177 機械の腕13――「ああ、へそくりを見つけて喜んでいただけだ」
[先に行くぜ]
ガスマスクの男のヨロイが背部から射出した鉄の棒を手に、巨大イチゴへと駆ける。
その巨大イチゴたちは、ヨロイを待ち構えるようにピンク色のガスをボフボフと吐き出している。人体に有毒そうなガスだ。ガスマスクをしているから大丈夫などということはないだろう。皮膚からだってガスを吸い込んでしまう可能性はある。だが、ガスマスクの男が気にする様子は無い。
ガスの中に突っ込み、鉄の棒をイチゴに叩きつけている。
有毒そうなのは見た目だけか? いや、そんなことは無いだろう。
ガスマスクの男はガスに対して耐性があるのだろうか? 体を機械化しているからだろうか?
とにかく安心して戦闘を任せることは出来るようだ。
だが、だからといって、このままガスマスクの男に駆除を任せ、ここで待っている訳にもいかないだろう。
ドラゴンベインを動かし、主砲の射程距離まで近づく。
『あらあら、ふふん』
そこまで近寄ったところでセラフの思わせぶりな声が頭の中に響く。
俺は――主砲を撃とうとしていた手を止める。
巨大イチゴを見る。巨大イチゴたちは蔦と一緒に仲良く建物に絡まっている。
『このまま狙うと建物を破壊する、か』
遺跡の探索に来て、その遺跡を破壊しました――では、ただの間抜けだ。
『ふふん、分かってるじゃない』
俺は蛇のように細長い銃身を持ったHi-FREEZERを動かし、巨大なイチゴを狙う。主砲の射程からHi-FREEZERが届くように――さらに近寄る。こちらの動きに反応したのか、それとも偶々なのか、巨大イチゴの黒い目のような粒がぐるんぐるんと動き、射出された。
そう、種が飛んできたのだ。
勢いよく飛んできた黒い種がドラゴンベインのシールドにぶち当たり、弾け飛ぶ。なかなかの威力のようだ。だが、ドラゴンベインのシールドを突破出来るようなものではなく、こちらを狙っているかどうかも分からないような攻撃だ。無視しても良いだろう。
Hi-FREEZERから輝く冷気が生まれ、巨大なイチゴを包み込み、凍らせる。
[ナイスだぜぇー]
凍らせ動かなくなったイチゴたちをガスマスクの男のヨロイが叩き潰していく。
『このピンクのガスは……』
『ふふん、生物の神経を麻痺させる成分が含まれているようね。動けなくした生物を捕らえ、養分にしていたんでしょ』
自分で生き物を捕らえ、養分にする植物か。何を考えれば、こんな植物が生まれて繁殖するのだろう。
『オフィスに該当の資料が残っていたわ。元々は自分で害虫駆除を行う手間いらずの果物だった? ふふん、さらなる品種改良で野生化、凶暴化ってところかしら』
俺は肩を竦める。
農業の手間を惜しんだ結果か。果物――確かに外見は大きなイチゴにしか見えない。
『だが、これを食べたいとは思わないな』
神経を麻痺させるようなガスを含んだ果物なんて毒にしかならないだろう。
『で、このガスは大丈夫なのか?』
近寄った結果、ドラゴンベインはピンクのガスに包まれている。
『エアコンを動かしていれば大丈夫でしょ』
『そういうものか』
『そういうものでしょ』
俺は肩を竦める。
[首輪付き、こっちだ]
イチゴ狩りを終えたガスマスクの男のヨロイが壁の模様になっていた蔦を引きちぎる。そこには壁を破壊して作られた大穴が開いていた。
すでに誰かが探索した後の遺跡か。めぼしい物は残っていないだろう。だが、今回の目的は遺跡の探索ではない。そこは気にしなくても良いだろう。
大穴からホームセンターの中に入る。
そこには迷路の壁のようになった瓦礫の山が積み上がっていた。ガスマスクの男のヨロイなら通り抜けられるかもしれないが、ドラゴンベインは難しいかもしれない。
ドラゴンベインを降りて瓦礫を撤去するべきか。それともガスマスクの男のヨロイに頼むか?
『ふふん。なんのためにクルマに主砲がくっついているのかしら? 何も考えず思考停止するなんて馬鹿なの?』
『主砲では威力がありすぎるだろう?』
衝撃で建物を壊しかねない。
『ふふん、威力を調整すれば良いでしょ』
『出来るのか?』
『なんのためにパンドラから弾を生成していると思っているの?』
セラフのこちらを馬鹿にしたような声が頭の中に響く。
なるほどな。
『なぁ、一つ聞いていいだろうか?』
『何かしら?』
『それが出来るなら外でも使えただろう』
『そうね』
そうね、と来たか。主砲を使わずHi-FREEZERだけでも何とかなったが、それは結果的にそうだったに過ぎない。選択肢が多くて困ることはない。
大きなため息が出る。
とりあえずガスマスクの男のヨロイに離れて貰い、威力を抑えた主砲の一撃で瓦礫を吹き飛ばす。
これで戦車に乗ったまま探索が出来るだろう。
壁の入り口から、しばらくドラゴンベインを走らせるとレジ台が並んでいるのが見えた。形が残っている少し大きめのレジには番号のついたポールが立っている。
四番レジ、五番レジ、六番レジ、か。
特に六番レジは綺麗な形で残っている。レジ台にはだいたい並んでいる人が手に取るようにつけられた棚があるものだが、六番レジには昔の面影そのままに、それが残っていた。だが、その棚は当たり前のように空っぽになっている。
かつてはここに乾電池やガムなどが並べられていたのかもしれない。
……。
乾電池?
コイルだ!
俺はドラゴンベインを降りて、ロックのかかった棚を無理矢理動かす。その下には隙間に挟まるような形で単三乾電池が一本、転がっていた。
百コイルだな。
……。
……。
単三乾電池を拾う。百コイルだ。
……先を進もう。
「首輪付き、何をやっているんだよ。こっちだぜ」
「ああ、へそくりを見つけて喜んでいただけだ」
俺はガスマスクの男に手を振り、ドラゴンベインに戻る。
有用そうなものが残っている訳がないな。
ホームセンターの中を戦車で進んでいく。