178 機械の腕14――『フラグを立てたのが不味かったか』
ホームセンターの中を戦車で進む。元からそうだったのか、通りやすいように破壊されたのか、商品を陳列していたであろう棚と棚の距離は戦車でも問題無く動けるほど広くとられていた。
当たり前のように商品陳列棚には何も残っていない。すでに探索され尽くし、めぼしい物は全て回収されているのだろう。
驚きの貪欲さだ。いや、棚が回収されず残っていることを驚いた方が良いのかもしれない。
『何も無いなんてホームセンターのわくわく感が台無しだな』
『ふふん』
セラフは何も答えず馬鹿にしたように笑うだけだった。俺はドラゴンベインの中で、ひとり肩を竦める。
ん?
そんな俺たちの進む先、棚の影から、それがひょこっと顔を覗かせる。顔? あれを顔と言っても良いのだろうか?
それは人のような手と足が生えたニンジンだった。そう、βカロチンが豊富だと言われている野菜――ニンジンだ。
その棚の影から、こちらの様子を窺うように体の半分だけを覗かせたニンジンの頭? の上から手と足のくっついた白いものも現れる。大根だ。
チラチラとこちらの様子を窺っているようにしか見えない。
『なぁ、人参や大根に人のような手と足がくっついて動いているように見える。俺は疲れているのか?』
『ふふん、自分で動いた方が栽培の手間がかからないでしょ? そういう品種改良なんでしょ』
『確かにな』
自分で動いて自分で成長するような野菜を食べたいかどうかは別だが。
[野菜たちだぜ。首輪付き、ここの野菜は毒を含んでいるから間違っても食べようと思うなよ]
俺の心を読んだかのような通信が入ってくる。
自分で動いて毒があるなんて、それはもう野菜とは言えないだろう。
ひょこひょこと顔? 体? を覗かせていたニンジンたちが動く。こちらへと走ってくる。その数が多い。十や二十どころではない、百近い数のニンジンと大根が襲いかかってくる。
ガスマスクの男のヨロイが動き、鉄の棒を振り回す。いくつかのニンジンが砕け散る。だが数が多すぎる。砕けたニンジンの隙間を縫って次のニンジンが襲いかかって来ている。ニンジンがガスマスクのヨロイを殴る。殴っている。
ニンジンが人のような腕で殴りかかっている!
殴った腕の方が脆かったからか、その腕が砕けていた。だが、ニンジンと大根たちはそんなことはどうでも良いとばかりに、気にせず、ガスマスクの男のヨロイに集まり、殴り、蹴り、暴れている。
『無茶苦茶だな』
俺はドラゴンベインの主砲を野菜たちに向ける。建物やヨロイに被害が出ないように出力を抑えて撃てば良いだろう。
『ふふん。少しお前に忠告。パンドラの出力を強制的に制御するのは、それが出来ない主砲もあるから』
『そうか』
『ふふん、それと主砲に負荷がかかるから。壊れても良い時か、緊急時だけにした方がいいわね。なんのために主砲以外の武装が取り付けてあると思っているの? 考えたことある? 馬鹿なの?』
『そうか、分かった。だが、今は緊急時だろう?』
それとそういうことは先に言えと言いたい。後出しでそんなことを言い出すのだから、セラフは性格が悪いのだろう。とても悪いのだろう。
『な!』
威力を抑えた主砲を撃ち、ニンジン、大根――野菜の群を砕く。
野菜の群を狙い、何度も主砲を撃ち、破壊していく。動く野菜の群はついに動かなくなった。
[終わったかよ。これは、後で綺麗にした方が良さそうだぜ]
ガスマスクの男のヨロイは野菜の汁まみれだ。シールドがあっても、そのシールドの中に入られてしまうとどうしようもない。案外、シールド持ちには近接戦闘の方が有利なのかもしれない。もちろん、その硬い装甲を打ち破れるなら、だが。
戦闘を終え、ホームセンターの探索に戻る。倒した野菜を無限軌道で踏み潰し、進む。履帯は野菜の汁まみれになっていることだろう。
これは街に戻ったら本格的に洗車しないと駄目だろうな。
『ふふん、種を植え付けられているかもしれないから、洗車は必要でしょうね』
『それは恐ろしいな』
広いホームセンターの中をガスマスクの男の先導で進むと下へ降りるスロープが見えてきた。対向車とはすれ違えないほどの幅しかないがドラゴンベインでも問題無く降りられそうなスロープだ。
問題が無い?
いや、あるな。
『この幅だと砲塔の旋回は難しいか』
砲塔を旋回させようとすると左右の壁に当たってしまうだろう。どちらを向けて降りるかが問題になりそうだ。
『後方を気にする必要があると思っているの?』
『確かにな』
後方からやって来るのは野菜たちくらいだろう。野菜なら主砲が使えなくても何とかなる。気にするなら、何が待ち構えているか分からない、これから進む前方か。
ガスマスクの男のヨロイを先頭にスロープを降りていく。思っていたよりも長いスロープだ。後付けで作られた物なのか、ホームセンターに必要があるとは思えない深さまで降りるスロープだ。
何処に向かっている?
地下倉庫?
地下駐車場?
そのどちらでも無い気がする。
……。
気付き、思わず舌打ちしそうになる。
『フラグを立てたのが不味かったか』
『どういうことかしら?』
セラフにも予想外だったということか。
後方から唸り声が迫る。
そして、こちらを追いかける犬の群れが現れた。
途中でやり合った群れと同じだ。口にブーメランのような刃を咥えた犬、銃を背負った犬――やる気は充分のようだ。
砲塔を旋回させようとするが壁に当たり動かせない。前を進むガスマスクの男もドラゴンベインを乗り越えることが出来ないため、戦うことは出来ないだろう。
犬が背負った銃を撃つ。ドラゴンベインのシールドで銃弾を防ぐ。
「急いで進んでくれ」
[なんだよ? 何があったんだよ]
ガスマスクの男は後方から迫っている犬たちに気付いていないようだ。
急いで進ませる。
このスロープを抜けた先に広い場所があると良いのだが……。
Hi-FREEZERを後方へと向け、冷気を放つ。冷気が犬たちを包み込む。だが、今回の犬たちは天然の毛皮が優れているらしく、あまり効果があるように見えない。口の中に入った冷気もものともせず駆けている。
刃を咥えた犬が跳び、冷気を抜け、そのままドラゴンベインへと襲いかかる。ドラゴンベインの装甲が犬の刃を弾き返す。
『少し不味いか』
Hi-FREEZERでは、この犬たちを倒すのは難しそうだ。今はなんとか装甲とシールドで攻撃を弾いているが、それもいつまで持つか分からない。
俺はHi-FREEZERを犬たちではなく、地面へと向ける。そのまま冷気を放ち、地面を凍らせる。
犬たちが氷に足を取られ、速度が落ちる。
この隙に――。