地上は大丈夫なのか? この端末は、人が生き残っていると言っていた。でも、これでは、あまり……。
「この力を戦力として考えるのは止めなさい。制御のため対象の十メートル圏内に入る必要があり、遮蔽物があるような場所では……そう、建物内では使えません。気付かれる恐れがあるため乱用も出来ないでしょう」
良く分からないが、これはこの端末としても奥の手だったということだろうか。だが、乱用できないということは、乱用でなければ使えるということだ。
「それは分かった。だが、こんな馬鹿火力の兵器を目の前で使うなら教えて欲しかった。巻き込まれたら洒落にならない」
「私が狙いを外すはずがありません。安全な位置に落としています。それよりも、何故、覚醒しなかったのですか? その体に傷を付けないよう気を付けなさい」
「行けると思ったからだよ。それよりも、だ。これで施設に戻れるようになったはずだよな? だが、中のロボットはどうする」
そうだ。まだあのロボットが待っている。多分、入ってすぐの場所で待ち構えているだろう。
「それは安心しなさい」
「その理由を教えてくれ。今の戦いだって知っていればもう少し……」
やりようがあったはずだ。あったか? あったかもしれない。
「……制御をこちらで奪うからです」
また沈黙を守るかと思ったが意外にも端末さんは教えてくれた。ハッキング的なことを行うのだろう。まぁ、今回みたいな植物と違い、相手は機械だからな。得意分野なのだろう。
これなら安心して施設に戻れるな。




